第137話 遥香ちゃんの部屋
「寛人くん……お父さんにそっくりになったわね……」
まだ遥香ちゃんのお母さんは泣いていたけど、徐々に落ち着きを取り戻していた。
遥香ちゃんも少し泣いていて、お婆さんは驚いた顔をしている。
「遥香から吉住くんの名前を聞いていたけど、まさか寛人くんだったとは思わなかったわよ。遥香……何でもっと早く教えてくれなかったの?」
お母さんからの言葉に遥香ちゃんが困っていたので俺が代わりに答えた。
「俺も今日知ったんです。相澤さんが遥香ちゃんだったと……」
遥香ちゃんも頷いていたので納得してくれたみたいだ。
「そうなのね……でも、遥香……寛人くんに会えて良かったね……ずっと会いたいって言ってたもんね……」
「うん……」
小さく返事をした遥香ちゃんは、お母さんに抱きついて泣いていて、その姿は昔と変わっていなかった。
2人が落ち着いてから、引っ越した後の出来事を話し合ったんだ。
「それじゃあ……1年後に遥香ちゃんも引っ越して、その場所が西城市だったの?」
「そうだよ。引っ越す時に寛人くんのお母さんに連絡先を伝えたってお母さんが言ってたよ。それで、中学入学の頃に手紙を送ったけど寛人くんには届かなくて……」
知っていれば1年後には会えてたのか……
「そうか……でも、あの頃の母さんには俺も聞けなかったから……」
それに中学になった頃は再婚で引っ越していて、母さんも引っ越し先を伝えようとしたけど連絡が取れなかったんだ。
「それで、寛人くん……真理さんは今……」
遥香ちゃんのお母さんが母さんの事を遠慮しながら聞いてきた。
「もう母さんは大丈夫です。あの頃は大変でしたけど、今は昔の話もできますよ。遥香ちゃんにも会いたがってますよ」
遥香ちゃんを見ると懐かしいというか、嬉しいというか、色々な感情が込められた表情をしている。
「うん。私も早く会いにいきたいな」
母さんがバイオリンを教えていたのもあって、遥香ちゃんは母さんも大好きだった。
「そうだな。早く予定を決めるよ。俺も遥香ちゃんが家に来るのは嬉しいから」
そう言って遥香ちゃんの頭を撫でて、遥香ちゃんも笑顔を見せてくれている。
昔の話をしたからか、遥香ちゃんに会えたんだと改めて実感した。
少しの間、俺達は見つめ合っていた。
すると、今まで沈黙を貫いていたお婆さんから爆弾が落とされたんだ。
「見つめ合って遥香ちゃんの頭を撫でてるけど、吉住くん……積極的になったんだね……それで、アンタ達はもう付き合ってるのかい?」
本当にいきなり投下された一言だ。
2人の前でやってしまった俺も悪い。
しかし、思い出してしまったんだ。
──付き合って欲しいって言ってない。
俺達には不要だと思っていたけど、言った方が良いのか?
実際に俺達の関係って何だろう?
幼馴染? 恋人? それ以上?
「えっ? いや……」
どの関係になるのか分からなくて、ハッキリと答えられなかった。
「違うのかい? そう見えるけど」
お婆さんの一言だ。
「私も寛人くんなら安心なんだけど、違ったの?」
遥香ちゃんのお母さんの一言が続く。
そして遥香ちゃんも……
「えっ? 違うの……? だって……空港で好きだって言ってくれたのに……」
もの凄く悲しそうな表情で俺を見ている。
遥香ちゃんの言葉でお母さんの目が光った様に見えた。
「遥香。空港でって何の話? お母さんは聞いてないよ」
「うん。あのね……」
遥香ちゃんのお母さんが聞き出そうとするのは分かる。
俺の母さんも似たような人だから。
でも、遥香ちゃん……
どうして全部説明してるんだ?
俺が空港で叫んだ事まで話してるし、お婆さんまで目をキラキラとさせている。
「お母さんは安心したわよ。寛人くんが遥香を好きになってくれて良かったわ。昔は結婚するって言ってたもんね」
「吉住くん、遥香ちゃんを幸せにしておくれよ。心配はしてないけどね」
遥香ちゃんのお母さんに続いて、お婆さんまで笑いだしている。
付き合う話だったのに、知らない間に結婚の話になってるんだけど……
「寛人くん……ずっと一緒って言ってくれたよね? 昔もお嫁さんにしてくれるって言ってたのに……違うの?」
遥香ちゃんが泣きそうな顔になっていた。
「ち、違う事はない! 俺は遥香ちゃんとずっと一緒だ! もう離れたくない! だから嫌だと言っても離さないから!」
俺はもう開き直る事にした。
遥香ちゃんには伝えると決めていたんだ。
「うん。私も離れないよ」
遥香ちゃんが俺の胸に飛び込んで来たので優しく抱きしめた。
「遥香が積極的になれてお母さんは嬉しいよ……」
「そうだねえ……」
もう母親と祖母が居るけど気にしない。
だけど、この後は2人のオモチャにされて大変だった。
◇
「疲れたな……」
「そうだね……」
結局、遥香ちゃんが食事を作る事はできなかった。
2人に遊ばれてから誕生日会になり、その後にまた遊ばれたんだ。
さっき解放されて、遥香ちゃんの部屋に入った。
部屋は机とベッドに本棚があり、中央には小さなテーブルがある。
机の上には俺達の写真が飾ってあり、それを見ていた。
「クリスマス花火の時に撮った写真だよ」
「知ってる。俺のスマホの待ち受けにもなってるから」
そう言ってスマホの画面を見せた。
そして1件のメッセージに気付き、確認すると美咲さんだった。
『女の子の学校が分かったわよ。東光大学附属に通っていて、今は相澤遥香さんって名前になってるよ』
そのメッセージを遥香ちゃんに見せた。
「そっか、寛人くんも今日が私に気付く日だったんだね……」
「そうだな……」
美咲さんにメッセージを送り、遥香ちゃんに今日会えた事を伝える。
そして気になっていた事を聞いたんだ。
「遥香ちゃんは俺にいつ気付いたの?」
「甲子園の特集記事だよ。それまでも気になっていたけど、記事を見て気付いたの……投げてる時の目は、寛人くんがピアノを弾いていた時の目だって……去年の学園祭でピアノを弾いていたのも寛人くんでしょ? あの時……私が部室に居たのは寛人くんを探してたからだよ」
そう言って遥香ちゃんが泣いていた。
あの時は部室で俺を探していたのか。
弾いていたのは俺だと言っていれば……
「だけどね、あの時弾いてくれたから全部が繋がったんだよ……」
「そうか。遥香ちゃん、ありがとう」
本当にその言葉しか浮かばない。
遥香ちゃんに手を伸ばして頭を撫でた。
もう一度写真を見て本棚に目を移すと、ピアノを弾いた後に渡した誕生日プレゼントが見える。
「まだ持っていてくれたんだな」
誕生日プレゼントの横に、子供の頃にあげた水色のヘアバンドがあったんだ。
「ずっと持ってるよ。私の宝物だもん」
俺の宝物は遥香ちゃんだよ。
「でも、前に部屋の前まで連れて来てくれた時、寛人くんに部屋に入ってもらったら良かったね。そうしたら寛人くんは私に気付いてくれたのかも……」
「それってオーケストラの時?」
「うん。あの時……机の写真を見られたくなかったから部屋の中は断ったの……その頃には寛人くんが好きだったから」
あの時は部屋の中は拒否されたんだ。
「そのせいかな、おんぶしてくれて寝てる時に夢を見たの。寛人くんが私を好きって言ってくれた夢……嬉しい夢だった……」
俺の顔が熱くなっていた。
寝てると思っていたのに聞かれてたのか。
「いや、夢じゃ……ないと思う」
遥香ちゃんが驚いた表情をしている。
「あの時、確かに好きだと言ったよ。起きてる時に言いたかったけど怖かったんだ」
「あれって……本当だったんだ……」
今度は嬉しそうな表情をしていて可愛い。
「あのね、寛人くんっていつから……私を……」
急にモジモジし始めて、やっぱり可愛い。
「学園祭の頃には好きだったと思う。だけど、西川さんから昔から好きな人が居るって聞いていたから考えない様にしていた。でも、今思えば……それって俺の事だよな?」
俺は自分に嫉妬してたのか……
「ふふふ。そうだね、寛人くんの事だよ。私もその頃には寛人くんが好きだったよ。あっ! そっか……あのオーケストラのチケットって……」
「ああ、母さんから貰ったんだ。あの時は思い出のオーケストラを相澤さんと聞きたいって思ってた。だけど遥香ちゃん本人だったな……またチケットは貰うから一緒に行こうよ」
今度こそ遥香ちゃんに聞きに行きたい。
「うん、行きたい。約束だよ」
「ああ、約束だな」
この後も遥香ちゃんと思い出話を続けた。
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明日は更新できないかも…(*´・ω・)
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