第34話

 *


 リノン城の広場。

 いまだに熾烈な戦いの痕跡が残る広場でベドク子爵が訓練のために肩慣らしをしていた。何人もの兵士を倒して自らの剣術に満足げなベドク。袖で額の汗を拭っていると、ひとりの男が目に留まった。

 臨時司令部に呼び出されたエルヒンを待つジントだった。

 広場の草むらでひとり偉そうに座っているのだから目立たないわけがない。

 人は太陽の光を浴びるべきだ。

 いつもミリネにそう言い聞かされていたジントにとっての日課だった。


「おい、なぜ単独行動をしている!」


 そんな状況でジントが返事をするわけがない。

 堂々と無視されたベドクは当然腹を立てた。


「貴様! 所属を明かせ!」


 これもまたジントは無視した。

 口の重い男。それがジント。

 無視され続けたベドクは険悪な顔をしてジントを睨みつけた。


「こいつ、気が狂ったか? 指揮官が呼んでいるのにその態度は何だ、立て!」


 ベドクがそのように言うと、ジントは面倒くさそうな表情で口にくわえた草を吐き出して立ち上がった。


「この、生意気な!」


 ベドクはすかさずジントに向かって拳を振るった。もちろん、ジントは軽く前に出てそれを避ける。

 拳が空を切ったおかげでベドクは体をふらつかせた。


「この野郎  !」


 怒りのおさまらないベドクは剣を抜いた。顔を真っ赤にして剣を振り回したが、ジントはただ無心にベドクの手首を蹴り飛ばす。手首の衝撃でベドクの剣は空に舞い上がった。


「くっっ……何をしている。すぐにあいつを捕まえろ。思い知らせてやろうではないか!」


 ベドクがそう叫びながら発狂すると、


「ベドク、これはいったい何のつもりだ?」


 遠くから訓練を見ていたエルヒートがやってきてベドクを叱りだした。

 エルヒートの登場に驚いたベドクは気をつけの姿勢で固まってしまった。


「かかか、閣下!」

「下がれ! 負けておきながら兵士を帯同するなんて恥ずかしいと思わんか!」

「で、ですが……。あいつが訓練を抜けだして単独行動をしていたので……」


 その言葉に言い訳を嫌うエルヒートが目をつり上げると、ベドクは地面に落ちた武器を拾い上げ後ろに引き下がった。状況が整理されると、ジントはまるで他人事かのように再び草むらに腰を下ろした。


「ところで、見覚えのある顔だ。エイントリアン伯爵と共に戦っていた兵士だな? 見事な実力だった! どうだ、俺と対決してみないか?」


 エルヒートがリノン城を奪還した夜を思い浮かべながら提案すると、ジントは立ち上がった。

 それも真剣な顔で。

 エルヒートは強いやつだという事実が脳裏に刻み込まれていたのだ。

 強いやつなら戦ってみたかった。

 だから、無言で剣を抜いた。


「フフッ。よし、それでこそ男だ!」


 エルヒートが姿勢を正すと、すぐにふたりの武器が激突した。


 *


 目の前で繰り広げられた戦いは何というか。

 一言で表すと、次元が違った。

 あまりにもレベルの高い対決だったのである。

 とても目が追いつかない。

 戦いの残像が残るだけ。

 ふたりの戦闘速度はすでに限界を超越したマナの段階。

 強烈な音だけが耳元で響く。

 ふたりの戦いをまともに鑑賞できるほどの武力を持つ存在は、少なくともこのリノン城にはいなかった。


 ふたりが戦うことになった理由はわからない。

 ローネンと話を終えて出てきたらこの状況だった。

 もちろん、止める理由はなかった。

 ジントのような場合は、強い相手と戦うほどに武力が上がるはず。

 とても貴重な機会だった。


 だから、しばらくの間ふたりの戦いを見守った。

 その長い戦いの末に敗北したのはジント。

 最後はエルヒートの槍がジントの首を狙ったところで戦いが終わった。

 武力数値の差を見ればジントの敗北は当然だった。

 むしろ、これだけ奮戦できたのが不思議なくらいだ。


「ハハッ。たいしたもんだ」


 エルヒートも相当驚いたのか、ジントに関心を持ち始めた。


「君のような武将がなぜ今まで無名だったんだ」


 だが、それは困る。

 だから、ふたりの間に割り込んで俺が代わりに答えた。


「私の家臣です。この度一緒に参りました」

「ほう、そうか。まだ若いし、これから名を馳せればいい!」


 そう言うとエルヒートは豪快に笑いだした。

 ジントの生意気さは気にも留めず純粋に喜ぶ姿。


「ところで、なぜマナスキルを使わずにいる。虚を衝ける瞬間はいくらでもあっただろう。剣が届かなければ、マナを利用して十分に攻撃できたはずだが?」


 エルヒートの疑問は俺の疑問でもあった。

 だが、ジントは答えずに首を横に振るだけ。

 何のことだかわからないという様子。


「わからないだと?」


 エルヒートの質問にジントはうなずいた。


「強い集中力を使うんだ。体内に蓄積したマナを剣に流す。そのマナの現象を独自のイメージで描ける段階……まではまだか。だが、君の剣に内在しているマナはもう十分に……」


 ジントが俺を見つめたが、俺だってわからない。


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