第111話 逃げられない陽一郎

「明日の出発が楽しみだな」


「ああ、早く甲子園のマウンドに立ってみたいよ。キャッチャーの陽一郎は大変だろう? バックネットまでの距離が遠いから守備範囲が広くなるし、ボールを後ろに逸らせたら確実に進塁されるからな」


「そうだな、県代表として恥ずかしくないプレーをするよ。寛人のピッチングにも期待してるぞ。大会No.1投手さん」


「それは止めろって……」


 決勝戦の翌日に新聞や雑誌の取材を受けて、それが記事になった。

 発売された甲子園特集を読んだら驚いたんだ。

 俺が『今大会No.1投手』『プロ注目』『大会最速右腕』とか色々と書かれていたから。


「どちらにしても、西城が勝ち進むには寛人の活躍が必要なんだ。それに、海外の相澤さんにも良い所を見せるんだろ?」


「相澤さんに良い所を見せたいのはあるけど、野球は俺1人では勝てないよ。陽一郎や皆の活躍がないと無理だ。それに、陽一郎も西川さんに良い所を見せるんだろ?」


「ああ、そうだな……どうして、こうなったんだろうな……」


 陽一郎は遠い目をしている。


 あれには俺も驚いたし、あの時の陽一郎の顔は傑作だった。



 あれは3日前の出来事だった。

 俺達の親も野球部の父母会で学校に来ていたんだ。

 母さんも学校に来ていて、甲子園の応援についての話だと聞いている。

 父母会が終わり、全員が俺達の練習を見学していた。


 練習の途中で帰った人も居たけど、俺と陽一郎の母親は最後まで残っていたから4人で帰る事になったんだ。


「このまま4人で食事をして帰らない?」


「あら、良いわね。寛人と陽一郎くんも大丈夫?」


「俺は大丈夫だよ」


「俺も大丈夫です」


 俺と陽一郎、そして母親2人と食事をしてから帰る事になったんだ。

 親と一緒に食事をするのが嫌ではない。

 中学の時から何回もあったから慣れているし、一緒のテーブルで食べるけど、親は親同士で話をしているから俺達も好きに楽しんでいる。



 そして、俺達が正門を出た時だった。


「田辺くーん! 待ってたよー!」


「えっ? 西川さん? 何してんの?」


 甲子園特集が掲載されてから、俺と陽一郎を目当てに正門で待ち伏せされる事が増えた。

 その対策で、俺達は人が居なくなってから帰る事にしている。

 今日も正門前に人が居ないのは確認していたけど、西川さんが陽一郎を待っていたみたいだ。


「あら? 陽一郎、その女の子は知り合いなの?」


「ああ、この子は──」


「田辺くんのお母さんですか? 初めまして、西川綾です。田辺くんと仲良くさせて頂いてます」


 西川さんは笑顔で挨拶をしていて、陽一郎の母親も嬉しそうにしている。


「陽一郎、可愛らしいお嬢さんじゃない。アンタにこんな子が居たんだ。西川さん、陽一郎を宜しくね。そうだ! これから食事に行くんだけど、西川さんも一緒にどうかな?」


「はい! 行きます!」


「陽一郎も良いわよね?」


「……ああ」


 陽一郎の母親は有無も言わさない感じだし、陽一郎は呆然としている。

 西川さんの行動力って凄いよな……


「田辺くんのお母さん、これから宜しくお願いします」


 陽一郎、西川さんが『これから宜しく』って言ってるけど、何も言わなくていいのか?


「おい、陽一郎……」


「……ああ」


 陽一郎は返事をしているけど遠くを見たまま帰って来ない。


 そして5人で食事に行き、西川さんと陽一郎の母親は意気投合し、帰りに連絡先まで交換していた事には驚いたのを覚えている。


 食事中の陽一郎は、母親と西川さんに囲まれ大変そうにしていた。

 時折、俺に助けを求める視線を向けていたけど救出は不可能だったんだ。



 ──そんな事があり、陽一郎は色々と思い出したみたいで呆然としている。


「陽一郎の母親が西川さんを気に入ったみたいだったな」


「ああ、家でも母さんが『あんな娘が欲しい』って言い出してな……」


「そ、そうか……まあ陽一郎も嫌いじゃないんだろ?」


「ああ、西川さんは良い子だし、嫌じゃないよ……だけどな……」


 陽一郎が言葉に詰まっている。

『だけど』……その続きは何なんだ……


「『だけど』……どうした?」


 陽一郎が何かを思い出しながら言葉にする。


「昨日、家に帰ったら居たんだよ……」


「な、なにがだ……?」


「西川さんが家に居たんだ……」


「そ、そうか……」


「ああ……母さんが呼んでたみたいでな……甲子園の応援も、宿泊する部屋も母さんと一緒らしい……」


 もう、俺は返事ができなかった。

 西川さんからグループチャットで「甲子園に応援に行く!」って連絡は入っていた。


 だけど、これは陽一郎の母親の仕業だったらしい。

 父母会で身内の応援人数を申請するんだけど、陽一郎の母親は西川さんも身内として一緒に申請していた。


 山田さんは実家のレストランのバイトで応援に来れないので、西川さんは女の子1人で宿泊になる。

 それは危ないと思った陽一郎の母親は、西川さんの親にも連絡をして、その時に西川さんの親とも仲良くなったと陽一郎が語った。


 そして、説明をしていた陽一郎は遠くを見て呟いている。


「俺、もう逃げれないんだろうな……」


「そ、そうかもしれんな……」


 陽一郎……面白がって悪かったよ。

 強く生きてくれ……俺は味方だからな。

 助ける事はできないけど……



 そして翌日になり、俺達は学校に集合した。


 正門から校舎を見ると『祝 西城高校 甲子園初出場』と大きな垂れ幕が見える。


 生徒や両親達、地域の人達から激励を受けながら甲子園へと出発した。


 甲子園には新幹線で向かう。


 座席は陽一郎の隣に座って、前の席には翔と翼が座っている。

 俺達の後ろでは琢磨が叫んでいて、隣に座る健太から叱られていた。


「「寛人! 陽一郎! これ見てよ! 僕達が載ってるよ!」」


 前に座る翔と翼が、座席越しに雑誌を広げて見せてくる。


「えっと、西城高校、投手力A 攻撃力B 守備力Aって書いてるな」


「その下を見てよ。僕達の事が書いてるんだ」


「良く見てよー」


 下の方を見ると、西城高校の二遊間は鉄壁の守備力って書いている。


「良かったな。甲子園でも2人には期待してるからな」


「「任せてよ!」」


 良い記事だけど投手欄に「エース吉住は大会No.1の評価だけど、スタミナに課題」と書かれている。

 俺はスタミナはあると言いたい。

 決勝戦の9回は足がつった事になってるから、スタミナ切れと思われたんだろう。


「陽一郎、俺はスタミナがないらしいぞ」


「まあ、我慢してくれ。閉会式にも居なかったから誤魔化すのが大変だったんだ」


「分かってるよ。足の事が全国の高校にバレてないから良かったよ」


 攻撃力の所にも、陽一郎、健太、翼がランナーを返すのが必勝パターンと書かれていて、3人の前の琢磨と翔も塁に出すと厄介とも書かれていた。


 そう……やっと琢磨の名前があったんだ。

 それに『坂本の走塁にも注目』ともある。


 琢磨には今は黙っていよう。

 新幹線の中で今よりも騒いで欲しくないからな。


 こんな感じで新幹線での道程を楽しんだ。

 


 そして、俺達は宿舎に到着した。



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とうとう、毎回更新が途切れちゃったよ…

昨日は投稿できずゴメンナサイ(*T^T)

忙しくて次も明後日になるかも…

3日後には落ち着きます。

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