第158話 文化祭までの日
「寛人くん、送ってくれてありがとう。家に寄って行く?」
ショッピングモールを出ると、外は暗くなっていたので遥香ちゃんを家まで送った。
「いや、今日は帰るよ。……遥香ちゃん、そんな顔をしないでよ。明日の朝も会えるんだから……家には今度ゆっくりと遊びに行くからさ」
遥香ちゃんは「帰る」という言葉を聞くと、急に拗ねた様な表情になったんだ。
そんな顔を見たくなかったから「今度遊びに行く」と約束をしていたら声が聞こえた。
「あら? 寛人くんじゃないの。遥香を送ってくれたの? それにしても、アンタ達……まだ結婚しないの?」
遥香ちゃんのお母さんも帰宅中だったみたいで「少し肌寒いのに、家の前だけは暑いわね」と言いながら、俺達の横を通り過ぎようとする。
「えっ? いや、ちが……あっ! こんばんは。買物してて遅くなったので送って来ました」
「弁当箱を買いに行くって言ってたもんね。寛人くん、家に少し寄って行きなさいよ」
そう言うと、俺の腕を掴んで返事をする間もなく、家に連れて行かれたんだ。
その時、遥香ちゃん親子が話していて──
「──遥香。少し聞こえてたけど、断られたんでしょ? そういう時は多少強引に行けば良いのよ。……えっ? 何? ……強引に行ったら寛人くんが嫌がるって? それは無いわよ。寛人くんは遥香が大好きなのよ? だから少し強引でも良いのよ。……遥香は大人しいから遠慮して自分の意見を言わない時が多いのよ。……寛人くんが怒らないかって? それも絶対に無いわよ。寛人くんは遥香が思ってる事を言ってくれた方が喜ぶから! お母さんを信じなさい!」
「うん! 分かったよ! 私もっと頑張るね!」
これって、俺の前でする会話なのか?
とりあえず聞こえていないフリをした。
この後、遥香ちゃんの家に30分程滞在してから帰宅した。
◇
翌日の1時間目──
「そうだ。吉住くんと田辺くん、秋季大会は負けたんだよね?」
土曜日から始まる文化祭の準備をしている時に、谷村さんが予定表を見ながら話しかけてきた。
「そうだな、5回戦で負けたよ」
「ああ、俺のせいでな……」
さっきまで元気に作業をしていた陽一郎は、急に負のオーラが全開になっている。
それを見た谷村さんは「なにこれ?」って表情で俺を見てきたから、とりあえず首を横に振った。
「……そ、それでね。土曜日は試合が無くなったでしょ?」
谷村さん、陽一郎をチラチラ見ているけど、見ないでやってくれ。
どこかの部品が故障しそうなんだ。
「それでね、土曜日も接客をして欲しいのよ……どうかな?」
「俺は大丈夫だけど、日曜日は終日接客の予定だったよな? そうすると、土日全てなのか?」
土曜日は遥香ちゃんが来ないから、接客担当でも問題ない。
「ごめん、その事を伝えてなかったわね。予定では日曜日が吉住くんと田辺くん、土曜日が安藤くんと真田くんだったでしょ? それで、2人の試合が無くなったのなら、土日は半日交代で接客担当をできないかと思って」
「えっ? それ……本当か?」
半日しか接客しないなら、残り半日は遥香ちゃんと文化祭を一緒に楽しめる……
遥香ちゃんは「同じ行事をしたい」と言って一緒に接客担当になったんだ。
だけど、俺は校内も一緒に回りたいと思っていたから。
「うん、本当。その方が人気になりそうだからね」
「……人気?」
人気って何がなんだ?
日曜日は遥香ちゃんが居るから分かるけど、土曜日は男しか居ないぞ。
「ううん、こっちの事だから気にしないで……それで、どうかな?」
「……? とりあえず分かった。俺もその方が嬉しい。半日は自由時間なんだろ? 日曜日は俺も文化祭を楽しみたいからな」
気にしないことにした。
今、気にするのは陽一郎だ。
やっぱり故障したからな。
「ありがとう、助かるわ! じゃあ土曜日は頼んだからねー!」
そう言いながら離れていく谷村さんは、やっぱり陽一郎をチラチラ見ていた。
「陽一郎、どうして故障してるんだ? 今朝は故障しなかったのに……」
「……故障って何の事だ? やっぱり秋季大会に負けたんだなって思ってさ……」
違う故障みたいだ。
まだ敗戦の責任を感じてるのか?
「陽一郎、負けたけど収穫はあったから問題ないって言っただろ? 琢磨の情報は隠せたんだ。むしろ負けて良かったとも思ってる」
負けたのは悔しいけど、収穫があったのは本当だからな。
情報も隠せたし、俺の足もあるから……
「──だから、来年勝てば良いんだ。来年の夏は甲子園で引退を迎えるんだ。分かったか?」
「……そうだな。うん、来年は甲子園だ。もう一度、甲子園で寛人のボールを捕りたいんだ」
俺も甲子園で陽一郎のミットにボールを投げたいと思ってる。
「中学から寛人とバッテリーを組んで来ただろ? そして高校もバッテリーを組んだ。だけど……これが最後だからな。だって寛人はプロに行くんだろ? 俺にプロは無理だからな。だから……来年の夏が最後だ」
「……そうだな」
これしか言えなかった。
周囲からプロにって声が増えてるけど、まだ進路は決めていない。
ただ、陽一郎が最後に言った言葉だけは同じ気持ちだ──来年が最後になる。
◇
放課後の部活も終わり、俺達は5人で西城駅に向かっていた。
「早く文化祭にならへんかなー。早くタコ焼きを焼きたいねん……」
いつも叫んでる琢磨が珍しく大人しい。
「琢磨、今年もタコ焼きなのか? 去年もタコ焼きだっただろ? クラスの連中から文句は無かったのか?」
東光の学園祭でも屋台に乱入していたし、クラスでも無理を言ったのかもしれない。
「はあ? 文句なんか無かったで。タコ焼きを言ったのは俺やけどな。そうや、寛人も食いに来いよ。俺が焼いたるからな」
「分かった。楽しみにしてるよ」
やっぱり叫んでないな。
琢磨はタコ焼きを焼く練習なのか、手首を器用に動かしている。
でも、仕草だけ見てると禁断症状で震えている様にも見えるんだ。
……来年の夏は本当に大丈夫だよな?
震えている奴や、ロボット化する奴が主力なんだぞ……
そうだ、翼に翔……2人は大丈夫なのか?
2人を見ると、琢磨が焼いた見えないタコ焼きを食べる役になっていた。
それに「美味しいよー」って言ってるし……
「寛人、どうしたんだ?」
今は壊れていない陽一郎が俺を心配そうに見ている。
「陽一郎、俺達って来年は大丈夫だよな? 甲子園に行けるよな? いや、行くんだよな?」
「……? 何かあったのか? 来年は甲子園に行くって教室でも話しただろ」
そうか、陽一郎には俺の心配事が分からないのか……
今ここには居ない健太、打ってチームを助けてくれよ……
健太しか頼れる奴は居ないんだ。
俺も抑えるから、2人で頑張ろうな。
琢磨は金曜日まで禁断症状に襲われていて、土曜日になり──文化祭の日を迎えた。
────────────────────
更新が遅れてごめんなさい…
新作に熱中しちゃいました…
ちなみにコレです(*^-^*)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます