第113話 圧巻の投球
今日は調子が良い、球も走っている。
流れが西城に来てるんだ、初回だけは力でねじ伏せる。
この回は12球を投げて、三者三振でベンチに戻った。
「陽一郎、これで良かったか? 連続三振は出来過ぎだと思うけどな」
「ナイスピッチング! 初回は攻守共に文句なしだ! 次の回からは打たせて行くぞ。寛人には7回は投げて欲しい」
80球以内で7回を投げるのか。
かなり厳しい要求だと思う。
でも、陽一郎の言いたい事も分かる。木村さん、早川さんの顔が平常心に戻っていないんだ。
甲子園は俺1人では戦えない。
先輩2人の力が必要になるから、楽な展開で甲子園の初マウンドを経験して欲しい。
「分かったよ。それにしても初回はストレートのサインばかりだったな」
「相手はスピードに対応できてなかっただろ? 2回以降は打たせるんだ、少しでも『打てない』って思わせて早打ちさせたいんだよ。それにストレートも走ってたからな。投げてて気持ち良かっただろ?」
「ああ、甲子園は投げやすい。ずっと投げていたいよ」
バックネットまで遠いので少し不安を感じていたけど、甲子園のマウンドは本当に投げやすい。
そのせいか、ストレートは150㎞台しか計測していなかった。
2回の守備は陽一郎の思惑通りに試合が進んでいった。
2回以降の配球は変化球を中心に変わる。
ストレートも140㎞中盤まで球威を落とし、打者の打てそうなコースに投げると、初球から手を出してくれる事が増えた。
そのおかげで4回を投げて、使った球数は38球と少ない。
これなら7回までは大丈夫だろう。
しかし、西城にも追加点は入っていない。
2回以降は相手エースも立ち直り、粘りの投球を見せていた。
そして5回表の攻撃を迎える。
ベンチに戻り、陽一郎に気になった事を話した。
「陽一郎、追加点が入らないな。相手ベンチも盛り上がってる気がするし、スタンドの反応も悪くなってないか?」
「スタンドの反応は寛人の投球かもな」
「俺か? 抑えてるだろ? 俺の何が悪いんだよ」
「何も悪くないぞ。ただ、初回は150㎞を連発して盛り上がっただろ? 2回からは一気に球威が落ちたんだ。俺は球威を落としてるって知ってるけど、寛人を見に来た観客は面白くないかもしれない。言い難いけど、ほら? 記事に出てたスタミナ不足って思われてるんじゃないか?」
観客は俺の球速を見に来てるのか?
打たせて取るのも立派な投球技術だと教えてやりたい。
「それじゃあ、もしかして相手ベンチの盛り上がりも……俺の投球のせいなのか?」
「そうだと思うぞ。2回以降は三振を取っていないから、打てると思っているかもしれん」
「どうする? 三振を狙うか? まだ球数は38球だから余裕はあるぞ」
「いや……この回だけは打たせていこう」
5回表も無得点に終わりマウンドに立った。相手は6番バッターからだ。
6番バッターは初球を詰まりながらもライト前に運ぶ。
このヒットで、俺が打たれた安打は3本目になる。
ノーアウトでの出塁が初めてなので、相手ベンチは大盛り上がりだ。
7番バッターは2球目を送りバントでランナーは2塁に進む。
この試合で初めて得点圏にランナーを置いてしまった。
8番バッターも初球から打ってきて、セカンドゴロで2アウトになるが、ランナーは3塁まで進む。
9番バッターの所で代打がコールされた。
9番ってエースだったよな?
まだ5回だぞ? もう交代させるんだ。
5回2アウトで、ここまで42球だ。
陽一郎、もう全力で投げるぞ?
西城高校はタイムを取っていないので、俺は陽一郎に視線を向けた。
陽一郎なら俺が何を言いたいのか分かってくれるだろう。
陽一郎も何も言わないが頷いていた。
代打のバッターが右の打席に入る。
このバッターは「打力はあるけど、守備が下手だから控えになっている」とミーティングで聞いていた。
相手は本気で1点を取るつもりみたいだ。
相手の応援も一段と大きくなっている。
その一方で、西城のスタンドからは「吉住! 大丈夫かー!」って叫んでる声も聞こえてきた。
俺は陽一郎のサインに頷き初球を投げた。
選んだ球種は内角へのスライダーだ。
右打席のバッターにボールが向かい、バッターは仰け反るが、ボールは鋭く曲がり陽一郎のミットに収まった。
主審の手が上がり、ストライクのコールが響く。
バッターも相手ベンチも驚いた顔をしている。
本気でスタミナ切れだと思ってたのか?
今のスライダーは先程までとは違う。
本気で投げているから、変化球のスピードとキレが違うし、コントロールも打たせるコースには投げていない。
続く2球目を投げる。
2球目も内角へのスライダーだった。
初球でバッターの腰が引けていたので同じボールを選択したんだ。
初球と同じく見逃しで2ストライク。
陽一郎から3球目のサインが出る。
遊び球を使わないみたいだ。
俺はサインに頷きボールを投けた。
ボールは陽一郎の構えた外角低めに収まった。
ストライクのコールが響き3アウトになる。バッターはバットを振らないまま三振に終わった。
これで西城スタンドも安心するだろう。
ベンチに戻ろうとすると、球場全体から大歓声が鳴り響いた。
陽一郎を見るとスコアボードを指差している。振り返ると「152㎞」の表示が見えた。
「俺の言った通りだろ? 寛人の投球が目当ての観客だって」
陽一郎が俺の隣で言ってくる。
「スタンドの歓声の事か? この歓声を聞いたら納得したよ。でも、良い場面で三振が取れたな」
「そうだな。点を取るためにエースを降板させたのに、0点で終わったのは痛いと思うよ」
5回を投げて45球か、上出来だな。
6回の攻撃は陽一郎からか……頼んだぞ。
交代した控え投手が投球練習を終えて、陽一郎がバッターボックスに入る。
陽一郎はストレートのフォアボールで出塁した。
相手投手は制球が定まらず、木村さんや早川さんと同じく顔色が悪い。
4番の健太が打席に入り、その初球……
投手は投げた瞬間に「あっ!」と驚いた顔をしている。
そして健太がバットを振り、ボールはレフトスタンドへ一直線に飛んでいった。
そのスイングは素振りをしている様に、綺麗な打撃フォームに見えた。
陽一郎がホームを踏み、健太も続いた。
「健太! 甲子園初ホームランだな!」
「追加点が取れました! ど真ん中の棒球だったから驚きましたよ! 完全な失投でしたね!」
それでも普通はホームランは打てないぞ。
健太は4番とはいえ1年生なんだ。
奥村と比較されがちで、健太は力が足らないと言っているけど、4番として仕事をしていると思うよ。
これで試合は6対0になった。
「木村さん、早川さん、ブルペンで肩を作ってきてください」
「ああ! 1年が活躍してるのに3年が負ける訳にはいかないからな!」
「準備してくるよ!」
健太の活躍が刺激になったみたいで、2人の顔色も良くなっていた。
点差もあるし、気楽に投げて欲しい。
そして試合は9回裏の2アウトまできた。
マウンドには早川さんが上がっている。
木村さんは8回から登板し、無失点で1回を投げ終えた。
早川さんが陽一郎のサインに頷き投げた。
バッターが打って、打球が左中間に飛んでいる。
普通なら抜けるかもしれないけど、琢磨の守備範囲だ。
琢磨がボールを掴み、試合が終わる。
西城高校の甲子園初戦は6対0だった。
俺の投球内容は7回を投げて、被安打3、奪三振10、四死球0、無失点だ。
10個の三振は出来が良すぎたと思う。
6回、7回のアウトは全て三振だった。
そして俺達は甲子園の2回戦に駒を進めた。
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