第152話 3人の再会

「ほら! あそこが俺の家だよ」


 2人に家を指差しながら場所を教えた。


「ここまで来てあれだけど、本当に私達の家から近いね……電車も同じ沿線だし、30分位かしら?」


「そうだね……私も前に聞いて知ってたけど、寛人くん……近くに住んでたんだよね……もっと早く会いたかったな……」


 家を教えただけだけど、2人には……いや、遥香ちゃんにとっては複雑なんだろう。


 ……俺も同じ気持ちだから。


「遥香ちゃん……もう会えたんだ。だからさ……一緒に居れなかった時を思い出すのは今日までにしない? これからは、会えなかった時の分も思い出を作っていこうよ」


 悲しかった思い出より、楽しい思い出を増やしたいんだ。


「そうだね……うん、もう止めるね。寛人くんのお家にやっと来れたんだもん」


「ふふふ。遥香……良かったね。ずっと泣いてたもんね」


「お母さん、寛人くんが居るから止めてよ……恥ずかしいから……」


 西川さんから遥香ちゃんが"昔から好きだった男の子を想って泣いている"──と聞いた事があった。


 あの時は"相澤さんに好きな人が居る"と思っていて、それが俺の事だと知ったのは先週の学園祭の時だ。


 忘れられてるかもしれない。

 会いたいと思っているのは、俺だけかもしれない……


 そう思った時は何度もあった。



 ──でも、違ったんだ。



 遥香ちゃんを泣かせていたのは俺だ。



「遥香ちゃん、ゴメンネ……」


「……? どうしたの? 急に?」


 遥香ちゃんは不思議そうにしている。

 当然だよな、急に謝られたら俺も分からない……でも、言っておきたかった。


「ううん、なんでもないよ……あっ、家に着いたよ。さっきも言ったけど、俺が先に入ってから"相澤さん"と呼ぶからね」


 透さんには確認済で、母さんはキッチンで食材の準備中だ。

 まず俺がリビングに入り、母さんに"相澤さん"を紹介する。

 それから遥香ちゃんのお母さんを招き入れる。


 ──これが透さんと決めた内容だ。



 玄関前だから2人は声を上げない様にしているのか、無言で頷いている。


 俺は2人をリビングの前で待たせて、先に中へ入った。


「母さん、ただいま。言ってた通り、相澤さんを連れてきたよ」


 自然な感じで言えた……と思う。


 それにしても透さんは凄いな。

 イタズラを主導している本人なのに、ポーカーフェイスで普通に「おかえり」と言ってるから。


「寛人、おかえりー。ちょっと待ってねー。今からそっちに行くから」


 母さんがキッチンから出てきて、キョロキョロとしている。


「……その相澤さんは?」


「ちょっと恥ずかしいみたいなんだ。相澤さん、もう大丈夫? 入って来れる?」


 遥香ちゃんは本当に緊張しているみたい。

 少し俯いてリビングに入ってくる。


「──相澤遥香です」


 そう言って顔を上げた遥香ちゃんは、少し泣いていた。


 母さんからの返事はない。


「……母さん?」


 母さんを見ると驚いた顔をしている。


「遥香……ちゃん……」


 母さんは遥香ちゃんの所へ近付いて──


「──遥香ちゃん……だよね?」


 母さんの言葉で遥香ちゃんは完全に泣き出してしまった。


「はい……遥香です……私……教えてもらったバイオリン……ずっと……ずっと……続けてるよ……ひとりぼっちになっても……頑張ったよ……」


 遥香ちゃんは母さんに抱きついて泣いていて、母さんも一緒に泣いていたんだ。


「遥香ちゃん……急に寛人も私も居なくなったもんね……ゴメンネ……ずっと……ずっと……遥香ちゃんに謝りたかったのよ……」


 2人は特別な関係だった。

 遥香ちゃんにとって、母さんはバイオリンの先生でもあったから。


 ……そして母さん。


 母さんは、今もあの事故は自分のせいだと思い込んでいるんだ。

 そして、俺達を引き離した原因は自分だと言った事もある。


 それは違うと何回も言ったけど、最後まで納得はしてくれなかった。


「母さん。もう1人……もう1人、会わせたい人がいるんだ」


「えっ? まさか……」


 母さんは気付いたみたいだ。

 遥香ちゃんが居て、もう1人ってなると分かると思う。


 遥香ちゃんのお母さんを招き入れた。


「真理さん、久しぶりー。元気だったー?」


 声は元気そうだけど、表情は違った。

 遥香ちゃんと母さんの会話を聞いて、泣いていたみたいだ。


「──っ! やっぱり! 優子さん!」


 母さんは変わらず泣いていて、俺達には分からない2人だけの会話が始まった。


 ちなみに透さんは「おかえり」と言ってからは黙ったままだ。


 イタズラ大成功という表情ではなく、優しい笑みを浮かべている。


 透さんと目が合うと、俺と遥香ちゃんはキッチンへ呼ばれた。


「透さん、どうしたの? まだ何か作戦があるの?」


 イタズラ継続なのか? と思ったけど、違ったみたいだ。


「──ハハハ、違うよ。真理さんには久しぶりの再会を楽しんで貰おうと思ってね。それに……当分は無理そうでしょ?」


 母さん達を見ると、まだまだ再会の感動は終わらないらしい。


「そうだね」


「でしょ? だからさ……寛人くんと相澤さん、手伝ってよ。僕達で"すき焼き"の準備をしよう」


 その後、遥香ちゃんが食材の準備、俺と透さんはテーブルへと運んだ。


 俺と母さん、遥香ちゃんと遥香ちゃんのお母さん……4人で会えたのは本当に嬉しい。

 同時に"ここに父さんが居れば"と思ってしまうんだ。



 どうして居なくなってしまったんだろう。



 ……大好きだった父さんが居ないんだ。



 ──だけど、それ以上に思う事がある。



「透さん、ありがとう。俺……透さんが母さんと結婚してくれて……俺の父さんになってくれて……」


 ……ダメだ、上手く言えない。


「……寛人くん。うん、僕も寛人くんが息子になってくれて嬉しいと思ってるよ」


 透さんは、そう言って俺の頭に手を置いてくる。


「ほら? 寛人くん、相澤さんが見てるよ? 好きな子に"泣いてる顔"を見られても良いの?」


 やっぱり透さんはイタズラっ子だ。

 そんな表情でこっちを見ているし。


 だけど、少し恥ずかしそうにも見えた。


 俺はゆっくりと遥香ちゃんの方へ顔を向けると……目が合ったんだ。


「──っ! 遥香ちゃん? 見た?」


「えっと……うん。見ちゃった」


 遥香ちゃんも困った顔をしている。

 凄く恥ずかしいんだけどな……


 遥香ちゃんは泣き顔を見た罪悪感からか、焦った様子になり──


「──あのね! 寛人くん! 泣いても大丈夫だから! えっと……ほらっ! 去年、私達が病院で再会した日! 寛人くん泣いてたもん! だから、泣いてる所を見ても大丈夫だよ!」


 あの……遥香ちゃん……?

 何が大丈夫なのか分からないんだけど。


 ほら? 透さんが笑うのを我慢してるからね?


「──ぷぷっ! 寛人くん……そうだったの?」


 ……我慢を止めたみたい。


「……あっ! 寛人くん……ごめんなさい」


 遥香ちゃん、謝らないで……

 透さんが更に笑うからさ。


「遥香ちゃん……もう大丈夫だよ。まさか、その事を言われると思わなかったけど、良く覚えてたね?」


 相澤さんと会ったのは病院の屋上だった。

 準決勝で負けた悔しさで泣いたんだ。


「覚えてるよ。あの時は驚いたもん」


 この時に思った。


「そうか……子供の頃、最後に会った時は遥香ちゃんが泣いてたんだ。だけど、再会した時は俺が泣いてたんだな……」


「そっか……うん。そうだったね」


 もう笑っていなかった透さんに、再会した日の事、最後に会った日の事を話した。


「そうだったんだ……寛人くん、相澤さん、会えて良かったね」


 透さんは自分の事の様に喜んでくれている。


 それと同時に母さん達から声がかかった。

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