第141話 魔王は味方だった

「寛人、陽一郎くんが来たわよ」


「えっ? もう来たの? 早すぎるけど行ってくるよ」


 今は朝の7時10分だ。

 学校に行く日は、陽一郎が俺の家まで迎えに来る。

 今日は普段より30分も早かった。


「寛人、おはよう」


「おはよう。今日はどうしたんだ? 来るのが早すぎるだろ」


 陽一郎はいつもと変わらない様子だったので不思議に思った。


「メッセージを見てないのか? 昨日の夜『明日は30分早く迎えに行く』って送ったぞ」


「そうなのか?」


 スマホを取り出して電源を入れる。

 確かに陽一郎からのメッセージがあった。


「悪い、気付かなかったよ。それで、30分も早い理由は何なんだ?」


「ああ、今日は早い方が良いと思ったんだ。西城駅に着いたら分かるよ」


 陽一郎が何を言ってるのか分からなかったが、既に家を出ていたので2人で学校に向かう。


「そうだ、寛人。昨日はどうだった? 相澤さんの家に行ったんだろ?」


「行ったよ。久しぶりに遥香ちゃんのお母さんにも会えた。土曜日の夜、遥香ちゃんと母さんが会う予定になってる」


 陽一郎は全てを知っているので隠す必要はない。

 あと、この事も伝えておく必要がある。


「遥香ちゃんが家に来る事だけど、陽一郎の母さんにも言うなよ」


「俺の母さん? 言う予定はないけど、どうしたんだ?」


「遥香ちゃんが幼馴染だと母さんに言ってないんだ。その日は遥香ちゃんのお母さんも来る予定で『驚かせたいから内緒にして欲しい』って頼まれたんだ。だから、俺も透さんにしか言ってない」


 俺達の母さんは野球部の父母会で繋がっていて、中学の時からの付き合いもある。

 どこから話が伝わってしまうか分からないからな。


「そういう事か。誰にも言わないから安心してくれ」


 よし。これで陽一郎は大丈夫。


「西川さんにも言っといてくれよ? 遥香ちゃんが話してると思うけど、陽一郎からも頼むよ」


 西川さんと陽一郎の母親は仲が良い。

 うっかり話してしまう事もありそうだ。


「分かった。言っておくよ」


「助かるよ。陽一郎も昨日は西川さんと食事に行ったんだろ? 何を食べたんだ?」


 陽一郎達も昨日は学園祭が終わってから一緒だった。


 しかし陽一郎は何かを考えている。


「どうしたんだ?」


「あれ? 俺は……昨日、何を食べたんだろ? 寛人は何か知らないか?」


 俺は何も知らない。

 知らないから聞いてるのに、陽一郎から聞かれるとは思わなかった。


「陽一郎……何も覚えてないのか?」


「食事をしたのは覚えてる。でも、何を食べたのか分からないんだ」


 陽一郎は何を食べさせられたんだろう?


 やっぱり魔……


 いや……危ない。止めておこう。

 この前も名前を言いかけたら現れたんだ。


 俺は周囲を確認した。


「急にキョロキョロしてどうしたんだ?」


「何でもない。召喚されてないか気になっただけだ」


 言葉にしなければ大丈夫みたいだ。


「召喚? 寛人って異世界モノとか好きだったか?」


「特に好きでもないし、読んだ事もないぞ」


 陽一郎は何も気付いていない。

 だから、何も言わないし何も聞かない。

 ……この方が良いんだ。



 西城駅に着くと、早く家を出た理由が分かった。


「あの人が吉住くんだよね!」


「聞いてたより早くない?」


「もう少し遅い時間だって聞いてたもんね」


 他校の生徒だと思うけど、駅前には女の子達が居た。

 見た事がない制服だから近隣の学校ではないと思う。


 話かけては来ないけど、スマホを向けて写真を撮ろうとしている人も居る。


「寛人、走るぞ」


 そう言って陽一郎は走り出したので俺も走った。


「陽一郎、あれは何だったんだ?」


「昨日のコンテストだよ。殿堂入りしただろ? 2年前の殿堂入りの時も駅前に他校の生徒が集まったらしい。昨日、西川さんに聞いて知ったんだ。だから早く家を出た」


 陽一郎は食事以外は覚えていたのか?

 それよりも……


「そうなのか? それじゃあ遥香ちゃんも……」


 俺は遥香ちゃんが心配だった。


「それは大丈夫だ。もう西川さんと学校に着いたって連絡があった」


 西川さんが遥香ちゃんを守ったのか?

 ……魔王なんて思って悪かったよ。


「そうだったのか……言ってくれたら良かったのに……」


 それなら遥香ちゃんと早目に家を出て、俺が学校まで送ったのに。


「言ったら寛人は相澤さんを学校まで送るだろ? 殿堂入りの2人が一緒に居たら更に騒ぎになるぞ」


「そんなに殿堂入りって危ないのか……」


 ……こんな事なら話を断れば良かった。


「すぐに収まるらしいぞ。2年前は誰も姿を見れなかったから騒ぎが長かったらしいけど、今回は見られてるから収まるのは早いって言ってたよ」


 これも西川さんの情報らしい。

 ……予知能力まで備えてるのか。


 西川さんを敵には回さないと心に決めた。


「そうか、ありがとう。陽一郎は……まあ、頑張ってくれ……」


 せめて、陽一郎の記憶操作だけは止めてあげて欲しい。


 ──そう願うしかなかった。



 俺達は学校に到着し教室に向かう。

 学校でも見らていたけど、駅前みたいな状態ではなかったので安心した。


 教室には学級委員の高橋さんしか居ない。


「おはよう。2人共、今日は早いのね」


「おはよう。今日は早く家を出たんだ。高橋さんも早くない?」


 時計を見ると8時にもなっていなかった。

 教室には俺達3人しか居ない。


「私はいつもこの時間には来てるわよ。あなた達が早く来たのって……昨日の事ね?」


「えっ? 高橋さんも知ってるの?」


 高橋さんも学園祭に来ていたのか?

 何も聞いていなかったから少し驚いた。


「ネットで見たのよ」


 そう言いながらスマホを見せてくる。

 学園祭情報の掲示板にも掲載されていたらしい。


「何だこれ……」


 遥香ちゃんの写真はなかったので安心したけど、俺の写真は誰かが載せたみたいだ。

 写真といっても甲子園特集のリンクが貼られている。


「という事だ。寛人、落ち着くまで諦めろ」


「そうだな……」


 もう諦めるしかなかった。

 甲子園から帰ってきた時も少し騒ぎになったけど、今回は野球に興味がない人にまで顔と名前が知られたらしい。


 周りが飽きるのを待つしかないか……


 しばらくすると、教室にクラスメイト達が入ってきた。


「おはよー! あっ! 吉住くん! 見たわよー!」


 この元気な声は谷村さんだった。

 続いて安藤と真田も教室に入ってくる。


「おっす! 殿堂入りを見たぞー!」


「おはよう。相変わらず目立ってるね」


 周りよりも先に、クラスメイト達が飽きるのを待とうと思いながら、担任の鈴木先生が来るのを待った。



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コメント返信遅れててゴメンナサイ…

当分バタバタしてそうです。

新作を書く時間もなくて、1週間で5話とかの更新になるかも(*´・ω・)

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