第158話 文化祭までの日

「寛人くん、送ってくれてありがとう。家に寄って行く?」


 ショッピングモールを出ると、外は暗くなっていたので遥香ちゃんを家まで送った。


「いや、今日は帰るよ。……遥香ちゃん、そんな顔をしないでよ。明日の朝も会えるんだから……家には今度ゆっくりと遊びに行くからさ」


 遥香ちゃんは「帰る」という言葉を聞くと、急に拗ねた様な表情になったんだ。

 そんな顔を見たくなかったから「今度遊びに行く」と約束をしていたら声が聞こえた。


「あら? 寛人くんじゃないの。遥香を送ってくれたの? それにしても、アンタ達……まだ結婚しないの?」


 遥香ちゃんのお母さんも帰宅中だったみたいで「少し肌寒いのに、家の前だけは暑いわね」と言いながら、俺達の横を通り過ぎようとする。


「えっ? いや、ちが……あっ! こんばんは。買物してて遅くなったので送って来ました」


「弁当箱を買いに行くって言ってたもんね。寛人くん、家に少し寄って行きなさいよ」


 そう言うと、俺の腕を掴んで返事をする間もなく、家に連れて行かれたんだ。


 その時、遥香ちゃん親子が話していて──


「──遥香。少し聞こえてたけど、断られたんでしょ? そういう時は多少強引に行けば良いのよ。……えっ? 何? ……強引に行ったら寛人くんが嫌がるって? それは無いわよ。寛人くんは遥香が大好きなのよ? だから少し強引でも良いのよ。……遥香は大人しいから遠慮して自分の意見を言わない時が多いのよ。……寛人くんが怒らないかって? それも絶対に無いわよ。寛人くんは遥香が思ってる事を言ってくれた方が喜ぶから! お母さんを信じなさい!」


「うん! 分かったよ! 私もっと頑張るね!」


 これって、俺の前でする会話なのか?

 とりあえず聞こえていないフリをした。


 この後、遥香ちゃんの家に30分程滞在してから帰宅した。





 翌日の1時間目──



「そうだ。吉住くんと田辺くん、秋季大会は負けたんだよね?」


 土曜日から始まる文化祭の準備をしている時に、谷村さんが予定表を見ながら話しかけてきた。


「そうだな、5回戦で負けたよ」


「ああ、俺のせいでな……」


 さっきまで元気に作業をしていた陽一郎は、急に負のオーラが全開になっている。

 それを見た谷村さんは「なにこれ?」って表情で俺を見てきたから、とりあえず首を横に振った。


「……そ、それでね。土曜日は試合が無くなったでしょ?」


 谷村さん、陽一郎をチラチラ見ているけど、見ないでやってくれ。

 どこかの部品が故障しそうなんだ。


「それでね、土曜日も接客をして欲しいのよ……どうかな?」


「俺は大丈夫だけど、日曜日は終日接客の予定だったよな? そうすると、土日全てなのか?」


 土曜日は遥香ちゃんが来ないから、接客担当でも問題ない。


「ごめん、その事を伝えてなかったわね。予定では日曜日が吉住くんと田辺くん、土曜日が安藤くんと真田くんだったでしょ? それで、2人の試合が無くなったのなら、土日は半日交代で接客担当をできないかと思って」


「えっ? それ……本当か?」


 半日しか接客しないなら、残り半日は遥香ちゃんと文化祭を一緒に楽しめる……

 遥香ちゃんは「同じ行事をしたい」と言って一緒に接客担当になったんだ。

 だけど、俺は校内も一緒に回りたいと思っていたから。


「うん、本当。その方がになりそうだからね」


「……人気?」


 人気って何がなんだ?

 日曜日は遥香ちゃんが居るから分かるけど、土曜日は男しか居ないぞ。


「ううん、こっちの事だから気にしないで……それで、どうかな?」


「……? とりあえず分かった。俺もその方が嬉しい。半日は自由時間なんだろ? 日曜日は俺も文化祭を楽しみたいからな」


 気にしないことにした。

 今、気にするのは陽一郎だ。

 やっぱり故障したからな。


「ありがとう、助かるわ! じゃあ土曜日は頼んだからねー!」


 そう言いながら離れていく谷村さんは、やっぱり陽一郎をチラチラ見ていた。


「陽一郎、どうして故障してるんだ? 今朝は故障しなかったのに……」


「……故障って何の事だ? やっぱり秋季大会に負けたんだなって思ってさ……」


 違う故障みたいだ。

 まだ敗戦の責任を感じてるのか?


「陽一郎、負けたけど収穫はあったから問題ないって言っただろ? 琢磨の情報は隠せたんだ。むしろ負けて良かったとも思ってる」


 負けたのは悔しいけど、収穫があったのは本当だからな。

 情報も隠せたし、俺の足もあるから……


「──だから、来年勝てば良いんだ。来年の夏は甲子園で引退を迎えるんだ。分かったか?」


「……そうだな。うん、来年は甲子園だ。もう一度、甲子園で寛人のボールを捕りたいんだ」


 俺も甲子園で陽一郎のミットにボールを投げたいと思ってる。


「中学から寛人とバッテリーを組んで来ただろ? そして高校もバッテリーを組んだ。だけど……これが最後だからな。だって寛人はプロに行くんだろ? 俺にプロは無理だからな。だから……来年の夏が最後だ」


「……そうだな」


 これしか言えなかった。

 周囲からプロにって声が増えてるけど、まだ進路は決めていない。

 ただ、陽一郎が最後に言った言葉だけは同じ気持ちだ──来年が最後になる。





 放課後の部活も終わり、俺達は5人で西城駅に向かっていた。


「早く文化祭にならへんかなー。早くタコ焼きを焼きたいねん……」


 いつも叫んでる琢磨が珍しく大人しい。


「琢磨、今年もタコ焼きなのか? 去年もタコ焼きだっただろ? クラスの連中から文句は無かったのか?」


 東光の学園祭でも屋台に乱入していたし、クラスでも無理を言ったのかもしれない。


「はあ? 文句なんか無かったで。タコ焼きを言ったのは俺やけどな。そうや、寛人も食いに来いよ。俺が焼いたるからな」


「分かった。楽しみにしてるよ」


 やっぱり叫んでないな。

 琢磨はタコ焼きを焼く練習なのか、手首を器用に動かしている。

 でも、仕草だけ見てると禁断症状で震えている様にも見えるんだ。


 ……来年の夏は本当に大丈夫だよな?


 震えている奴や、ロボット化する奴が主力なんだぞ……

 そうだ、翼に翔……2人は大丈夫なのか?


 2人を見ると、琢磨が焼いた見えないタコ焼きを食べる役になっていた。

 それに「美味しいよー」って言ってるし……


「寛人、どうしたんだ?」


 今は壊れていない陽一郎が俺を心配そうに見ている。


「陽一郎、俺達って来年は大丈夫だよな? 甲子園に行けるよな? いや、行くんだよな?」


「……? 何かあったのか? 来年は甲子園に行くって教室でも話しただろ」


 そうか、陽一郎には俺の心配事が分からないのか……


 今ここには居ない健太、打ってチームを助けてくれよ……

 健太しか頼れる奴は居ないんだ。

 俺も抑えるから、2人で頑張ろうな。



 琢磨は金曜日まで禁断症状に襲われていて、土曜日になり──文化祭の日を迎えた。



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更新が遅れてごめんなさい…

新作に熱中しちゃいました…


ちなみにコレです(*^-^*)

https://kakuyomu.jp/works/16816700426478668729

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