第130話 王子様・お姫様コンテスト

 遥香ちゃんと学園祭の会場を歩いていると違和感を感じた。


「ねえ、寛人くん。私達見られてる?」


 遥香ちゃんも感じたみたいだ。

 体育館や外でも注目されていたから、そのせいかもしれない。


「うん、見られてるな。体育館の事や、走ってた時の事だと思うよ」


「体育館は分かるけど、走ってた時はどうして?」


 遥香ちゃんは気が動転していたから覚えていないのかな?


「俺の手を掴んで走ってたでしょ? 他の人から見たら手を繋いで走ってる様に見えたと思うよ」


「あっ! そういえば……」


 やっぱり覚えていなかったのか。

 遥香ちゃんの顔が赤くなってきている。


「寛人くん、ごめんね……私のせいで……」


「謝らなくていいよ。俺達の噂が本当だったと学校の人に思われただけだから」


「……私達の噂?」


「ほら、俺達が付き合ってるって思われてた……」


「そんな噂があったね……」


 遥香ちゃんの顔が赤いままだ。

 学園祭に来るまでは好きだと言ったけど、付き合って欲しいと言っていない事を気にしていた。


 恋人になったら何が変わるのか分からなかったし、何をすれば良いのかもわからなかった。


 だけど、俺と遥香ちゃんには必要なかったのかもしれない。


「まあ、噂を気にしても仕方がないし、俺達は俺達のペースで前に進めば良い。これからはずっと一緒なんだから」


「うん、ずっと一緒だもんね」


 昔は一緒に居るのが当たり前だった。

 だから、これから先も……


「それじゃあ、学園祭を楽しもうか? 遥香ちゃんは回りたい所はある?」


「うーん。ちょっと待ってね」


 遥香ちゃんは俺の持つパンフレットを覗き込んでいる。


「今から食べちゃうと、夜に食べれないもんね。でも、寛人くんはお腹大丈夫? さっきはタコ焼きを半分しか食べてないし」


「少し空いてるけど、夜のケーキを楽しみにしておくよ」


「うん、ケーキの他にも色々と用意してると思うよ」


 パンフレットを見ても食べ物系が多いので、行きたい所がなかった。

 結局、順番に見て回る事にしたんだ。



 しばらく歩いていると中庭が騒がしいのに気付き、そこには人が集まっていた。


「遥香ちゃん。中庭で何かやってるのかな? 人が凄く集まってない?」


「何をやってるんだろうね? 私達も見に行ってみない?」


「順番に回っていたし、行ってみようか」


 見ていると人の出入りが多く、出てくる人達は楽しそうな表情をしている。

 その人達とすれ違う時も見られていたけど、俺達は気にしなかった。



 俺は中庭に着くと変なモノを見て、来た事を後悔したんだ。

 だけど遥香ちゃんは面白かったらしい。


「寛人くん、あの写真ってタコ焼きの人だよね? やっぱり変なポーズをしていて面白いねー」


 中庭はミスコンと男の部の投票会場みたいで、出場者の写真とコメントが出てる。

 正式名称は『王子様・お姫様コンテスト』らしい。


「そうだな。朝から石像のポーズを練習していたよ。それにしても本当に男は少なかったんだな。琢磨と奥村が出てくれて助かったよ」


「助かったって、どうして?」


 遥香ちゃんは何も知らないのかな?

 俺は陽一郎から聞いた事を説明した。


「えっ? それじゃあ、寛人くんも出るかもしれなかったの?」


「俺は出ないって断ったよ。でも、西川さんが陽一郎と俺の2人を数に入れようとしてたんだ」 


「そうなの? もう、綾ちゃん……」


 遥香ちゃんは少し怒っていたけど、俺と陽一郎に被害はなかったんだ。

 救世主の2人に助けられたからな。


「琢磨と奥村が出てくれたから俺達は助かったんだ。2人の写真を見に行ってみようよ」


 近くまで行くと琢磨の写真がよく見える。

 やっぱり変な顔をして奇妙なポーズをしている。

 それにコメントが一番意味が分からない。



 "山田さーん!"って書いてあるんだ。



「寛人くん、このコメントって優衣ちゃんの事かな?」


「その山田さんだと思う。変わった奴だからな。とりあえず琢磨に投票してくるよ。遥香ちゃんはどうする?」


「投票はしないけど私も一緒に行くよ」


 投票用紙は王子様用・お姫様用の2種類があり、中には出場者の名前が書いてある。

 投票する人に○を付けて投票箱に入れるみたいだ。


 琢磨に投票するので王子様用の用紙を手に取ってみると、やっぱり名前の数が少ない。

 男は8人しか出場していなかった。

 その一方、お姫様は20人も出場していたんだ。


 俺は琢磨に○を付けて投票した。

 これで琢磨が0票という結果にはならないだろう。


 他の出場者の写真を見ると、奥村の姿も見える。

 コメントには"清き一票を!"って書いていて、人差し指を立てた写真は選挙ポスターに見えた。


 あの人差し指は"一票"の意味なのか?

 やっぱり奥村も変な奴なんだな。


 投票を終えたので外に出ようとすると、奇妙なポーズをしていた人物の声が聞こえた。


「あー! 寛人やんけ! 俺に投票しに来てくれたんか?」


「ああ、投票してきたよ。琢磨に○をしたからな」


 琢磨の他には翔と翼、後は和也が居た。


「これで6票は入ったで! まだまだ票を増やすんやー!」


 琢磨は投票を促したいのか、自分の写真の前で石像のポーズを取っている。

 周囲から人が居なくなったから効果はなさそうだ。


「和也、6票って誰なんだ?」


「ここに居る俺達と陽一郎だよ。これで6人だろ? それで寛人、今年も相澤さんと一緒なんだな」


 和也は幼馴染の話って言ってたかな?

 人が多いので説明は今度にしよう。


「ああ、相澤さんと一緒だよ。留学の日に気持ちを伝えたんだよ」


「それって……決勝戦の翌日か? 甲子園出場を決めて彼女もなのか? 羨ましい奴だ。まあ、来年のセンバツと夏は俺達が貰うけどな」


「甲子園は西城が行くんだぞ? 和也も西城に来れば良かったのに」


 和也は西城を選ばずに東光へ進学した。

 県内では東光が甲子園に一番近い高校だったので、その選択は間違っていない。

 和也は甲子園に行きたがっていたから。


 身内以外は西城進学に反対していて、5人だけで甲子園は無理だと言われていた。


「俺も少ない人数で甲子園に行けると思ってなかったからな。でも、東光に進学して後悔はないよ。設備は充実してるし、選手層も厚い。西城は投手に苦労してるんだろ?」


 やっぱり他の高校にはバレていたか。

 甲子園に行ったから、今まで以上に他校から調べられていると思っていた。


「そうだよ、投手に苦労してるよ。俺がもう1人居ればって思うよ」


「勘弁してくれ。寛人が2人も居たら無敵になってしまう。甲子園でも優勝を狙えるレベルになるぞ?」


 無敵って、それは言いすぎだ。

 決勝戦でも奥村には特大のファールを打たれていたし、ヒットも打球が上がらなかっただけだ。


「俺からすると奥村も凄いと思うぞ? それに和也も抑えるのは大変なんだからな」


「奥村か……アイツも化物みたいな奴だな。ちょっと変な奴だけど。そうだな……琢磨とは仲良くなれそうかも」


 やっぱり奥村は変な奴だった。

 まだ琢磨は奇妙なポーズをしている。


「そろそろ琢磨を迎えに行ってくるよ。それじゃあ寛人、相澤さんと仲良くしろよ」


「ああ、言われなくても相澤さんとは仲良くするよ。また冬になったら皆で集まろう」



 和也達が琢磨の所へ歩いていった。

 次に会うのは年末だろうな。


「それじゃあ俺達も行こうか?」


 俺は遥香ちゃんに声をかけた。

 そういえば、さっきから遥香ちゃんは無言なんだ……


「……えっと、遥香ちゃん?」


「私──だもん……」


 遥香ちゃんは怒ってる感じに見える。

 何が不満だったんだろう。


 頬をプクーっと膨らませていて、怒っていて怖いというより可愛いんだ。


「遥香ちゃん、どうしたの?」


「私は遥香だもん……」


 もしかして、和也と話している時に遥香ちゃんの事を相澤さんって言ったからか?


 えっ? 相澤さんとして一緒に居た時と性格が変わりすぎてない?


 これって、遥香ちゃん……昔に戻ってる?


「えっと、遥香ちゃん? もしかして、名字で呼んだから怒ってるの?」


「あっ……ごめんなさい。怒ってないよ。なんか昔を思い出しちゃってたの。だって、寛人くんは『佐藤さん』って呼んだ事がなかったでしょ? 今まで『相澤さん』って呼ばれてて何とも思わなかったのに、何でだろうね……何か変な感じがするよ……」


 言いたい事は何となく分かった。

 さっき幼馴染に戻れたばかりだから仕方がないと思う。


「言いたい事は分かるよ。まだ幼馴染に戻れたばかりだからな」


「そうだね。もう気にしない様にするね」


 会えなかった時間は戻って来ない。

 たけど、それ以上の時間が先にはある。


「それじゃあ俺達も出ようか?」


「うん。次は校舎の中を見てみようよ」



 俺達は投票会場から離れようとした。


 ──その時。


「あー! やっと見付けた! 相澤さんと、西城の吉住くん!」


 知らない女の子に呼び止められたんだ。

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