第138話 寛人の帰宅後
side:遥香
「それでね、綾ちゃんがね──」
今日は凄く楽しい1日で、今までで一番嬉しい誕生日。
だって、寛人くんが居るんだもん。
お母さんは寛人くんに会えて泣いちゃったけど、その後は大変だった。
お母さんとお婆ちゃんが面白がって寛人くんを困らせていたから。
私も昔の事を思い出して、寛人くんに甘えちゃったけど……
そして今、寛人くんは私の部屋に居る。
昔の事を話していると思うんだ。
……吉住くんが寛人くんなんだと。
子供の頃の話、会えなかった7年間の話、そして相澤遥香として出会ってからの話。
どれだけ話しても話し足りないよ。
その話し足りない事を話していると、寛人くんが部屋の壁を見てたんだ。
「寛人くん、どうしたの?」
私が聞いたら寛人くんは言いにくそうにして答えてきた。
「遥香ちゃん、ごめん……そろそろ家に帰らないと……」
見てたのは壁に掛かっている時計だった。
時間の針は21時30分を指している。
「明日は学校もあるからさ……」
やっぱり言いにくそうにしていた。
もっと寛人くんと一緒に居たいのに……
「寛人くん、それなら泊まっ……」
私は何を言おうとしていたんだろう。
ふと、昔の事を思い出していた。
◇
「遥香ちゃん、僕はそろそろお家に帰るね。もう夜になっちゃったよ」
「やだ! まだ寛人くんと一緒に居るんだもん! 今日はお泊まりしようよー」
寛人くんが困った顔をしている。
私は一緒に居たいのにだけなのに……
「じゃあ、お母さんに泊まってもいいか聞いてくるね。遥香ちゃんも聞いてきて? 僕達のお母さんが『いいよ』って言ってくれたらお泊まりするから」
そして、寛人くんは私の隣にお布団を敷いてお泊まりしたんだ。
私が寛人くんのお家にお泊まりに行ったりして、お泊まりゴッコを何回もしたよね。
◇
「遥香ちゃん、どうしたの?」
「ううん、何でもないよ。遅いから気を付けて帰ってね」
今日は一緒に居たいって言いたい。
だけど、そんな事は言えないよ。
「もう子供じゃないから大丈夫だよ。でも気を付けて帰るから」
そう、私達は子供じゃなくなったんだ。
会えなかった7年がなければ、私達はどうなっていたんだろう……
昔と変わらずお泊まりしていたのかな……
「うん。寝る前に電話してもいい?」
これが今の私の精一杯だよ。
「分かったよ。少し遅くなるけど、電話するから」
お母さんとお婆ちゃんと一緒に、玄関で寛人くんを見送った。
寛人くんが家に帰っちゃった。
でも、これからはいつでも会えるよね。
私は部屋に戻り、今日までの事を思い出していた。
◇
甲子園の特集記事を見た時に、吉住くんの目が寛人くんの目に見えたんだ。
誕生日を聞いた時に全てが繋がって、寛人くんだと気付いた。
その後は、どうやって寛人くんに伝えるか悩んでいて、留学先で3人で食事をしている時だったよね。
「今年から学園祭の開催日が早くなったらしいよ」
「えっ? そうなの? 何日になったの?」
そんな話を2人がしていた。
「10月1日から3日間って聞いたよ」
「私達が帰国した翌日じゃん……それじゃあ私達は演奏に出れないの?」
「そうなるね……課題曲の全体練習には参加できないから……」
私は去年の約束を思い出していた。
演奏を聞いてくれるって約束を……
でも、その時にある考えが浮かんだ。
「あのね、聞いて欲しいんだけど、いいかな? 私達3人で曲を合わせて演奏って無理かな?」
2人はこの時の私に驚いただろうな。
今考えても突拍子もない事だもん。
「そっか! それだよ! 遥香!」
「うん! やりたい! でも曲はどうするの? 私達3人しか居ないよ?」
2人は私の意見に賛成してくれたんだ。
曲は留学中の課題曲になった。
全員が同じ曲を練習していたから曲はすぐに決まったけど、音合わせが大変だった。
時間は自由時間の時しかなかったから、夜に音合わせをして、それは帰国前日まで続いたんだ。
大きな障害は帰国してからもあった。
「駄目だ。プログラムは決まっているし、そもそも3人でなんて無理だろ?」
先生から演奏の許可が出なかったんだ。
「先生、どうしても演奏したいんです。それに、留学先でも学園祭で演奏する為に3人で練習もしたんです。どうしても私の演奏を聞いて欲しい人が居るんです。だから……1曲でも良いのでお願いします……」
演奏したい気持ちを伝えるしかなかった。
「……練習してたのか? 分かった。それなら一度聞いてから判断するから、今から部室で用意しててくれ」
そして、演奏を聞いて許可がされたんだ。
プログラムの大幅な変更は難しいので2曲だけになったけど、これで寛人くんの前で演奏する事ができる。
学園祭で演奏する日は2日後で「音合わせがまだ足りないね」って話になり、この日と翌日は夜まで3人で練習する事になった。
寛人くんから「少しでも会いたい」って言われたけど、断るしかなかったんだ。
本当は私も会いたかったもん……
でも、2日後に会えた。
2ヶ月ぶりに寛人くんに会えたんだ。
「えっと……久しぶり……だな?」
「う、うん。そうだね……」
吉住くんとしてではなく、寛人くんとして見るから緊張する。
寛人くんも緊張していたから同じだね。
「久しぶりに会えたのに黙ってしまったな」
「ふふふ、そうだね。やっと会えたのにね」
やっと寛人くんに会えたよ……
大好きな寛人くんに会えたんだ。
すぐにでも私は遥香だよって言いたい。
でも、伝えるのはもう少し待っててね。
寛人くんと話していると奥村くんが寛人くんの所に来たんだ。
2人は何か話していて、奥村くんは叫びながら走って行って居なくなった。
奥村くんってタコ焼きの人に似ていて、少し変わった人だと思う。
その後は、私と寛人くんだけになった。
皆はバラバラで遊びに行ったから。
私は案内をして欲しいって言われて、お腹が空いてないか気になったんだ。
「うん、軽く食べたいな。あっ! あそこに屋台があるから行ってみない?」
「そうだね。何の屋台かな?」
行ってみるとタコ焼きの屋台だった。
「俺達ってタコ焼きが多くないか? 何回も一緒に食べた気がする」
「そうだよねー。吉住くんは嫌だった?」
頭の中では"寛人くん"って呼んでるのに"吉住くん"って呼ぶのは変な感じだね。
「嫌じゃないよ。俺は相澤さんと一緒なら何でも楽しいし嬉しいよ」
私も一緒に居れて嬉しいよ。
何回も一緒に食べたけど、今日もタコ焼きを買って2人で分けて食べた。
「美味しいねー」
「うん。琢磨のタコ焼きに負けないな」
「あの面白い人だよね。さっきも変なポーズをしてたよね」
あの人は会った時から変な顔をしていて、周りを笑わせていたんだ。
「何か色々と考えてるみたいだよ。彼女を作るって意気込んでたからね」
「……彼女……か」
寛人くんから好きだと言われて、私も寛人くんが大好きで両想いになれた。
私は吉住くんが寛人くんだと気付いているけど、寛人くんはまだ知らないと思う。
大好きな吉住くんが寛人くんだった。
それしか考えてなかったけど、私は寛人くんの彼女になれたのかな?
それとも、まだ幼馴染のままなの?
考えても分からない。
演奏が終わったら全部分かるかな?
「相澤さん……あのさ……俺と……」
寛人くんの顔を見て分かっちゃった。
私が"彼女"って考えた同じ事を思っているんだ。
本当は凄く聞きたいんだよ?
だけど、もう少し待って欲しい……
「あの……ちょっと待ってくれるかな?」
寛人くん違うの……
本当は聞きたいんだよ?
そんな顔をさせたい訳じゃないのに……
「違うの! 聞きたくないんじゃないの! えっとね……私も話したい事があるの……だけど、少し待ってくれる? 吉住くんが嫌って事じゃないから……私は……私は……吉住くんが……」
泣いちゃって寛人くんが困ってるのに、涙が止まらないよ。
「分かったよ。何か理由があるんでしょ? だから今は言わないし聞かないよ。でも、後で聞いて欲しい事があるんだ」
寛人くんは全てを受け止めてくれた。
でも、これだけは言っておきたい。
「私は吉住くんが大好きだよ」
私は寛人くんが……大好きなんだよ……
「俺も相澤さんが大好きだ」
今は、これが私の精一杯だから。
だけど、演奏が終わったら昔みたいに「遥香ちゃん大好き」って言ってくれる?
私が泣き止んでから時計を見ると、管弦楽部の演奏の時間が近付いていたので焦った。
まだ演奏の事を言えてなかったから。
「午後から管弦楽部の演奏があるんだ? 相澤さんは行かなくて大丈夫なの?」
パンフレットを見ていた寛人くんが気付いてくれたんだ。
「私は一緒に練習してないから出れないんだよ。良かったら聞きに行ってみない?」
行かないって言われたらどうしよう。
私が演奏しないのに行ってくれるのかな?
不安を出さずに自然に誘えたかな?
「オーケストラか……聞いてみたいな。行ってみようか」
「うん! 体育館はあっちだよ」
聞きたいって言ってくれて嬉しかった。
こうして私達は体育館に向かったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます