第21話
*
夜が訪れた。
ユセンの部下たちが計画の実行を狙っていた日の夜でもあった。
「隊長!」
ギブンがそう呼びながら幕舎の中にやってくるとユセンは彼を見上げた。
「どうした」
「私と一緒に来ていただけますか?」
深刻な顔のギブン。その言葉にユセンは慌てて立ち上がった。
「何だ、また喧嘩か? 副指揮官の耳にでも入ったりしたら、また全員鞭打ちだぞ……」
ユセンが舌を巻きながら言うと、
「まあ、そんなところです。ハハッ」
ギブンが曖昧に答えて後頭部を掻きながら幕舎の外へ出て行くと、ユセンはそんなギブンの後について行った。
「喧嘩してるやつはどこだ? まさか警戒任務中じゃないだろうな?」
まったく何をやってるんだという呆れ顔でユセンが聞くと、ギブンは返事を濁しながらひとまず12区域まで彼を案内した。そこには、ユセンの他の部下たちもいた。
瞬く間にユセンの周りを囲む部下たち。
そこで、ギブンが代表してユセンに提案をした。
「隊長! 準備は整いました。一日や二日は我われが何とかします。どうぞお母様に会いに行ってあげてください」
その思いがけない部下たちの発言を聞いたユセンは目に驚愕の色を浮かべた。
「お前ら……。脱営は即処刑ってことを知ってるよな?」
「しかし隊長……! 指揮官は今日赴任したばかりで何も知らないでしょうし……。ハダン不在の今日こそがチャンスです!」
「それは違う。俺は指揮官と偵察まで行ってきたんだ。あの方を騙せるはずが……」
集合していた百人隊長が解散した後。ユセンはすぐに指揮官に呼び出され、彼の部下たちは全員12区域の警戒任務を遂行していた。
一般兵士が部隊の詳しい状況をすべて把握するのは当然無理である。もちろん、知ろうとすれば知ることはできるが、今回はハダンの不在だけを確認して快哉を叫んだことが彼らの失策につながった。
「しかし、そんなすぐにまた呼び出されることはないかと」
ギブンがそう言うと、ユセンは断固として首を横に振った。
「こんなやり方ではお前たちにまで迷惑がかかってしまう。それはならん。いっそ俺ひとりで脱営した方がましだ!」
ユセンも脱営を考えてはいた。決心がつかなかっただけ。だから、部下たちの提案は本当に嬉しかったが、それは現実的に不可能だった。自分ひとりで脱営して自分だけが死ねばいいこと。
だが、この方法だと気づかれたら全員死ぬ。
「そうだな。脱営はいけないことだ」
まさにその時、後ろから聞こえてきた声。
全員その声に驚愕して振り返った。正体に気づいたユセンがすぐに跪くと、他の兵士たちも同様に跪いた。
「しっ、指揮官!」
「ヒイイイィィィッ! 指揮官がどうして……!」
エルヒンの登場に悲鳴を上げる兵士たち。
脱営はいけないことだ。その一言は、話はすべて聞いたと言っているも同然だった。
ユセンはすぐに地面に頭を打ちつけた。
「指揮官! こいつらは悪くありません。私ひとりの責任です」
「違います、指揮官! 隊長は何も知りませんでした。我われが強引に……」
「おい、静かにしないか! 余計なまねは許さんぞ」
互いに罪をなすり合う。
いや、その逆だ。
互いに自分に責任があると必死だ。
エルヒンは人差し指で頬を掻いた。
ユセンという男の人格を一気に把握できるような光景だったから。
こんなふうに結束が固い百人隊なら間違いなく戦闘で大いに役立つはず。
部隊の全体訓練度は40だが、ユセンの百人隊は訓練度もかなり高い方だった。
指揮の数値が90。その数値はやはりさすがだ。
怪物のような武力の捕虜。そして、目の前のユセン。
そんな人材が2人も現れたことにエルヒンは快哉を叫んだ。
もちろん、まだ彼らを手に入れたわけではないが登用の対象となる人材が現れたこと自体が嬉しかった。
「それで? なぜ脱営をしようとしていたんだ?」
「指揮官! 実は隊長のお母様が……」
ユセンに代わって、すぐ隣にいたギブンがあれこれ事情を説明し始めた。
それを聞いたエルヒンは目をつぶった。
こっそり行かせて事実を隠蔽しようとしていたなんて。世間知らずなのか馬鹿なのか。まあ、兵士たちのその気持ちに温かいものは感じるが。
エルヒンはそんなことを思いながら言った。
「だが、脱営は罪だ」
ユセンの部下たちは自らの過ちを認めてうなだれた。
しかし、エルヒンはユセンが全く予想だにしない言葉をつけくわえる。
「でもな。俺は今何も見ていない。戦場に出てきた兵士が家庭を優先するなんてのはとんでもないことだが、そこにそれだけの大切な価値があるなら行ってこい! 脱営で捨てようとしていた命は帰ってから戦場で償うように」
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