第154話 お母さんのケーキ

「あっ! もうこんな時間だ。遥香ちゃん、俺達もそろそろケーキを食べに行かない?」


 アルバムに夢中になっていて、かなり時間が経っていた。

 遥香ちゃん達が帰る時間まであと少し。

 その前に一緒にケーキを食べたいんだ。


「そうだね。お腹も楽になったからリビングに行こっか」


 2人でリビングに向かっているけど、遥香ちゃんは俺のアルバムを手放さないんだ。


「遥香ちゃん、アルバムだけど部屋に置いてこなかったの?」


「うん、持って帰るから」


 遥香ちゃんは「どうして当たり前な事を聞くの?」みたいな顔をしてるけど、俺には意味が分からない。


「……えっ? 持って帰るの?」


「うん。……ダメ? 家でも寛人くんを見たいなって思ってたんだけど」


「いや、ダメじゃないよ。どうして持ってるのか気になっただけだから」


 遥香ちゃん、持って帰って俺のアルバムを見たいのか……


 そんな考え俺には浮かばなかった。

 遥香ちゃんは天才だと思う。


「遥香ちゃん、俺もアルバム借りてても良い? もっとゆっくり見たいから」


「うん! でも、恥ずかしいからあまり見ないでね!」


 ゴメン、満足するまで見るよ。

 俺も遥香ちゃんの写真を見たいもん。



 リビングに入ると、遥香ちゃんのお母さんが帰る用意をしていた。


「……お母さん、帰る準備をしてるの?」


「そうよ、もうすぐ帰る時間でしょ? 遅くまで居たら迷惑になるからね」


「……帰りたくない」


 遥香ちゃんが抵抗しているけど、俺にはどうする事もできない。

 あと30分で帰る時間なんだ。


 俺も遥香ちゃんと一緒に居たいけど……


「遥香、帰りたくないって……どうするつもりなの? 明日は朝から部活があるんでしょ?」


「……あっ、えっと、寛人くん……泊まっても……良い?」


 遥香ちゃん、泊まるの?

 俺は良いけど、って……


 ──ダメだろ!?


 さっき、俺達はもう子供じゃないんだって言ったばかりだよ?


「遥香、泊まるって言ってるけど……あえて聞くわね? 何処で寝るつもりなの?」


「……? 寛人くんの部屋だよ」


 あっ……この顔はさっきアルバムを持ってる理由を話していた時の顔だ。


「──っ! 寛人くんの部屋!? 遥香……何を言ってるのよ」


 やっぱり遥香ちゃんのお母さんは止めてくれる人だ。


「だって……」


「だってじゃないでしょ? 今日は着替えを持ってきてないんだから今度にしなさい」


 ……止めないんだ。


 着替えがあれば良いのか?

 なんか違うと思う。


 遥香ちゃんのお母さんはダメだ。


 俺の母さんなら止めて……

 いや、目が笑ってるからこの人もダメだ。


 ここは最後の砦、良識のある透さんしかいない。


 ──透さん、助けてくれ!


 願いを込めて透さんに視線を向けた。


「相澤さん。寛人くんの部屋に今日泊まるのは僕も賛成できない。今日は車で送るから……もう少し家に居れるから我慢して欲しいな」


「……はい、分かりました」


 泊まれない代わりに、遅くまで居れる提案か──やっぱり透さんは頼りになる。


「それに明日は朝から部活でしょ? 泊まりに来るなら、次の冬休みにしたらどう? それなら寛人くんと予定を合わせやすいと思うけど、どうかな?」


 ……最後の砦はペラペラの紙装甲だった。


「はい! 寛人くん、冬休みは一緒にお泊まりしようね!」


 俺の部屋で泊まるって……本気なの?

 遥香ちゃんも喜んでるし、4人を見てると俺が間違ってる気がしてきた……


「分かった、冬休みだね。俺も楽しみにしてるよ。ほら、ケーキを食べに来たんだ。俺達も早く食べようよ」


「うん! お泊まり楽しみだねー!」


 お泊まりに関して、大人達がアテにならないのは分かった。

 というより、透さんと母さんは俺を信用してくれているからだろう。


 急に決まったから「本当に良いのか?」と思う気持ちはある。

 幼馴染とはいえ今は高校生の男と女だ。


 遥香ちゃんは昔みたいなお泊まりを想像してるのかな?


 嬉しそうな表情だから間違いない。

 小さい頃に何回も見た表情だからな。


 遥香ちゃんが楽しいなら良いか……


 深く考えるのはここまでにしよう。

 今は遥香ちゃんとケーキを食べているんだから──


 やっぱり遥香ちゃんのお母さんのケーキは美味しい。


「──美味しい! そう、このケーキだ!」


「お母さんのケーキは美味しいもん。でも、今度は私が作るから食べてね!」


 俺は苺のショートケーキ、遥香ちゃんはチーズケーキを食べている。


「ああ、遥香ちゃんが作ってくれるケーキを楽しみにしてるよ。何回か食べたけど本当に美味しいから。遥香ちゃんが作ったモノなら毎日でも食べたいよ」


「うん! じゃあ、もっとお料理を頑張るね。寛人くんに食べてもらいたいもん」


 そう言ってから遥香ちゃんは喋らなくなり、何かを考えてるみたいだった。

 たまに「どうすれば」とか「毎日は無理だし」とか「何かないかな」と言っている。


「……えっと、遥香ちゃん?」


 顔を覗き込みながら名前を呼ぶと、遥香ちゃんと目が合い──


「──寛人くん、本当に毎日食べたい?」


 少し不安そうでもあるけど、真剣な目をしながら問いかけてきた。

 どうして不安そうなのかは分からないけど、俺の答えは決まっている。


「うん、食べたい。遥香ちゃんの作るモノなら今からでもお腹に入るよ」


 遥香ちゃんが作るなら、満腹の今でも食べれる自信がある。


「ふふふ、今は満腹だから無理だよー。あのね、お弁当を作ろうと思ったの。一緒に通学する日があるでしょ? その日は私がお弁当を作るから……そうしたら食べてくれる?」


 不安そうな表情は、本当に毎回食べるのか心配だったからか。

 一緒に通学する日に毎回食べれるのなら嬉しすぎるくらいだ。


 でも……


「朝から作るの大変じゃない? 俺は食べれるなら嬉しいけどさ……遥香ちゃんに負担をかけたくないんだ」


「……負担? お弁当は毎朝作ってるから大丈夫だよ? 1人分増えるだけだから変わらないよ? だから……食べてくれる?」


 ここまで言われたら断る理由はない。


「遥香ちゃんのお弁当を楽しみにしてるよ。でも、無理だけはしないでね?」


「うん! やったー! お弁当作るのが楽しみだよ! ふふふ……お弁当を早く作りたいなあ……次の登校は月曜日か……何にしようかな……」


 今から献立を考えるみたいだ。

 やっぱり無理をしそうな気がする。


「遥香ちゃん、本当に無理をしないでね? そうだ、約束しよう……俺や遥香ちゃんのお母さんが無理してるって判断したら、お弁当は中止にする。俺は遥香ちゃんのお弁当が食べたいよ? だけど、遥香ちゃんの体調の方が大事だから。遥香ちゃんが体調を崩して笑顔を見れない方がもっと嫌なんだ」


「……中止。それは嫌だもん。中止にしたくないから分かった。じゃあ約束するね」


 約束してくれるなら大丈夫だ。

 俺は遥香ちゃんに貰ってばかりだな。


「うん、約束だ。遥香ちゃん、俺に何かして欲しい事ってある? お弁当もそうだけど、ケーキとかさ……俺が貰ってばっかりだから何か返せないかと思って……」


「……? 私の方が寛人くんからいっぱい貰ってるよ?」


 俺から貰ってる? えっ? 何を?


「──寛人くんだよ」


 遥香ちゃんは俺の目を真っ直ぐに見ているから本気なんだろう。


「覚えてる? 私がケーキ作りを始めたのは、寛人くんに食べて欲しかったからだよ? お料理もそうだもん……何回か"吉住くん"には食べてもらったよ? だけど、やっと遥香として"寛人くん"に作れるんだよ? ずっと……ずっと……食べて欲しかったから……」


 遥香ちゃんの目には涙が溢れている。

 泣かせてしまったと思ったけど、俺は言葉の続きを黙って聞いた。


「──だからね? 寛人くんが居てくれるだけで私は幸せを貰ってるんだよ」


「……遥香ちゃん。うん、俺も一緒だから……だけど、本当に無理はダメだからね? あと、俺にして欲しい事とかあったら遠慮なく言ってね?」


 一緒だと言ったけど、やっぱり俺の方が遥香ちゃんからいっぱい貰ってるから。


「うん。じゃあ……その"苺"が食べたい! 美味しそうだもん」


 遥香ちゃんはケーキに乗っている苺を見て言っている。


「じゃあ、食べる? ちょっと待ってね……はいどーぞ」


 フォークを苺を刺して、遥香ちゃんに食べさせてあげた。


「うん、美味しいねー!」


 嬉しそうな遥香ちゃんを見ていると、俺も嬉しい気持ちになる。


 苺を食べた遥香ちゃんから「私のも食べて」と言われ、俺もチーズケーキを食べさせてもらったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る