第138話 寛人の帰宅後

 side:遥香



「それでね、綾ちゃんがね──」


 今日は凄く楽しい1日で、今までで一番嬉しい誕生日。

 だって、寛人くんが居るんだもん。


 お母さんは寛人くんに会えて泣いちゃったけど、その後は大変だった。

 お母さんとお婆ちゃんが面白がって寛人くんを困らせていたから。


 私も昔の事を思い出して、寛人くんに甘えちゃったけど……


 そして今、寛人くんは私の部屋に居る。


 昔の事を話していると思うんだ。

 ……吉住くんが寛人くんなんだと。


 子供の頃の話、会えなかった7年間の話、そして相澤遥香として出会ってからの話。

 どれだけ話しても話し足りないよ。


 その話し足りない事を話していると、寛人くんが部屋の壁を見てたんだ。


「寛人くん、どうしたの?」


 私が聞いたら寛人くんは言いにくそうにして答えてきた。


「遥香ちゃん、ごめん……そろそろ家に帰らないと……」


 見てたのは壁に掛かっている時計だった。

 時間の針は21時30分を指している。


「明日は学校もあるからさ……」


 やっぱり言いにくそうにしていた。

 もっと寛人くんと一緒に居たいのに……


「寛人くん、それなら泊まっ……」


 私は何を言おうとしていたんだろう。

 ふと、昔の事を思い出していた。



「遥香ちゃん、僕はそろそろお家に帰るね。もう夜になっちゃったよ」


「やだ! まだ寛人くんと一緒に居るんだもん! 今日はお泊まりしようよー」


 寛人くんが困った顔をしている。

 私は一緒に居たいのにだけなのに……


「じゃあ、お母さんに泊まってもいいか聞いてくるね。遥香ちゃんも聞いてきて? 僕達のお母さんが『いいよ』って言ってくれたらお泊まりするから」


 そして、寛人くんは私の隣にお布団を敷いてお泊まりしたんだ。


 私が寛人くんのお家にお泊まりに行ったりして、お泊まりゴッコを何回もしたよね。



「遥香ちゃん、どうしたの?」


「ううん、何でもないよ。遅いから気を付けて帰ってね」


 今日は一緒に居たいって言いたい。

 だけど、そんな事は言えないよ。


「もう子供じゃないから大丈夫だよ。でも気を付けて帰るから」


 そう、私達は子供じゃなくなったんだ。

 会えなかった7年がなければ、私達はどうなっていたんだろう……

 昔と変わらずお泊まりしていたのかな……


「うん。寝る前に電話してもいい?」


 これが今の私の精一杯だよ。


「分かったよ。少し遅くなるけど、電話するから」


 お母さんとお婆ちゃんと一緒に、玄関で寛人くんを見送った。


 寛人くんが家に帰っちゃった。

 でも、これからはいつでも会えるよね。


 私は部屋に戻り、今日までの事を思い出していた。



 甲子園の特集記事を見た時に、吉住くんの目が寛人くんの目に見えたんだ。

 誕生日を聞いた時に全てが繋がって、寛人くんだと気付いた。


 その後は、どうやって寛人くんに伝えるか悩んでいて、留学先で3人で食事をしている時だったよね。


「今年から学園祭の開催日が早くなったらしいよ」


「えっ? そうなの? 何日になったの?」


 そんな話を2人がしていた。


「10月1日から3日間って聞いたよ」


「私達が帰国した翌日じゃん……それじゃあ私達は演奏に出れないの?」


「そうなるね……課題曲の全体練習には参加できないから……」


 私は去年の約束を思い出していた。

 演奏を聞いてくれるって約束を……


 でも、その時にある考えが浮かんだ。


「あのね、聞いて欲しいんだけど、いいかな? 私達3人で曲を合わせて演奏って無理かな?」


 2人はこの時の私に驚いただろうな。

 今考えても突拍子もない事だもん。


「そっか! それだよ! 遥香!」


「うん! やりたい! でも曲はどうするの? 私達3人しか居ないよ?」


 2人は私の意見に賛成してくれたんだ。


 曲は留学中の課題曲になった。

 全員が同じ曲を練習していたから曲はすぐに決まったけど、音合わせが大変だった。

 時間は自由時間の時しかなかったから、夜に音合わせをして、それは帰国前日まで続いたんだ。


 大きな障害は帰国してからもあった。


「駄目だ。プログラムは決まっているし、そもそも3人でなんて無理だろ?」


 先生から演奏の許可が出なかったんだ。


「先生、どうしても演奏したいんです。それに、留学先でも学園祭で演奏する為に3人で練習もしたんです。どうしても私の演奏を聞いて欲しい人が居るんです。だから……1曲でも良いのでお願いします……」


 演奏したい気持ちを伝えるしかなかった。


「……練習してたのか? 分かった。それなら一度聞いてから判断するから、今から部室で用意しててくれ」


 そして、演奏を聞いて許可がされたんだ。


 プログラムの大幅な変更は難しいので2曲だけになったけど、これで寛人くんの前で演奏する事ができる。


 学園祭で演奏する日は2日後で「音合わせがまだ足りないね」って話になり、この日と翌日は夜まで3人で練習する事になった。


 寛人くんから「少しでも会いたい」って言われたけど、断るしかなかったんだ。

 本当は私も会いたかったもん……



 でも、2日後に会えた。

 2ヶ月ぶりに寛人くんに会えたんだ。


「えっと……久しぶり……だな?」


「う、うん。そうだね……」


 吉住くんとしてではなく、寛人くんとして見るから緊張する。

 寛人くんも緊張していたから同じだね。


「久しぶりに会えたのに黙ってしまったな」


「ふふふ、そうだね。やっと会えたのにね」


 やっと寛人くんに会えたよ……

 大好きな寛人くんに会えたんだ。


 すぐにでも私は遥香だよって言いたい。

 でも、伝えるのはもう少し待っててね。


 寛人くんと話していると奥村くんが寛人くんの所に来たんだ。

 2人は何か話していて、奥村くんは叫びながら走って行って居なくなった。


 奥村くんってタコ焼きの人に似ていて、少し変わった人だと思う。


 その後は、私と寛人くんだけになった。

 皆はバラバラで遊びに行ったから。

 私は案内をして欲しいって言われて、お腹が空いてないか気になったんだ。


「うん、軽く食べたいな。あっ! あそこに屋台があるから行ってみない?」


「そうだね。何の屋台かな?」


 行ってみるとタコ焼きの屋台だった。


「俺達ってタコ焼きが多くないか? 何回も一緒に食べた気がする」


「そうだよねー。吉住くんは嫌だった?」


 頭の中では"寛人くん"って呼んでるのに"吉住くん"って呼ぶのは変な感じだね。


「嫌じゃないよ。俺は相澤さんと一緒なら何でも楽しいし嬉しいよ」


 私も一緒に居れて嬉しいよ。


 何回も一緒に食べたけど、今日もタコ焼きを買って2人で分けて食べた。


「美味しいねー」


「うん。琢磨のタコ焼きに負けないな」


「あの面白い人だよね。さっきも変なポーズをしてたよね」


 あの人は会った時から変な顔をしていて、周りを笑わせていたんだ。


「何か色々と考えてるみたいだよ。彼女を作るって意気込んでたからね」


「……彼女……か」


 寛人くんから好きだと言われて、私も寛人くんが大好きで両想いになれた。


 私は吉住くんが寛人くんだと気付いているけど、寛人くんはまだ知らないと思う。


 大好きな吉住くんが寛人くんだった。


 それしか考えてなかったけど、私は寛人くんの彼女になれたのかな?


 それとも、まだ幼馴染のままなの?


 考えても分からない。

 演奏が終わったら全部分かるかな?


「相澤さん……あのさ……俺と……」


 寛人くんの顔を見て分かっちゃった。

 私が"彼女"って考えた同じ事を思っているんだ。

 本当は凄く聞きたいんだよ?

 だけど、もう少し待って欲しい……


「あの……ちょっと待ってくれるかな?」


 寛人くん違うの……

 本当は聞きたいんだよ?


 そんな顔をさせたい訳じゃないのに……


「違うの! 聞きたくないんじゃないの! えっとね……私も話したい事があるの……だけど、少し待ってくれる? 吉住くんが嫌って事じゃないから……私は……私は……吉住くんが……」


 泣いちゃって寛人くんが困ってるのに、涙が止まらないよ。


「分かったよ。何か理由があるんでしょ? だから今は言わないし聞かないよ。でも、後で聞いて欲しい事があるんだ」


 寛人くんは全てを受け止めてくれた。

 でも、これだけは言っておきたい。


「私は吉住くんが大好きだよ」


 私は寛人くんが……大好きなんだよ……

 

「俺も相澤さんが大好きだ」


 今は、これが私の精一杯だから。

 だけど、演奏が終わったら昔みたいに「遥香ちゃん大好き」って言ってくれる?


 私が泣き止んでから時計を見ると、管弦楽部の演奏の時間が近付いていたので焦った。


 まだ演奏の事を言えてなかったから。


「午後から管弦楽部の演奏があるんだ? 相澤さんは行かなくて大丈夫なの?」


 パンフレットを見ていた寛人くんが気付いてくれたんだ。


「私は一緒に練習してないから出れないんだよ。良かったら聞きに行ってみない?」


 行かないって言われたらどうしよう。

 私が演奏しないのに行ってくれるのかな?

 不安を出さずに自然に誘えたかな?


「オーケストラか……聞いてみたいな。行ってみようか」


「うん! 体育館はあっちだよ」


 聞きたいって言ってくれて嬉しかった。

 こうして私達は体育館に向かったんだ。

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