第30話

 *


 暗くなった城内。

 幸いにも雲ひとつない空。

 俺とジントはどさくさに紛れて牢獄を抜け出し、都市の小さな神殿の地下にある秘密空間に隠れていた。


 リノン城へ行く前にリノン城出身の兵士に隠れられそうな場所を聞いて回った。

 そんな中、神殿の管理をしていた兵士がいい場所を教えてくれた。

 リノン城を占領したばかりのナルヤ王国軍が現地人よりも地理に詳しいはずがない。

 なんと数千年前に造られた施設だという。

 すべて、あらかじめ準備しておいた作戦だ。


 神殿の地下に隠れたまま明け方になるのを待って路上へ移動した。

 そして、哨兵を避けて空を観察する。

 リノン城が占有された日の夜。

 敵兵が休息をとっている頃。


 雲ひとつない空では月がほのぼのと照っていた。

 それなりに体系的な計算法もあった。

 ギブンから教わった計算法によると今は午前3時頃。

 もちろん時計ほど正確ではないが、ギブンも月の位置で時間を計算するだろうから、どのみち互いに把握する時間は同じはず。


 ユセンとギブンに任務を与えた約束の時間は1時頃。

 そこから約2時間経った。

 ふたりが約束どおりに動いてくれていれば、俺もゆっくりはしていられない時間。

 水路から出てきて走っていきシステムを確認すると、34人の兵士が北門を守っていた。北門の城壁の上に30人。そして、城門の前に4人。


「ジント」


 相変わらずジントの表情に変化はなかった。ただ、俺の後についてくるだけ。俺が約束を守る男であることを隣で見ておけという言葉を受け入れたのか、ジントはそれ以上死ぬという言葉を口にすることなく俺についてまわった。そうはいっても、いつ死んでも構わないというように、取り返した指輪をぎゅっと握って精気なく歩くだけ。


「俺が今何をしようとしているのか気にならないか?」

「逃げようとしているんだろ?」


 まあ、それもある。最後の選択肢は逃げるだ。

 命は捨てられないから。


「いいや。たとえ逃げることになろうとも、その前にこの城を奪い返すつもりだ」

「……あんた、正気か? どうやってひとりでこの城を奪い返すっていうんだ」

「奇跡で?」


 俺が肩を聳やかすとジントは奇妙な目つきで聞いた。


「何だよ、それ!」

「実は、君の属する偵察隊の動きにいくつか推測をしていたんだ。特に君が属する最後の偵察隊があまりに怪しかった」

「何だと?」

「すでに地形の偵察と補給基地の位置の把握までしておきながら、君たちを補給部隊の手前まで送りこんだ理由は何だと思う?」

「知るかよ。命令に従っただけだからな」

「だからやられるんだ。ナルヤのやつらは初めから君の属する偵察隊を捨てるつもりだった。我われに情報を与えるためにな。まあ、いくつか方法はあっただろう。そこまでは知らないが。ナルヤ軍の上のやつらが君を捨て駒として使ったのは確かだ。君ほどの優秀な人材をな。まったく、呆れたもんだ」

「……どうせ、あの国は初めから何もしてくれなかった。今さら驚かないね」


 ジントは別に驚くことでもないというように答えた。


「まあ、そうだな。とにかく、俺は怪しいと思っていた。奇襲作戦を阻止しても、そこがどうも腑に落ちなかったんだ。だが、このリノン城の陥落作戦を見て敵の策士の考えに確信が持てた。俺は今その戦略をぶち壊すつもりだ。そして、それが俺の力に対する証明だ」

「何っ?」

「それに、君が考えても不可能に思えるこの証明を成し遂げた時には、君と、君の女を救って幸せに暮らせるようにしてやるという話も本当で、それが十分に可能なことであるというのをわかってくれるといいが」

「……」


 死んで彼女を守ると言ってはいるが、できることなら生きて一緒に幸せになりたいと望むのは人間ならば当然なこと。


「それで、何をどうするつもりだ」

「まあ、簡単さ。北門に突撃するだけでいい。そして、あの門を開ける。門を開ける第一目標は少なくとも逃亡ではない!」

「城内のナルヤ軍は少なくとも1万人はいる。一体どんな奇跡を起こすっていうんだ」


 俺は彼の質問には答えず北門に向かって駆け出した。行動で証明すればいいことだ。


「誰だ! 所属を明かせ!」


 城門の上の兵士たちが声を上げたが、俺はそれを無視したまま門に向かって突っ走った。その後ろをついてくるジントが聞く。


「ミリネが俺はまぬけだって。だから無暗に行動するなと言われたさ。あんたを助けることが正しいことなのか俺にはわからない。そしたら、本当に幸せになれるのか?」

「なれる。俺についてくれば最下層の暮らしなんかとはおさらばだ。今から起こる奇跡に比べたら、君の幸せなど事ともせずに叶えてやれるからな。それは君の幸せでもあるが、君の彼女の幸せでもある。俺を信じろ。そして、奇跡を信じるんだ!」


 プォォオオオン!


 奇襲を感知した兵士が城楼の上でラッパを吹き始めた。もう少しで四方から兵士たちが押し寄せてくるだろう。


 [スキル][一掃]を使って城門の下の4人の兵士を一瞬にして制圧した後、俺とジントは城門の前に到着した。

 そして、城門の内側にある長い棒状の閂をはずす。


「敵だー!」


 すると、城楼にいた30人の兵士たちが次から次へと下りてきた。


「ジント! 城門を空けるまでの間、力を貸してくれないか?」

「……」


 だが、答えない。何をどうしたいのか到底わからないこの行動。

 肯定も否定もしない。

 まあ、いずれにせよジントがいないことを想定して立てた作戦だ。

 ひとりでやるしかない!

 ひとまず、俺は城楼から下りてきた兵士の相手から始めた。

 敵兵に背を向けたまま城門を開けるのは殺してくれと言っているも同然だから。


「敵だ! 城門を開けようとしているぞ! すぐに、あいつらを殺せ!」


 30人の敵兵を切り倒してようやく城門へ戻ろうとすると、反対側にいた兵士たちも城楼から下り始めた。

 彼らを相手しようとすると。

 一番近くで寝ていた歩兵隊が群がってきた。

 兵士の数は100人を優に超えている。

 俺ひとりで戦ったおかげでジントに動きはなかった。

 何をそんなに悩んでいるのか、混乱した顔で瞳をきょろきょろ動かすだけだった。

 他のことに気を取られているように。

 ポイントはまだ残っている。

 そこで、向かってくる兵士に[スキル][一掃]を発動した。

 群れになって走ってくる敵にはかなり有用なスキル。

 城門を破壊できるほどの威力を持つスキルではないというのが難点だが。

 基本スキルはどれもそんなもんだ。


 ドカーン  !


 それでも殺傷力はある。大きな爆発音と共に範囲内の兵士たちは死んでいった。

 問題は、それでも兵士たちは押し寄せてくるということだが。

 ひとまずスキルで少し時間を稼いだ。

 俺は振り返って城門を開け始めた。


 ギィィイイイ  !


  閂がはずれた城門を開けるのはそれほど難しいことではなかった。通常、兵士がふたりがかりで開け閉めする門だ。だから、ひとりだとその分大変だが。

 結果的に門を開けることに成功した。

 それと同時に敵が目前まで迫ってきていた。


 [攻撃]コマンド。

 [攻撃]コマンド。


 俺はシステムに依存して敵を斬り倒し始めた。

 城門を開けて、その場で敵を迎える。

 城門の入口は狭い。

 だから、包囲されるような状態は防げたが、次第に手に負えなくなってきた。


 [攻撃]コマンドを避けた敵の刀が俺の腕をかすめた瞬間、血が飛び散った。


「くっっ……」


 ジントに視線を向けたが、彼は完全に城門の外へ出て高みの見物を決め込んでいる。

 俺は流れる血を見ながら仕方なく[特典]を発動した。

 目の前にいるのは武力の低い兵士ばかりだが、人数が多いためこれ以上は持ちこたえられそうになかったからだ。


 武力61の武将が数百人の兵士を相手に勝てるはずがない。

 だが、武力が91となれば話は変わってくる!

 すると、大通連が驚異的な速度で動きながら敵を殺し始めた。


 [攻撃]コマンドを使いまくって戦闘する。大通連は目に見えない速さで敵を斬り倒した。

 問題は時間が経つにつれて敵兵の数が増えるということ。

 だが、あと少しだ。

 ユセンとギブンが作戦どおりに動いてくれさえすれば、あと少し持ちこたえればいい!

 だから、俺は特典を振り回しながら開いた城門の前で踏ん張り血戦を繰り広げた。


「本当に奇跡を起こせるのか?」


 そんな中、俺の戦いをじっと見守っていたジントが後ろから質問を投げてきた。


「俺もあんたみたいに戦ったことがあった。ミリネを取り戻すために。そして、奇跡が起きてミリネを救い出すことができた。あんたの戦う姿を見て、あの時を思い出したんだ。見ていると体が助けろと言う。奇跡のためにこんなにも身を挺して戦える男なら、一度信じて見ろと! 指輪を取り戻すという約束を守ったように、本当に俺とミリネの幸せを作ってくれるのか?」

「任せろ。ここで奇跡を起こす。君とミリネにも。それが俺の約束したことだ!」


 そのように叫ぶと。

 後ろにいたジントが俺の前へ飛び出した。

 地面に積もる死体の山と狭い城門の入口のおかげで敵の動きが少し鈍ってきた隙を突いて、敵兵の剣を拾い上げ参戦したのだった。


「その約束を守ってくれるなら俺は何でもする。ミリネと一緒に幸せになれるなら、すべてを捧げてもいい。だから、一度だけ信じてみるよ。そして、見させてもらう。この状況から一体どうやってあんたが奇跡を起こすのかを!」


 くぁあああああっーー!


 ジントが剣を振り回す。

 次々に敵を斬り倒していくジントの剣。

 武力値93だ。

 この世界でも断然トップに入れる凄まじい能力の所有者!


「だから、ミリネの幸せのために……お前らは全員死ねーっ!」


 その瞬間、戦鬼が戦場で暴れ出した。

 事ともせずに百人の兵士を相手にとるジント!

 血の噴水が湧き上る。

 月明かりの下でほとばしる血の饗宴。

 無数に転がり落ちる敵兵の首。

 抜剣後、すべて一撃で切り裂いてしまうパワー。

 そして、速度の次元が違う抜剣。

 これこそ百人力だ!


 笑いが込み上げた。そうだ。

 これが人材だ。こういうのが人材だ。天下統一のために必要とされる優秀な人材。

 興奮して胸が熱くなってきた。


 さらに、ジントはスキルを使わずにいた。

 この世界で武力数値が93ということはそれだけマナを体に貯め込んでいるという証拠。

 使い方を知らないのだろうか?

 もちろん、スピードとパワーにはすでに蓄積されたマナが宿っているということだが、武器を通じてそれを発散するスキルを使わずにいたのだ。


 まあ、それは後で聞くことだ。


 ジントは、一般攻撃だけで体を回転させながら次々に兵士の腹と首を斬っていった。

 まるで死神のように敵を殺戮するジント。細かい傷はあっても急所は絶対に許さない身のこなし。

 おかげで俺に向かってくる敵の数が減った。

 いっそう余裕を持って城門の前を守ることができた。


 たったひとりの参戦だが、その武力が93ともなれば話は違う。

 その力に対抗できる兵士などここにはいなかった。

 彼の剣からは陽炎のような謎の煙が立ち上った。

 それがまさにマナだ!


 リノン城の内部では大きなラッパの音が鳴り響き、時間が経つにつれて大勢の兵士が群がり始めた。

 一番近くにいた100人単位の兵士を通り越して1000人単位で押し寄せてきた。


「ジント、一緒に戦うんだ!」

「一緒に?」


 俺は城門の前を空けてジントの隣へ走った。

 時間稼ぎは終わりだ。

 奇跡が起こらないなら、ユセンにまいた種に狂いが生じたということ。

 そうなると作戦は失敗だ。

 奇跡が起こるなら、今頃起きるはずだった。


「どうした。今まで互いに背中合わせで一緒に戦ってくれた人がいなかったか? 生死をかけてふたりで敵に立ち向かうなんて面白いと思わないか? 俺は最高に面白いと思うが。クッハハハハハッ!」


 狂ったように笑いながらジントと動きを合わせた。すぐにふたりの刃傷沙汰が城門の前を血で彩り始める。すでにジントが流れる川のように血で濡らしておいた地面の上で俺も特典を活用しながら敵を斬りまくった。

 そのように斬り倒した兵士が500人を超えた瞬間。


 城門の外から地面を力強く蹴る馬蹄の音が聞こえてきた。

 登場したのはルナン王国の象徴である青い軍服を着た騎兵隊!


 そう。幸いにも奇跡は起こった。

 ユセンが計画どおりに動いてくれたという話!


 城門に入ってきた騎兵隊の先頭にいる男が敵兵に向かって槍を振り回した。

 すると、槍から光が迸った。

 押し寄せてきていた敵兵の頭の上!

 まるで死神の鎌でも過ぎ去ったかのように、数百人の首が光と共に空に跳ね上がる。

 その瞬間、空には数百人の首から吹き出る血で噴水ができあがった。


「君がエルヒン伯爵か?」


 あまりにも強力なマナスキル。

 作戦がうまくいけば、開けておいた城門へと我が軍が入ってくるということは信じて疑わなかったが。

 現れた男は少し予想外だった。


[デマシン・エルヒート]

[年齢:42]

[武力:96]

[知力:70]

[指揮:92]



 ルナン王国の第一武将。鬼槍のエルヒート!

 ナルヤにナルヤ十武将がいるなら、エルヒートはあの腐りきったルナン王国で唯一有名だった男だ。

 ローネン公爵の右腕で、王宮を保護しろという彼の命令に従い、最後までひとりで王宮を守って立ったまま死んだ男だ。


「君の奮戦に敬意を表する。ここからはこのエルヒートが手伝おう!」


 エルヒートはそのように叫ぶと敵に向かって突進した。


 ぐぁあああっ  !


 彼が槍を振り回す度に多くの兵士が倒れていった。

 武力96はそれだけすごい数値。

 さらに、彼の後に続く騎兵隊も普通のルナン王国軍とは訓練度と士気がまったく違った。


「これがあんたの言う奇跡か?」


 その姿を見て、今もなお俺と背を合わせていたジントがぼそっと質問を投げかけてきた。


「まあ、奇跡ってのはいろいろあるからな」


 俺は肩を聳やかせて答えた。


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