第153話 空白の7年間

「遥香ちゃん、ゴメンネ。お客さんなのに準備させちゃって。それにしても、遥香ちゃん……手際が良いわね」


 食材の準備をしている遥香ちゃんを見て、母さんが感心している。


 その事に俺は驚かない。

 だって──


「遥香ちゃんは料理が上手だよ。手料理を食べたら母さんも驚くと思う」


 お弁当を何回か食べてるからな。

 そういえば、いつも量が多かった気がする。


「えっ? 寛人、遥香ちゃんに作って貰ってたの? 母さんは聞いてないよ?」


 どうして報告する必要があるんだ?

『母さん、好きな子にお弁当を作ってもらったんだ』──って言うの?


「言う必要なんてないだろ……」


「寛人、母さんに言えない様な事をしてるの? 母さんはアンタを信用してるんだよ」


 真剣に言ってる感じだけど、母さんの目は笑ってるんだ。

 その手には乗らない、俺は騙されないぞ。


「何もしてな──」

「──頭を撫でてもらってるだけです!」


 あっ、遥香ちゃんが騙された。


「遥香ちゃん、寛人に頭を撫でてもらってるの? ねえ? 他に面白い事はないの?」


「うん。えっとね──」


 遥香ちゃん、母さんは"面白い事"って言ったんだよ。

 必死で説明してるけど、色々とバラさないで欲しい。


「母さん、勘弁してくれ……遥香ちゃんも説明しなくて良いよ、恥ずかしいから。とりあえず準備はできてるから食べよう。試合の後だからお腹が空いてるんだ」


 遥香ちゃんは恥ずかしそうにしていて、母さんは「遥香ちゃん変わらないねー。可愛いー」って言っている。


 そこに関しては母さんと同じだよ。



 この話から、遥香ちゃんと母さんから暗い雰囲気が無くなり、俺達はすき焼きを食べ始めた。


 その様子を見て安心したんだ。


 ──母さんが笑っているから。


 透さんとも話していたけど、事故の事を思い出さないか少し不安だった。


 透さんも同じ気持ちみたいで、俺と目が合うと頷いて微笑んでいる。


 もう大丈夫だな。


 そう思った時、さっき疑問に思った事を母さんに聞いてみた。


「母さん、遥香ちゃんだと良く分かったね。すぐに気付いたから驚いたよ」


 母さんは唖然とした目を俺に向けてくる。

 何か変な事を言ったのか?


「寛人、何を言ってるの? どう見ても遥香ちゃんじゃない。気付かなかったアンタの方がおかしいのよ」


 ……えっ? 俺が変なの?


 ちなみに遥香ちゃんを見ると首を横に振っている。

「私も分からなかった」って言いたいんだろうな。


「母さんが凄いんだよ。俺達は最近まで気付かなかったから」


「だって遥香ちゃんだよ? こんな可愛い子を見て、気付かない寛人がおかしい」


 母さん以外は気付かないと思う。

 遥香ちゃんの顔をジっと見たけど、やっぱり分からない。


「遥香ちゃんは可愛いよ……まあ、昔も可愛かったけどさ……」


 そうか、身長かもしれない。

 遥香ちゃんは俺よりも背が高かったから。


 理由を考えてると、遥香ちゃんがモジモジしているのに気付いた。


「……遥香ちゃん?」


「寛人くん、まただもん……恥ずかしいから急に言わないでよ……」


 遥香ちゃんが、顔を真っ赤にして俺を見ている。


「あっ、いや……ゴメン」


 俺まで恥ずかしくなってきた。

 だけど、可愛いと思うのは仕方がない。


「寛人と遥香ちゃんは変わらないわね。昔のままね……母さんは安心したよ。そうだ、優子さんは寛人に会って気付いた?」


「……私? 私は蓮司さんにソックリだと思ったわ。似てるから驚いたわよ」


 遥香ちゃんのお母さんは、俺を見て父さんを思い出したんだった。


「そうでしょー! どんどん似てきて男前になってるの。それなのに、女の子に興味が無かったから心配してたのよ」


 失礼だな、遥香ちゃんにしか興味がないだけだ。


「そうだ、優子さん。寛人が野球をやってる姿って見た? マウンドの表情を見たら更に驚くわよ。蓮司さんにしか見えないから」


「寛人くんって有名なピッチャーだったよね? 知ってるけど見た事なかったわ」


 何故か俺の話で盛り上がっているみたいで、黙っていた透さんが席を立ち──


「良いものがあるよ。はい、これ」


 そう言って母さん達の前に1冊の雑誌を置いていた。

 俺は雑誌を見て驚いたんだ。


 だって、あれは──


「何これー! 寛人くん、凄いじゃない! 投げてる時の顔を見るとソックリねー!」


 甲子園の"吉住寛人特集"の記事なんだ。

 俺は恥ずかしいから読んでいない。


 それに、この本が家にある事も知らなかった。


 まあ良いか……


 遥香ちゃんが記事を読んで"寛人"だと気付いてくれたんだ。


 遥香ちゃんも一緒に見たそうな顔をしている。


「遥香ちゃん、一緒に見てきて良いよ」


「ううん、大丈夫。家に同じ雑誌があるもん。それに、今は目の前に寛人くんが居るから」


 遥香ちゃんの言う通りだな。


「そうだな、今は目の前に居るからね。すき焼きの続きを食べようか」


「うん、寛人くんも食べてる? お皿貸して、お肉ができてるから入れるね」


「ありがとう。遥香ちゃんにも入れてあげるよ。すき焼きを楽しみにしてたんだからさ」


 こうしていると昔を思い出す。

 遥香ちゃんは子供の頃もこうしてくれたから。


「……ねえ、寛人。遥香ちゃんといつも"そんな事"をしてるの?」


 記事で盛り上がっていた3人は、いつの間にか読むのを止めて俺達を見ていたらしい。


「真理さん! そうなのよ! 遥香と寛人くんね──」


 遥香ちゃんはお母さんに似たみたいだ。

 家に行った時の事や、さっきの道での事を全部話してるもん。


 母さん達がからかって来て、遥香ちゃんは「寛人くんにしかやらないもん!」「人の居ない所でするもん!」と必死に言い返している。


 遥香ちゃん、それは2人には逆効果だよ。


 ──とは言えなかった。





「寛人と遥香ちゃん、ケーキはどうする?」


 すき焼きを食べ終えて、母さん達がケーキの用意をしていた。


「もう、俺は後で食べるよ。お腹が一杯で今は食べれない」


「うん。私も今は無理だよ」


 食後にケーキがある事を忘れて、俺達は食べ過ぎたんだ。


「母さん達は先に食べててよ。遥香ちゃん、俺の部屋に来る? ちょっと休憩しない?」


「えっ? 寛人くんの部屋? うん! 行ってみたい!」


 部屋に来るって言ったけど、殺風景で物はほとんど無いんだけどな。


 俺達が席を立つと、遥香ちゃんのお母さんに呼び止められた。


「2人は部屋に行くの? 寛人くん、ちょっと待って。良い物があるから」


 そう言って、鞄からある物を手渡された。


「あっ! お母さん、持ってきちゃったの?」


 その"物"に反応したのは遥香ちゃんだ。


「そうよ、寛人くんが家に来た時に見せれば良かったんだけどね。だから持ってきたのよ」


 ──アルバムだった。


 少し開くと、俺の知らない遥香ちゃんが写っている。


「ありがとうございます。ずっと知りたかったんです。俺の知らない遥香ちゃんを……」


 俺と遥香ちゃんは部屋に向かった。

 アルバムを受け取った後から、遥香ちゃんは恥ずかしそうにしているんだ。


 どうしようか考えて──


「遥香ちゃんも俺のアルバムを見る?」


「うん! 私も寛人くんのアルバムを見たい!」


 恥ずかしそうな表情から一転、早く見せてって言いたそうな表情に変わった。


「ハハハ。俺が見たいんだから、遥香ちゃんも見たいよね。ちょっと待ってて」


 遥香ちゃんにアルバムを手渡して、俺達は"会えなかった時間""空白だった7年"を埋めるように、1枚1枚の写真をゆっくりと見た。


 遥香ちゃんのアルバムを見ると、俺が居なくなった後の様子が分かってしまう。


 小学生の頃の写真は表情が少し暗い。

 泣いた後の顔にも見えた。


 中学生になった写真には、西川さんが一緒に写っているのが何枚かある。

 その頃から、少し明るくなった様に見えたんだ。


 分厚いアルバムには、俺の知らない遥香ちゃんがいっぱい居た。


 全ての写真を見た時に思った事がある。



「なんで気付かなかったんだろう」

「どうして気付かなかったんだろうね」


 遥香ちゃんと同時に言葉が出ていた。


 会えなかった7年間を見ると、今の遥香ちゃんと昔の遥香ちゃんは繋がるんだ。


 変な表現かもしれないけど"初めて会った時の相澤さん"が"幼馴染の遥香ちゃん"にしか見えない。


 母さんが気付くのが分かった気がする。


「なんて言ったら良いのか分からないけど、昔の遥香ちゃんと今の遥香ちゃんが、一緒にしか見えないんだ」


「うん、私も……今の寛人くんと小さい寛人くんが一緒にしか見えないもん」


「なんだろう、変な感じだな」


「ふふふ、そうだねー」



 この後も、俺達は空白期間を埋めるようにアルバムを眺め合った。

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