第20話
*
人材は人材。指揮官は仕事もおろそかにはできない。
ひとまず百人隊長を解散させた後、俺は部隊から見て回った。
いくら優秀な人材がいても、いきなり俺につけとは言えないだろ?
部隊は決められた補給計画に従って動いていた。
補給基地は要塞の上にあるが、いつでも撤収できるよう兵士たちは幕舎で生活を送る。その中でも一番大きな幕舎がまさに指揮官用の幕舎だった。
指揮官幕舎と呼ばれるところ。
ひとまずその指揮官幕舎へ行き、各種書類を読んで補給基地に関する事項を確認した。
補給部隊についての勉強とでもいおうか。
補給基地内の物資現況等の事項を熟知するのに半日を費やした後、俺は地形の偵察に乗り出した。
奇襲にしろ後退にしろ、何か起きた時に備えるためには地形を知る必要がある。
指揮官が地形も知らずに狼狽したら嘲笑されるだけだ。
だから地図を見ればいいというわけにはいかない。この目で直接見ておかなければ。
俺がその偵察の案内役に選んだのはまさにユセンだ。
偵察もしてユセンの人柄を知る機会も得て。
一石二鳥というところか?
「ここからベルン城とガネン城。ふたつの戦線まで行く道は全部でいくつだ」
「リノン城を迂回する道とリノン城を通る道、あとは部隊の東に見える山を越える道の3つがあります。ただ、山を登るとなるとやはり兵士の運用が難しく、実質的に移動できるのはリノン城を通る道と迂回路だけになるかと」
周辺の地形に特別変わった様子はなかった。待ち伏せできる地形でもない。ただの平原だ。見渡す限り広がる大地。警戒兵がすぐに敵の奇襲に気づけるほど視界が開けた丘の上に部隊が位置していた。
「よし。その迂回路の方を見てみるか」
「かしこまりました。こちらです。指揮官!」
先頭を行くユセンに続いて俺も馬を走らせた。これといった会話もなく地形を眺めながら30分ほど走ると、前方にはかなり幅の広い川が見えてきた。随分遠くまで来てしまった。部隊から離れすぎるのもよくない。
このくらいなら目的達成だ。
帰ろうとして方向転換をした。
もちろん、この偵察には他の目的もある。
その目的のために、そろそろ会話をしていかなければ。
「君、名前は?」
「ユセンと申します」
「軍での生活はもう長いのか?」
「子供の頃に入隊したのでかれこれ20年以上になりますかね。ハハッ」
頭を掻きながらそう話すユセン。20年ともなればかなりの歳月だ。徴兵されてというわけではなく、自ら志願して職業軍人の道を選んだ模様。今は戦争が起きたから徴兵が活発に行われているが、本来はそれが普通である。
「指揮官、あれを!」
まさにその時、照れくさそうに頭を掻いていたユセンが北の方を指差した。
「迂回路の方に敵が!」
敵? 迂回路の方なら俺の進行方向とは逆だ。驚いて後ろを振り返ると、確かに土ぼこりが舞っていた。それがだんだん近づいてくると馬の蹄の音まで聞こえ始めた。
「あの軍服は一般の偵察兵です!」
俺はすぐにシステムで敵軍を確認した。
兵士の数は10人。
ユセンの言うとおり一般兵からなる偵察隊だった。
「10人ほどだが……。ユセン、いけるか?」
「もちろんです!」
ユセンの武力はなんと82だ。偵察隊の先頭に立つ兵士の武力は30。
何の問題もないということ。その証拠にユセンは敵軍をめがけて駆け出して行くと、いとも簡単に敵兵を切り倒してしまった。
馬から落ちる敵兵。
そして、2人。3人。4人。
ユセンはあっという間に8人もの敵を片付けた。
「1人くらいは生け捕りにしろ! 情報を得るためにな」
生け捕りにした敵兵は情報源となる。
このままではあっけなく全員切り倒してしまいそうなため、俺は生け捕りを命じた。
間隔を置きながら一列で馬を馳せてきた偵察隊。そのうち残ったのは2人だけ。
「降伏せよ! 降伏すれば命は助けてやろう!」
ユセンは一番後ろを走る敵兵まで聞こえるくらいの大きな声で叫んだ。しかし、9番目の兵士は聞く耳を持たない。速度を落とさずに自分の剣を片手で持ち上げてみせる。
むしろ、ユセンの声に反応したのは一番後ろの兵士だった。
降伏しろという言葉に慣れない手つきで馬を止めると、その馬が鳴きながら前足を高く上げたせいで兵士は地面に落下してしまった。
落馬した時の体勢が悪すぎた。あの調子だと少なくとも骨折だ。
カァァァアンッ!
そっちに視線を奪われていた、その時!
9番目の兵士の剣がユセンの剣と交錯した。
鉄と鉄がぶつかる音。
当然、勝つのはユセンだろう。
そう思いながら視線をそらした瞬間。
ユセンの剣は弾き飛ばされてしまった。剣は宙を舞い空高く跳ね上がる。剣と剣がたった一度ぶつかり合っただけなのに敵の力に剣が弾かれ、ユセンは地面に転げ落ちてしまった。
思わぬ異変。
驚いてすぐにユセンの元に駆けつけた。
[特典を使用しますか?]
ありえない。武力82のユセンが一般兵の一撃に馬から落ちるだと?
偶然で起こり得るようなことではなかった。
敵の剣が地面に転げ落ちたユセンへと向かう。
絶体絶命の瞬間。
[ジント]
[年齢:21歳]
[武力:93]
[知力:41]
[指揮:52]
俺は敵の能力値を確かめて再度驚愕した。
武力93! 驚きのあまりめまいがしそうだった。
他の偵察隊の兵士たちとは次元が違う。いや、想像を超越する武力だった。
さらに年齢は21歳。成長が大いに見込める年頃だ。
武力で言えばナルヤ十武将に入ってもおかしくない数値を誇る武力なのにただの兵士。
農業を営んでいたところを徴兵されて入隊した一般兵だろうか?
それなら、あの凄まじい武力に気づかない可能性もある。
俺のように能力が数値として見える人は他にいないから!
馬から転げ落ちたユセンを殺そうと動く敵兵。
このままではユセンが死んでしまう。
どのみち方法は一つしかない。
武力93なら、特典を使用した俺の武力よりも強い。
「止まれ!」
俺は迷わず[破砕]を発動した。
大通連の武器スキル[破砕]!
俺より武力数値が+5までの能力者なら殺すか気絶させかを選べる絶対的なスキル。
この魅力的な人材をそのまま殺すわけにはいかないため気絶を選んだ。
その瞬間、大通連に閃光が走る。
閃光と共に飛び出した大通連は一瞬でジントの元まで届いた。
ジントは大通連を剣で払いのけようとしたが、数値的にそんなことは不可能だった。
システムは絶対的だ。
いや、絶対的でなければならない!
俺は強い信念で結果を眺めた。
剣と剣が交じり合った瞬間、眩しいほどの白い光が周囲を覆う。
光が消えてそこに残ったのは、地面に刺さる大通連と馬から落ちて気絶している恐るべき武力の敵兵だった。
俺はその敵兵の元に駆け寄って気絶を確認した。
問題ない。
確実な気絶!
問題は気絶の効果時間だろう。
気絶は[破砕]の機能の一つ。すぐに目を覚ましたら意味がない。意識を取り戻して闘いが再開されたら、単に[破砕]を浪費したことになる。
ある程度の時間はあるだろうという推測から、まずはユセンの元に駆けつけて馬から降り手を差し伸べた。
「ユセン、大丈夫か!」
「指揮官……。こんな役立たずを助けてくださりありがとうございます!」
手を貸してやろうと駆け寄ったのに、ユセンはむしろ跪いた。
「部下を救うのは当然だ。役立たずだなんて。俺が見るに君は十分強い。問題はあの敵兵だ。異常な強さだったからな」
「それは、恥ずかしながら確かに……。一発で体が弾き飛ばされてしまいました。ハハハ」
ユセンは敵兵の強さを認めながら唇をぎゅっと噛みしめて悔しそうな様子。
「死ななくてよかった。どうだ、歩けるか?」
「はい。なんとか」
ユセンは軽く歩いてみせながら答えた。
受け身が相当上手い模様だ。さすが武力82なだけある。
馬から落ちてのたうち回る武力30の敵兵とは次元が違う。
破砕で気絶させた敵兵は論外であって。
「馬に乗ってみろ。馬に乗るには全身の筋肉を使わなくてはならないからな。体のどこかに問題があればすぐにわかるはずだ」
俺のその言葉を聞いてユセンは自分の馬に乗った。そして、うなずく。
「問題ありません!」
「それはよかった。よし、では一つ頼みがある。さっき馬から落ちたやつと俺が気絶させたやつをふたりとも生け捕りにするつもりだ。部隊に戻って鎖と手錠を持ってきてくれ。運べるように台車と、あと兵士も何人か連れてきてほしい」
「指揮官ひとりここで待たれるというのですか? それはいけません。私と一緒に戻りましょう。私が兵士たちとやつらを捕縛しにここへ戻ってまいります!」
「いいや。その間に目を覚まして逃げたら困るだろ。見張っていた方がいい。さあ、行くんだ」
「それはそうですね……。では、できるだけ急いで行ってまいります!」
そのように彼は去っていき、俺は適当な場所に身を隠した。
もし、ジントというあの男が目を覚ましたら困る。特典の効果時間はまだ残っているが、もう一度破砕を使うには5時間も待たなければならないから。
待ちながらレベルアップを確認したが変動はない。やはり、戦闘したからと必ずレベルが上がるわけではなかった。経験値の基準は敵の死だ。練習のような感じでは経験値は上がらないということ。まあ、それはそうだろう。気絶させるだけで経験値が上がれば、ジントを気絶させて目覚めさせるという方法でレベルアップが可能になるから。
そんなことを可能にしておくはずがない。
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