第29話
「だから、ここで死ぬというのか?」
「そうさ。ミリネの自由のために俺は死ぬ」
「俺に負けたことに恨みを抱いたまま死ぬと?」
「......自信があったが、それでも負けた。自分に自惚れて負けたまでだ。俺はあんたを恨んだりなんかしていない。それは違う」
ジントは断固として立場を明らかにした。
だが、俺はなおさら理解できなかった。
「ふざけるな」
その気持ちを一言で表現すると、ジントが首を傾げながら聞き返した。
「ふざけてるだと?」
「他の場所で暮らせばいい。ナルヤ王国に帰らなければ君は戦死したことになるんだ。会えなくても互いを恋しがりながら生きる方が死ぬよりはましだと思うが?」
「俺たちにはもう行き場がない。それに、彼女のそばにいれないなら死んだ方がましだ!」
ジントはまた断固として首を横に振った。
確固たる生き方だ。もっぱら彼女のためだけの人生ということ。
だから、ジントを俺の家臣として登用するためには、その女も手に入れる必要がある。
「行き場がないだと? 俺はエイントリアンの領主だ。エイントリアンに来れば気づかれることはない。ナルヤ王国では君は戦死したことになるだろう」
「そんな無様な生き方できるかよ!」
「最後まで話を聞け。エイントリアンの領地は君が暮らしていた西の国境に近い。軍服を着替えて俺の家臣になるんだ。ルナン王国の兵士になれというわけではない。そしたら、どんな手を使ってでもミリネをエイントリアンに連れてきて一緒に暮らせるようにしてやる。気兼ねなく幸せに暮らせるようにな」
「あんた、今なんて……?」
「戦争に家族の命をかけさせるような、そんな独裁的な王が世界を統一したところで何が変わると思う? それに、ナルヤ王国は君に何をしてくれた? それどころか、昔から君たちを苦しめてこなかったか?」
俺の言葉にジントは何も答えなかったが、否定する気はなさそうだった。
むしろ、動揺した目つき。
「俺はエイントリアンの領地を育てる。だが、そのエイントリアンを暮らしやすい国にするつもりはない。みんなが幸せな国なんていうのは夢の話だろ。俺は少なくとも自分に従ってくれる人たちにとって最高となるそんな国を作るつもりだ。だから、俺についてこい。ふたりが幸せに暮らせるようにしてやる!」
「どうせあんたも舌先三寸だろ? そうやって誘惑してくる人はそこらじゅうにいたが、みんな他意を抱いていた」
ジントが鬱憤に満ちた声で叫んだ。
そのとおりだ。
確かにそのとおりだが、それがすべてというわけではなかった。
いくらゲーム感覚でこの世界を生きているとはいえ、一度口から出した言葉は取り消すつもりはない。
「俺は、この世界を掌握する、という夢を持つ貴族だ。そして、さっき話したように、俺の力となってくれた全員を、幸せにするつもりだ。まあ、いい。俺に従うのは後だ。この戦争を終わらせて、エイントリアンに帰ったその日に、俺は君の大切な人を救い出して、君たちが幸せを取り戻せるよう助ける。それまでは、俺の味方になることを強要しない。ただ隣で見ておけ。俺が約束を守る男かどうかを。約束を守れない男だと思ったら、その時は好きにするがいい。死ぬなら死ね。その大切な指輪を胸に抱いてな」
そう。提案はこれで全部。
「考えてみろ。もちろん、約束どおり指輪は取り戻してやる」
ひとまず、話を終えて俺は牢獄から出てきた。
このくらいなら十分に説得できた可能性はある。
ミリネというその女を救う。
それがジントを得るための確かな方法!
まず、最優先となるのは指輪だ。
俺は指輪を取り戻すために上の階へと向かった。
牢獄は地下にあり、看守たちは通常一階で待機している。
そこで賭場を開いているか居眠りしてるか、まあそんなのが普通。
「ところで、さっき貴族に呼ばれて出ていった看守はどこだ?」
「さあな。外にでも出たんだろ。金を貰って何か頼まれたとか?」
「さすが貴族だな。俺が行くんだった。捕虜のやつはこんな安物の指輪しか持っていなかったのに」
兵士はふたりだ。
幸いにも指輪はまだ持っている模様。
交代時間まではまだ先が長そうな面持。
「そこのふたり。ちょっといいか?」
「あんたは!」
「どど、どうやって外に!」
驚いて立ち上がるふたりに向かってすぐに[攻撃]コマンドを実行した。
ズドッ !
バタンッ !
兵士を殴り倒して気絶させた後、指輪を奪い取って外へ出た。
時間になったから。
ジントはジント、歴史は歴史だ。
歴史的な出来事が起こる時間。
俺の知る歴史が変わっていなければ!
プォォオオオン!
その瞬間、騒々しいラッパの音が聞こえてきた。
このラッパの音は敵を見つけたという合図。
俺はすぐに牢獄を抜けだして外へ出た。
兵士たちは緊急集合に慌てていた。
リノン城に一般領民はいない。全員が避難した状態だ。
ルナン王国軍の指揮官の軍服を着ている俺を止める人はいなかった。
比較的自由に動けたため、城門に飛び乗って敵軍の規模を確認した。
[ナルヤ王国軍:10213人]
[リノン城の駐屯軍:23410人]
兵力はリノン城の方が圧倒的に多い。
いや、それ以前にナルヤ王国軍の数が少なすぎる。
こんな状況で一日にしてリノン城を奪われるとは。
もちろん、ナルヤ王国軍の訓練度は80。
リノン城の駐屯軍の訓練度は40だ。
だが、籠城戦は絶対的に有利である。それは戦争の常識。
いくら訓練度が低くても、ヘイナが城門を開けて降伏しない限り一週間は持ちこたえられる数値。
「おい! これはどういうことだ」
俺は貴族の軍服を着ていたため、兵士はすぐに気をつけの姿勢で答えた。
「わかりません。ガネン城が陥落したので警戒態勢を強化しろと言われただけで、詳しいことは……。参謀が全員集合させたのでどうぞそちらへ!」
ナルヤ王国軍は一体どうやってこの兵力の差を克服してリノン城を占領するというのか。
「攻撃だ! 敵の攻撃だ!」
すぐにナルヤ王国軍がリノン城の城門を攻撃し始めた。どうやら俺が立っている南門ではなく北門を攻撃している模様。
ガゴンッ !
攻城兵器の破城槌で城門を激しく攻撃する音。
攻城よりも有利なのが籠城!
予想どおりリノン城の駐屯軍が有利な戦いが始まった。
この状態でリノン城がすぐに陥落することはありえない。
そんなことを思っていた刹那。
状況が急変した。
西門では歓声が沸き起こった。
ウォォォォオッ!
歓声と共に突然城内で戦闘が繰り広げられたのだ。
城外の敵が北門に攻撃を集中させたことで、ヘイナも偵察兵を配置して北門に兵力を集中させていた。
そのため、西門の兵力はかなり少ない状態。
そんな状況で急に城内に敵兵が乱入してきた!
西門はたちまち占領されて門が開けられてしまった。
激戦地は北門だったが、まったく意外な方向から開けられた城門。
敵軍が城の内部からなだれ込んできた。
正確にはリノン城の地下水路!
その地下水路の入口から敵が出てくるところだった。
地下水路を利用するだと?
不可能だ!
城内へ水が流れ込む入口は鉄格子で塞いである。人が入ってくることはできない。通れるのは水か魚くらいだ。
その鉄格子を取りはらって忍び込めば当然ばれる。
一体どうしてこんなことが?
いや、まさか。
そうだ。ヘイナが城を不在にした時!
ヘイナが城を空けた間に作業していたとすれば?
俺がずっとおかしいと思っていた奇襲。
それが囮だったのだ!
堂々と迂回路を通じて送りこんできた偵察隊。
その偵察隊もやはり囮。
偵察隊だけでなく奇襲そのものも囮だった。
捨て駒部隊だったということ。
本当の狙いは奇襲により狼狽した参謀ヘイナがリノン城を空けるように仕向けること。
参謀がリノン城を不在にした隙にリノン城への潜入を試みたのか?
訓練度40に士気が30にもならない王国軍だ。
リノン城の軍隊は酷いレベル。
そんな状況で兵力を率いたヘイナが大挙して城を出ていたら?
当然、警戒は緩むだろうし。
その間に何か詐術や作戦を展開して地下水路の鉄格子をぶち抜き侵入していたら?
方法はさまざまだ。
ヘイナが城を空けたのが敗着だった。
リノン城の門は固く閉ざされていても、参謀が指揮官級の武将を全員連れだした瞬間、すでに敵が潜入していたということだ。
そういえば、あの囮作戦の始まりはエイントリアンだった。
エイントリアンを攻撃することで耳目を集めて、実際には北から侵攻する作戦。
それと似たような戦略!
これはすべてナルヤ王国軍の策士が作り出した筋書き。
我われの参謀ヘイナを手のひらで転がしているということ。
どうやらナルヤ王国には相当優れた策士がいる模様だった。
ヘイナを手玉に取るほど知力の高い策士が!
よし。
まあ、いい。
とにかく想定の範囲内だ。
それなら、これからの歴史を変える。
どうせ歴史にあるように陥落するなら。
リノン城を陥落させるための方法が何かはわからなかったが、リノン城を取り戻すための戦略はすでに立ててあった。
ギリシャ神話に登場するトロイの木馬のような作戦といおうか。
決意を固めた俺はひとまず牢獄に戻った。
*
「それと、この金塊を持っていけ。よりによって、戦争が勃発した後に母親の危急を知らされて会いにも行けずに、詳しい状況はわからないんだろ? この戦時中に薬を買い与えてくれる人などいなかったはずだ。どうせ脱営するなら最善を尽くして戻ってこい」
ユセンはエルヒンが持たせてくれた金塊を眺めた。母親の薬代だった。戦争が起こっておなさら薬を手に入れにくい状況。
実際にもユセンの母親は薬が手に入らなくて死にかけていた。
さらに、エルヒンはエイントリアン伯爵家の家臣の証を与えた。つまり、首都で薬を入手するときに使えという意味だった。
貴族の家名があれば一般民衆には手に入らない薬材も処方してもらえる。
ユセンはその厚意を拒むことができなかった。
独り身で自分を育ててくれた母親の命がかかっているからだ。
そして。
結果的に母親は助かった。
すべてエルヒンのおかげだった。
彼が与えてくれた金塊と貴族の家名が母親を助けたのだ。
つまり、ユセンにとってのエルヒンは、戦闘で自分の命を救ってくれただけでなく、母親の命まで救ってくれた恩人の中の恩人だった。
そんな恩人を助けるために命を捨てるのは当然のことだった。
そのため、エルヒンがリノン城の牢獄に連行された後、リノン城が攻撃を受けたという知らせを聞くなり部隊を飛び出した。
そんなユセンの後をついてくる人物がいた。まさにギブンだ。
「隊長……! 待ってください! ひとりで行くなんて!」
「ギブン? なぜ、お前まで部隊を出てきたんだ!」
「私だけでも隊長についていかないと! 心配いりませんよ。他のやつらには部隊に残るよう言ってあります。それが指揮官の命令でもあったので」
喉も張り裂けんばかりの大声でようやくユセンを止めたギブンがしゃがれ声でそのように言うと、ユセンは首を傾げた。
「指揮官の命令だと?」
「ククッ。隊長にもお伝えする命令があります。これを」
ギブンはにやりと笑って懐から手紙を取り出した。
「指揮官からの手紙です。これを渡すために後を追ってきました」
「俺に手紙を……?」
ユセンは驚いてその手紙を読み始めた。
そして、ハンマーで頭を殴られたような衝撃に包まれた。
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