第23話
*
「奇襲ですって?」
参謀ヘイナが驚きながら言った。
「はい。新しく赴任された指揮官が自白させたそうです」
「なによそれ……」
ヘイナは呆気にとられた。赴任するなり敵の偵察隊を捕虜にして自白を取るなんて。
「敵軍を捕まえてきたことは事実です。運が良かったのでしょう」
運良くね……。ヘイナは混乱して頭が痛くなってきた。ガネン城にはすでに敵軍が進軍している。この状況下での補給基地への奇襲は、ただの戯言と片付けられることではなかった。
総大将のローネン公爵は、現在ルナン王国軍唯一の精鋭軍であるローネン公爵家の全兵力を率いてベルン城で決戦に備えていた。ベルン城だけは絶対に渡さないという思いで。
そんな状況で補給基地が揺らぐのは大打撃だった。
ヘイナはローネン公爵家の親戚だが直系ではない。そのため、ルナン王国の貴族社会において傍系という理由で侮蔑を受けるベルヒン家の名誉を高めようと参謀の座に就くことを拒まなかった。
これ以上は貴族社会でぞんざいな扱いを受けたくなかった。だから、失敗は本当に許されない。
特に、ローネン公爵が不在のリノン城を守るという重任を引き受けた状況。その事実がヘイナには重荷になっていた。
「とりあえず、その捕虜を今すぐ連れてきて。私が直接尋問するわ」
「承知いたしました!」
ハダンに命令を下したヘイナはすぐに前言を撤回した。
「いや、待って!」
再度地図を眺めたヘイナは悩み始めた。ガネン城とベルン城がすぐに陥落することはない。どう考えてもそう。それなら、とりあえず今は補給基地が最優先だった。
「私が一緒に行くわ。リノン城の兵力の半分を率いて補給基地に移動する!」
「か、かしこまりました!」
ハダンはうなずいた。だが、しばらく悩んでいたヘイナはまた考えを変えた。
葛藤そのものだ。
「でもやっぱり。もし、それを囮にリノン城が奇襲されたら……。いや、リノン城の兵力とあの高さの城壁なら十分に持ちこたえられるわ。だから、今は補給基地の方が……」
いろんなことを想定をして悩んでいたヘイナは唇を噛みしめた。
「ハダン。あなたは今すぐ補給基地に戻って。絶対要塞の外には出ないように。指揮官にもそう命令して。何があろうと要塞の中で奇襲に備えるようにって!」
「承知いたしました。ですが、参謀。補給部隊の兵士たちには持ちこたえられません……」
「もし本当に奇襲が起きたら私が直接救援に向かうわ。念のため、リノン城の兵力の半分を率いて補給基地とリノン城の中間地点に陣取っておく。中間地点から駆けつけるくらいの時間は持ちこたえられるでしょ。狼煙を上げて合図を送るのよ!」
そう。もし囮作戦でリノン城を攻撃してきたらすぐに復帰して、本当に補給基地が奇襲されたらすぐに救援に行く。どちらの場合にも応用の利く戦略。
それなりに優れた戦略だと思ったヘイナは自分に満足しながら命令した。
「それと、その捕まえた兵士を陣地に送って。私から尋問してみるから」
「はい、では補給基地へ戻ります!」
*
敵が基地へ奇襲をかけてくるにはガネン城からの迂回路を利用する必要がある。
だから、俺はギブンの言っていたジドという男に偵察任務を任せた。
200人の兵士を率いて迂回路の前方で待機させ、敵の動きがあればすぐに狼煙で合図を送れと命令した。
その200人と補給に出ている兵力を除くと現在俺が運用できるのは4800人となる。
今回の奇襲に備えた作戦の中でハダン側の百人隊長は全員排除した。
そう。彼らには別途要塞の中における防御を命じた。
そして、俺は4800人の兵力を率いて迂回路へ進軍した。
要塞で戦えば必敗確実。リノン城から救援が来る前に要塞が陥落する恐れもあった。そうなるくらいなら、むしろ不意を突いて敵を一気に撃退できる戦略が必要だ!
それは、まさに迂回路の中間地点に流れる川にあった。
腰までの深さ。
それほど深くはない。
川の水量を足首の深さまで減らした後に溜めておいた水を一気に流し込めば、少なくとも数百人の敵兵は一掃できそうだった。
10万の大軍。100万の大軍。そのくらいになるとこの戦略は何の役にも立たないが。奇襲にそんな規模の兵力を動員できるはずはなかった。奇襲は迅速な進撃が命だ。
万が一そんな規模の兵力であれば、すぐに撤退して要塞に這い込まなければ。
だが、そもそも侵略してきたナルヤ王国軍はそんな規模ではない。
もちろん、水攻で広範囲の敵を一掃することはできない。
そんな規模の川でもない上に、それだけの水量を溜めること自体が不可能だ。
十分な人員と時間、そしてたっぷりと水を蓄えた川があってこそ可能な話。
ここでの俺の狙いは溜めておいた水で川の水位を高めて敵を一時的に分断させること。
その時に突撃して渡りきった敵を掃討した後、分断した残りの敵を攻撃する作戦。
進軍の足を速めると、いつの間にか目の前に川が現れた。
敵兵が補給基地へ来るには避けては通れない道。
もちろん、罠を仕掛けるのはこの川の上流だ。
「上流に行って水路を塞ぐ。俺について来い」
ひとまず、川の前に百人隊長を集めて作戦を説明した。最初はみんな戸惑いを見せていたが、勝算のある作戦だということを認めたのかおとなしく従う雰囲気になったため、俺は全員を率いて川の上流へと進んだ。
「ここが良さそうだ。すぐにここで水を堰き止めろ。全兵力が体系的にチームを組んで動け。いいか!」
命令と共に堤防作りが始まった。4800人が一斉に動きだす。
幸いにも空に狼煙が上がることはなかった。
敵が動けば、あらかじめ送りこんだジドが狼煙を上げる。
空を確認しながら作業を進めていると、遠くから我が軍の兵士が走ってきた。いや、我が軍ではあるが敵軍も同然な存在。
副指揮官のハダンだった。
「指揮官! そんなまねをしている場合ではありません。参謀の命令です。軽挙妄動せずに基地で待機しろとのことです!」
参謀の命令を自慢げに宣言するハダン。
基地で待機しろだと?
どう考えてもそれは最悪の戦略だ。ここで作戦に失敗した後で要塞に戻っても遅くはないのだから。
しかし、ハダンの言葉に百人隊長たちは動揺し始めた。参謀という単語まで出たからなおさら。
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