第24話

「おい、何をしている! すぐに基地へ撤収するぞ!」


 ついには俺の答えも聞かずに直接命令を下すハダン。

 任務遂行に励んでいた百人隊長と兵士は全員手を止めてこちらの様子をうかがう。

 こいつ完全に頭がやられてるな。

 参謀の言葉なんて無視すればそれまでだ。

 これからリノン城に起こる問題を考えれば参謀はただの敗者。

 参謀の命令に従って共に敗者となるなら、その命令に背いた罪を受けようとも戦闘で勝利した方がましだ。


 むしろ、ここで勝利を刻んでおいた方が俺にとっては得ということ。

 こういう時に備えてハダンに不満を持つ百人隊長だけを率いて作戦を遂行したのだ。

 彼は男爵で俺は伯爵。

 それに俺は指揮官でもある。

 参謀の話を持ち出したところで実質的な部隊の指揮官は俺だった。


 こうでもすれば腹を立てた参謀が俺をまたリノン城に呼ぶだろう。

 すべての中心となるリノン城に。


「……ったく、黙れよ」


 結論を下したから行動するのみ。

 ハダンの武力はたったの50。

 俺は彼の首筋に向かって手の甲で[攻撃]コマンドを発動した。


 武力差が10ともなればいくらでも気絶させることが可能だ。ハダンはうめき声を上げながら気絶した。


「俺が全責任を負う。すぐに作戦を続行しろ!」

「い、いいんでしょうか……?」

「補給基地を守るための最も効率的な方法といえばこれしかない。君たちが巻き込まれることはないから心配するな。俺は自分の言葉に責任を持つ!」

「承知いたしました!」


 ハダンを指差しながらそう言うと、なぜか気の晴れた顔つきでハダンを見ていた百人隊長がみんな一様にうなずいた。


「ギブン、こいつをあそこの隅に片付けろ」

「もちろんですとも!」


 ギブンはいい気味だというように笑いながら兵士たちとハダンを撤去した。


 補給部隊の特性上、台車を多数保有しているということがこの作戦を可能にした。

 台車だけではない。

 補給基地がある要塞は戦争が起こるまで使われていない場所だった。

 そのため、要塞の城壁は至るところが崩れていて、砂袋や石で急遽補修した状態。

 俺はまさにそれを利用して堤防を作っていた。


 数千人の兵士が動いてくれたおかげで着実に堤防が形作られていき、まるで堤防越しにダムができたかのように水が蓄えられた。


 もう少し水を溜めて一気に堤防を破壊すれば、川を渡っていた敵兵は混乱に陥らざるをえない。

 特に騎兵ならなおさら。

 死の恐怖が迫ってくれば馬たちは暴れ狂うだろうから。

 その隙を狙って一挙に攻撃。

 どのみち奇襲だから大軍を率いてくることは不可能だ。


 準備を終えたのは夜中。

 相変わらず敵に動きはなかった。罠を仕掛ける前に敵が登場するのではないかと心配していたが、むしろその後も現れることはなかった。


 さらに、堤防の上からは水が溢れて川へ流れだしていた。ちょうど堤防の高さまで水が溜まって溢れたのだ。

 これについては仕方がない。

 堤防が決壊する前に敵が現れてくれさえすればいい。

 堤防の高さほどの水なら十分に敵を混乱に陥れることはできるから!


 敵が現れるのを待ちながら、夜が明けて朝になる頃。

 ハダンが目を覚ました。


「うっっ……。指揮官、これは一体」

「黙ってろって」


 もちろんすぐにまた気絶させた。

 今更ながら[攻撃]コマンドは本当に楽だ。いくら何でも、システムがなければ平凡な俺が拳ひとつでこの壮健な男を気絶させることは不可能だ。


 そのように再びハダンを殴り倒すと遠くで煙が立ち上った。

 待ちに待っていた合図だった。

 いわゆる敵の出現!

 本当に奇襲をかけてきたということだ。


 いや、本当に奇襲が起こるなんてどうも怪しい。

 事前告知をして対策をとる時間まで与えた後に攻め込んでくる奇襲か。

 まあ、それについては俺にも考えがある。

 ただ、今一番重要なのは勝利だ。

 敵の考えがどうであろうと敗戦する気はまったくない。


「合図が出た! 全員出陣だ! ギブンはユセンの百人隊を率いて俺に続け。残りの部隊は作戦どおり川の後方の平地に潜伏するように。堤防が決壊して水が敵兵を襲ったら、その時に攻撃を仕掛けるつもりだ。いいな!」

「はい、指揮官!」


 居眠りしていた百人隊長と兵士たちは飛び起きてあたふたと動き始めた。

 彼らに出陣を促した後、俺はギブンとその百人隊を率いて川の北方へと馬を走らせた。

 水位が著しく下がった川を渡って行くと、そこには200人の兵士を率いて後退してくるジドの姿が見えた。

 俺に気づいたジドが走らせていた馬を止めると慌てた顔で叫んだ。


「指揮官、例の敵兵です! ど、どうしますか? 何か、何か対策は……」


 息急き切った声。

 混乱しているようだった。なおさら俺は落ち着いて聞いた。


「規模はどのくらいだ。詳しい状況から報告しろ」

「主力は騎兵隊です。高い場所から観察していた兵士によると、後方に歩兵隊もいることが確認できたとのことです」

「そうか」


 奇襲なら騎兵隊は当然。そこに、要塞を意識した歩兵も混ざっている模様。


「通過した敵はいないだろうな? 徹底して監視したか?」

「もちろんです! 回し者がいることも想定して細心の注意を払いましたが、通過したのは獣だけです」


 この作戦は気づかれたら終わり。

 だから、至る場所から監視するよう200人もの兵力を偵察に送りこんだのだ。

 幸いにも問題はなさそうだった。


「よし。君は川の向こうに待機する軍に合流して、そこで詳しい作戦を聞くように。俺は敵の規模を把握してから動くとする」

「承知いたしました!」


 ジドを見送った後、俺はおとなしく敵軍を待った。規模の確認は必要だ。敵の人数を知ることでより確実に対策がとれるから。

 しばらく待っていると、ジドの言うように騎兵隊が砂埃を立てながら馬を走らせる姿が確認できた。すぐにシステムを稼働すると、


[ナルヤ王国軍:5320人]

[訓練度:80]

[士気:80]


 鍛錬された敵軍が捕捉された。小規模ではあるが、訓練度が40でしかない補給部隊の兵士たちには太刀打ちできない規模だった。

 しかし、十分に作戦が通用してもおかしくない規模。

 ゲームの中の奇襲作戦も大体あの程度の規模だった。すでにゲームで経験しているため、この世界のことはよく知っている。

 実際はどうかわからないが、やはり兵力もゲームと同じという話だ。



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