第114話 遥香の気持ち①
side:遥香
「遥香! 今日も応援頑張ろうね!」
「そうだね。だけど、今日は大きな声で応援できないよ?」
今日は甲子園予選の決勝戦。
私と綾ちゃんは西城高校の応援スタンドには座れない。
「応援できないって、どうして?」
「私達は東光のスタンドに座るんだよ? 周りは東光の応援しか居ないんだよ?」
「大丈夫。田辺くんの応援だからね! その田辺くんが西城に居るってだけだから!」
大きい声で応援する綾ちゃんが羨ましいと思っている。
私は綾ちゃんみたいに大きい声は出せないから、吉住くんの試合中は祈ってるだけだもん。
そして決勝戦が始まった。
「こっちに座ると西城ベンチが丸見えだね! 田辺くんが良く見える!」
「そうだね。吉住くんと田辺くんが話してるね。何を話してるのかな?」
本当は西城側のスタンドに座りたい。
でも、東光側に座ると西城ベンチが良く見えるから、こっちも良いなって思ってしまう。
どっちに座っても吉住くんを応援するのは変わらないからね。
「あっ、吉住くんがベンチから出た……」
「投球練習じゃないの?」
私は少し不安に思っていた。
今日は決勝戦なのに吉住くんが投げていないから。
この前から感じていたんだ……吉住くんは何か隠してる。
怪我してなければ良いんだけど……
そして試合は奥村くんがホームランを打った。
東光スタンドは凄く盛り上がっている。
その後も東光の攻撃が続き、吉住くんの名前がアナウンスで呼ばれたんだ。
吉住くんが投げたら球場全体から驚きの声が響いていた。
「吉住くんのボールって速いね」
やっぱり吉住くんの投げるボールって速いな。
素人の私が見ても他の人とは違うって分かるもん。
「遥香、速いなんてもんじゃないよ……球場全体が驚いてるんだよ? 高校生で150㎞だよ? 本当に凄いよ……」
私は野球を勉強してルールを覚えた。
吉住くんのボールが速いのも知っている。
だけど、そこまで凄い事だとは思ってもいなかった。
西城が同点に追い付き試合は進んでいく。
試合中に気付いたけど、この場所だと吉住くんの投げてる顔も良く見えるんだ。
普段の優しい顔とは違う、真剣な目をしている。
私はあの目に見覚えがあるんだけど、何処で見たのか思い出せない……
試合は同点のまま9回になった。
「田辺くんの打席だ! 田辺くーん! 頑張ってー!」
隣では綾ちゃんが叫んでいる。
東光の人も綾ちゃんが田辺くんの応援をしている事を気にしていなかった。
そう思っていると田辺くんが打ったんだ。
グラウンドが静かになっている。
そして西城スタンドから大歓声が聞こえてきた。
田辺くんがホームランを打ったんだ。
綾ちゃんは叫んでいなかった。
何で応援してないんだろう?
田辺くんが打ったんだよ?
静かになっている綾ちゃんを見たら泣いていたんだ。
「綾ちゃん……」
「田辺くん……打って良かった……」
「うん……そうだね。良かったね」
綾ちゃんは本当に田辺くんが大好きだ。
グラウンドを一周している田辺くんも泣いている様に見える。
そしてベンチに戻って吉住くんと抱き合っていた。
吉住くんも泣いてる……そうだ、これで吉住くんが9回を抑えたら優勝するんだ。
「遥香、西城の応援を頑張ろうね。優勝する所を一緒に見ようね」
綾ちゃんがコッソリと言ってきた。
「うん。一緒に応援しようね」
吉住くんは調子が良いみたい。
8回も全部三振にしていたからね。
だけど、9回裏は様子が違った。
森下くんに投げた時にボールがネットまで飛んでいった。
球場全体が騒がしくなっている。
田辺くんがマウンドに行こうとしていたけど吉住くんが止めていた。
やっぱり怪我を隠してた……
まだ治ってなかったんだ……
吉住くんはストライクが入らず、フォアボールで2人ランナーを出した。
3番の人はアウトになって奥村くんが打席に入る。
両チームの応援がぶつかり合っていた。
そして奥村くんが打って大歓声が上がったけどファールだった。
西城がタイムを取ってマウンドで何かを話している。「吉住交代か?」って声も聞こえてきて私の不安が強くなった。
吉住くんが続投で試合が再開された。
だけど、吉住くんの様子が変だよ。
顔色が悪いのが私にも分かるもん。
私は吉住くんの足が心配で投げて欲しくない気持ちと、優勝して欲しい気持ちが頭の中で一杯になっている。
だけど投げるなら勝って欲しい。
頑張っていたのを見てたから。
私は祈る事しかできなかった。
吉住くんが投げる時に目が合った気がした。
私を見てる? 気のせい?
ううん、やっぱり目が合ってる……
その時、吉住くんが少し笑ったんだ。
でも、すぐに真剣な表情に戻って奥村くんに投げた。
奥村くんが三振して吉住くんの優勝が決まった。
最後は凄いボールだったよ。
私は綾ちゃんと一緒に泣きながらグラウンドを見ている。
その時に、吉住くんが倒れた……
「吉住くん……」
私はグラウンドに行こう席を立ったら綾ちゃんに止められた。
吉住くんがベンチに戻ったら居なくなっていた。
閉会式にも居なかったんだ。
メッセージを送ったけど返信は来ない。
私は心配で仕方なかった。
綾ちゃんも田辺くんに連絡しているけど、田辺くんとも連絡が取れないみたい。
甲子園が決まったから、祝勝会で今日は忙しいかもしれないって言ってた。
私は少し冷静になると、試合の後に会う約束をしていた事を思い出したんだ。
今日、私の気持ちを伝えるんだった。
でも足の事を優先して欲しい。
だから今日は無理だよね……
明日の朝には留学先に出発するから手紙で伝える事にした。
綾ちゃんには出発前に手紙を渡す事になって、私は吉住くんからの連絡を待った。
私はスマホを待ったまま寝てしまっていて、起きたら吉住くんからメッセージが入っていた。
『ごめん、さっき病院から帰ったよ。スマホを球場に置いたままだったから連絡が遅くなった。夜だけど少しでも会えないかな? 家の前まで行くから』
どうして私は寝てしまったんだろう。
吉住くんに出発前に会いたかった。
だけど朝になってしまったし、今から空港に向かう。
私は綾ちゃんに手紙を渡して空港に向かった。
空港で一緒に留学に行く部員達と合流して、出発の手続きが終わった時だった。
「あの人って、遥香の彼氏じゃない?」
「うん、西城の吉住くんだよね?」
えっ? 吉住くん?
そう思っていると私を呼ぶ後が聞こえてきた。
「相澤さん!」
吉住くんが来てくれたんだ。
でも、どうして空港まで来てくれたんだろう? 手紙を読んだのかな?
「どうして空港に? もしかして……手紙を……読んだ?」
「手紙?」
「ううん! 知らないならいいの!」
手紙じゃなかった。
だけど、吉住くんが見送りに来てくれたので嬉しかった。
だって会いたかったから……
その後は2人でベンチに移動して話した。
さっきも走っていたし、足は大丈夫だったみたいで安心したよ。
でも、やっぱり足の事は隠してたみたい。
「でも、足の事を疑ってたよね? 他の人は全く気付いてなかったんだよ? なんで分かったの?」
私だけじゃなくて全員に隠してたんだ。
私が気付いた理由が知りたいの?
そんなの決まってるよ……
「見てたから……」
「見てたから?」
「うん。ずっと吉住くんを見てたから」
好きだから……
吉住くんが好きだから見てたんだよ。
私の理由はそれしかないよ。
吉住くんと目が合っている。
どれくらいの時間か分からない。
吉住くんも真剣な表情をしている。
今なら「好きだから見てたんだよ」って言えるかもしれない。
言おうと決心したら、先に言葉を出したのは吉住くんだった。
「相澤さん、俺は──」
「遥香! 時間だよ!」
吉住くんの声と私を呼ぶ声、2人の声が重なっていた。
出発の時間になってしまった。
結局、私の気持ちは言えなかった。
吉住くんは何を言おうとしたんだろう?
私と同じ事だったら嬉しいのに……
「吉住くん、行ってくるね。それと……帰って来ても会ってくれる?」
「うん、会うよ。留学先で頑張ってね」
違うよ、そんな意味じゃないよ。
手紙を読んで、私の気持ちを知っても会ってくれる?
そう言いたいけど、それも言えなかった。
吉住くんに「行ってきます」と言って別れてから留学する人達と合流し、ゲートを通り過ぎた。
「遥香は良いねー。彼氏の見送りって羨ましいなー」
「吉住くんは昨日、甲子園も決めたもんね。私もあんな彼氏が欲しいなー」
私は返事ができなかった。
だって吉住くんとは友達だし、好きなのは私だけだもん。
吉住くんは手紙を見て私の気持ちを知ると思う。
帰ったら会ってくれないかもしれない。
──そう思っている時だった。
「相澤さん! 好きだ! 俺は相澤さんが好きなんだ! 帰りを待ってる!」
──吉住くんの大声が聞こえたんだ。
私はその声に立ち止まってしまった。
今、吉住くんは何て言ったの?
私を好きって……?
私を好きだと言ってくれたよね?
聞き間違いじゃないよね?
私の視界がどんどん滲んできている。
振り替えったらゲートの前に吉住くんが居て真剣な表情をしている。
昨日の決勝戦で見た表情と一緒で、凄く真剣な目をしているね。
やっぱり聞き間違いじゃなかったんだ。
吉住くんも私と同じ気持ちだったんだ。
また前が見えなくなってきたよ。
でも、これだけは言わないといけない。
「──私も吉住くんが大好きだよ!」
私も大声で伝えたよ。
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