第22話

*


 補給部隊の指揮官として2日目。


 ジントが目を覚ましたという報告はすでに受けていた。

 彼が目覚めたのは気絶してから正確に5時間後だった。

 つまり、[破砕]で気絶を発動した場合の効果時間は5時間という話。


 俺は軽くシャワーを浴びて捕虜用の幕舎に向かった。

 おとなしく捕まっているのを見ると、鎖を切断できるスキルはないようだ。

 それに、今の俺はまたいつでも[破砕]を使える状態。

 だから恐れることなく幕舎に足を踏み入れた。


 薄暗い幕舎内。ふたりの兵士は鎖に繋がれていた。奥の方で1人は居眠りをしている。

 俺は中に入るなりジントと目が合って睨み合いがしばらく続いた。

 これぞまさしく神経戦か?

 いや、こんなことをしていても意味がない。


「よく眠れたか?」


 無意味なまねはやめて俺は質問を投げかけた。ところが、ジントは俺をずっと睨みつけるだけで何も答えなかった。


「どうやら寝てないようだな。そんなふうに睨んでばかりいないで、少しは話したらどうだ。俺は君の武力をとても高く評価している」


 一貫して黙りをきめこむ。

 何度も話しかけてはみたが返事はなかった。

 その証拠にジントは完全に目を閉じてしまった。

 むしろ、奥で居眠りをしていた兵士が俺の声に目を覚ましたのか口を開いた。


「そいつはもとから無口なんだ。代わりに俺が話してやってもいいぜ。解放することを約束してくれるならな!」

「無口だと?」

「そうさ。部隊でも一言も答えることのないやつだった」


 なるほど。

 もとからそういう性格ってわけか。


「お前は何でも話せるんだな?」

「命だけは助けてくれ! 解放してくれれば何でも話す!」


 それなら、ひとまず目的を変えないとな。登用から尋問に。


「命を助けてやることはできる。だが、逆に今すぐ殺すこともできる」


 俺は腰に帯びた剣を抜き取って兵士の首元に突きつけた。


「ヒィィイイッ! 勘弁してくれ。たっ頼む。助けてくれ!」


 がたがたと震えながら叫ぶ兵士。

 戦場でも怯えて逃げ出そうとした矢先に馬から落ちた兵士だ。

 彼は他の9人とは違ってひどく臆病に見えた。

 まあ、その方が尋問しやすいが。


「正直に言え。偵察隊の目的は何だ。お前が属する部隊は何を準備している」

「それは……」

「いいか、悪知恵を働かせるようなまねをしたら即殺だ」


 その言葉が本気であることを証明するために、俺は剣先を兵士の首元にさらに近づけた。首からは軽く血が滲み出る。


「話す、正直に話すよ。詳しいことはわからねぇが、奇襲を準備しているようだ。それで偵察をしてくるように言われたんだ」

「奇襲? この補給基地に?」

「ああ、そうさ。俺が聞いたのはそれだけだ。俺も詳しくはわからねぇ。ただ、命令を受けて偵察にきたってだけだ。本当なんだ。そ、その剣はしまってくれ。助けてくれ!」


 一般兵士が詳細に知りすぎている方がむしろ怪しい。

 偽の情報かもしれないし、本当の情報かもしれない。

 この兵士は本当だと思っていても、ナルヤ王国軍の指揮部によって偽の情報が植えつけられ、偵察に送りこまれたという可能性もある。


 もちろん、奇襲の話が本当である可能性は大きい。昨日偵察に行ってみた結果、リノン城を経由せずにガネン城からここ補給基地までの迂回路が存在した。

 ガネン城を攻撃しようと進軍してきたナルヤ王国軍がこの道を把握することになれば、当然補給基地の奇襲を狙ってくるかもしれない。

 もし敵が奇襲に成功すれば、交戦中のガネン城とベルン城は食糧難に陥る。

 他の場所に補給路を作るとしても数日間は飢えさせることになりかねない。それでは士気が下がってしまう。

 特に、敵が軍事拠点となるこの補給基地を占領すれば、他の補給路を作ることもそう簡単には行かなくなってくる。

 実益は十分にある。

 信憑性のない話ではない。

 もちろん、あえて目立つかたちで偵察隊を送りこんできたこと自体は怪しいが。

 まるで捕虜にして自白させろとでもいうように。

 わざわざ奇襲を知らせようとしているというのか。


「では、ユセンに代わって君が会議に出席するように」

「よ、よろしいのですか?」

「それぞれの百人隊に命令を出すつもりだから代理人が必要だ」


 ひとまずユセンの百人隊にそう話した後、俺は指揮官幕舎に移動して緊急会議を招集した。

 何か敵の狙いがあるとしても、補給部隊の指揮官として基地への奇襲に備えなければならない。


「昨日の偵察で捕虜を捕まえてきたことは全員知っているはずだが、その捕虜が自白した。ガネン城に進軍した敵軍は補給基地への迂回路を発見して奇襲を計画しているとのことだ」

「えぇぇええっ!」

「指揮官、それは本当ですか?」

「きき、奇襲だなんて!」


 指揮官幕舎に集まった百人隊長がざわめきだした。それだけ波及力のある知らせではある。


「自白の内容は紛れもない事実だ。実際に奇襲があるかどうかはわからないが」


 俺が肩を聳やかすようにして答えると、ハダンの部下がすぐに声を上げた。


「す、すぐにリノン城に報告を。副指揮官もいないこんな時に!」

「報告はするが。まずは対策を講じてから……」


 あいつがいたところで何が変わるんだよ。

 補給基地は首都へと続く道にある丘の上の要塞に位置している。それほど高さはないが城壁には囲まれていた。補給の便宜上の理由から各区域ごとに扉が設けられている構造で、四方に城門がある都市に比べて多くの扉が存在しているという特性がある。


「そんな時間はありません! すぐに報告に行ってまいります!」


 昨日から目に留めていたハダンの部下であろう百人隊長は、俺の言葉を軽く無視してその場を駆け出した。

 指揮官の存在はあからさまに無視だ。

 上官が上官なら部下も部下というか。


「……まあ、それはそうと。我々は独自に備える。奇襲が本当だろうが嘘だろうが、備えておけばいくらでも阻止できるはずだからな」


 もちろん、要塞の中であればある程度攻撃に持ちこたえられるだろう。だが、かなりの長期戦が予想されるだけでなく、その間は補給任務を遂行できない。そうなれば敵の狙いどおりだ。

 さらに、今の訓練度と士気では長期戦になった時に持ちこたえられるかは疑問の状況。

 地形上は有利に見えるがむしろ不利だ。補給部隊が孤立してどうするというのか。

 基地の外ならもっと戦いやすい地形があった。その地形を利用して敵の士気を急落させることで一気に撃退できる方法があれば、その方が有効な方法となる。

 作戦に失敗した後で要塞にこもっても遅くない。


「対策については各百人隊に改めて命令を出すことにする。ひとまず解散して兵士たちに状況を説明するんだ。いつでも出陣できるよう準備しておくように!」


 命令を下した後、会議を解散させてギブンだけをその場に残した。

 聞くことがあったからだ。


「ギブン、君は少し残ってくれ」


 指名されたギブンは辺りを見回して百人隊長が全員出て行ったのを確認すると、俺に歩み寄ってきた。


「隊長のことですか?」

「いや。ユセンならそのうち戻るだろう。そのことではない。他に聞くことがある」

「何でしょう?」

「ハダンに不満を持つ百人隊長を教えてくれないか。ハダンに従っていない百人隊長をな」

「副指揮官に不満を持つ百人隊長ですか。えーっと、それは……ほぼ全員です。先ほど報告に向かったあの百人隊長の他にもう一人を除く全員が嫌っています!」

「ほう。そうか」

「はい。副指揮官は……本当にクズ、いや……!」


 貴族を侮辱すること。

 それは不敬罪だ。

 すぐに処罰されること。

 俺も貴族であるということを後から思い出したのかギブンは急いで自分の口を塞いだ。


「ハダンのようなクズはいくらでも侮辱していい」


 俺は選択的に許可した。俺を侮辱したら不敬罪で処罰するが、あの憎たらしいハダンならまあ。


「ほ、本当ですか?」

「ああ」

「で、では、言わせていだたきます。あいつは根っからのクズです。いつも些細なことに難癖をつけて百人隊長たちに鞭打ちを……」

「なるほど。不満が溜まっているんだな?」

「はい!」


 それはかなり好都合な情報だった。

 それなら、今こそがハダンを排除して部隊を確実に掌握できるチャンス!


「では、ユセンと親しくて信頼のできる百人隊長は誰だ。ユセンがいないこの状況を理解できる百人隊長はいるか?」

「ほぼ全員が隊長とは親しいですが、その中でもジド百人隊長が一番親しいですかね」

「そうか。よし、では君たちの百人隊もすぐに出陣の準備をするように。それと、ジド百人隊長をここへ送ってくれ」



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