第107話 西城 VS 東光大学附属③

「琢磨! ナイスラン!」


「よっしゃー! これで同点や!」


 西城側のスタンドからも大歓声が鳴り響いている。


「健太もナイスバッティングだ!」


「そうやで! 健太! 最高や!」


 健太も俺達を見てガッツポーズをしていた。

 

 本当に良く打ってくれた。

 この回を含めて残り4イニングを必ず抑える。

 その間に俺達が1点取れば優勝だ!


 俺と琢磨がベンチに戻ると大盛り上がりだった。


 健太の後はヒットが出ず、同点で西城の攻撃が終わる。


「東光ベンチも騒がしくなってきたな」


「そうだな。投手交代するのかな?」


 東光ブルペンでは投手2人が準備を始めていた。


「相手投手に慣れてきたから交代して欲しくないな」


「そうだな。俺が抑えるから勝ち越しを期待してるよ」



 そして、同点に追い付いた6回裏のマウンドに向かう。


 この回から東光の様子が変わった。

 球威を落として打たせるボールを投げているのに、追い込まれるまでバットを振らなくなったんだ。


 俺の状態を疑われているのかもしれない。

 球威も落としてるし、登板してから守備のカバーにも入っていないんだ。

 東光ベンチには気付かれるのは時間の問題だと思っていた。


 先頭バッターに粘られてヒットを打たれ、次の7番は送りバンドで1アウト。

 8番、9番からは三振を取れたけど簡単に終わらせてくれなかった。


 俺は陽一郎とベンチに戻る。


「東光にバレたな」


「そうだな、思ったより早かった」


 対策は何もない。

 これまでと同じ作戦だ。


 逆転して最後まで投げて抑えるか、俺が壊れるのが先なのか……

 投げれなくなったら負ける。

 俺が降板する事はできない。


「投手交代か? エースより球が速いな」


 マウンドでは投手が交代して投球練習をしていた。


「準決勝では投げてなかったけど、予選は全てリリーフで登板してたよ」


「あのレベルで控えなのか? やっぱり東光は層が厚いな」


「あの投手はリリーフエースだよ。リリーフでの成績が抜群なんだ」


 7回表は交代した投手からヒットが打てず、3人で攻撃が終わって守備についた。



 7回裏、1番の和也が左打席に入る。


 この回も追い込まれるまでバットを振ってこない。

 和也に投じた5球目にセーフティバントをしてきた。

 2ストライクからなので俺達の反応が遅れた。

 ボールは三塁線に転がり出塁される。


 俺も走らされてしまった。

 あの位置に転がされて、走らない選択肢はない。


 2番バッターはバントだろうと思ってたけど、追い込まれるまで何もしてこなかった。


 そして、和也と同じく2ストライクから送りバントを決められる。

 1アウト、ランナー2塁になった。


 攻撃が徹底してるな……

 2人連続で2ストライクからバントするとは思わなかった。


 3番バッターも同じだろうな。


 俺は初球を投げ、バッターは絶好球だと思ったのか打ってくれた。

 打球がセカンドに転がり2アウト。


 和也が三塁に進み、4番の奥村が打席に入った。


 陽一郎のサインは『敬遠』だった。

 守備に入る前、ベンチで話したんだ。


「陽一郎、この回はランナーが出たら奥村に回るな」


「その時は歩かせよう」


「敬遠するのか?」


「そうだ。ただ、分かりやすい敬遠はしない。味方にも逃げたと思われて士気を下げたくない。寛人は俺の構えた所に投げてくれ、ボール1個分を外した所に構えるから」


「分かった」


 個人的には奥村と勝負したい。

 だけど、勝負だけなら練習試合でも可能なんだ。


 俺はサインに頷き、陽一郎のミットに投げ込んだ。


 奥村は選球眼が良いのか、作戦なのかバットを振らずストレートのフォアボールで出塁する。


 2アウト、1・3塁か。

 次は5番だ、俺は全力で投げるぞ。


 150㎞こそ出なかったが5番バッターから三振を奪い、7回裏の守備を終えた。


「この回は寛人からだな」


「ああ、行ってくるよ」


 8回表は9番からの攻撃だ。

 琢磨や翔に打順が回る、ここで1点を取りたい。


 俺はバッターボックス入り、初球はストレートだった。


 速いな……


 俺が驚いていると、マウンドの投手が得意そうな顔をしている。


 やっぱり速球に自信があるのか?

 球速は145㎞と表示されている。

 俺は出塁できず三振に終わった。


「球が速かったよ」


「何を言ってるんだ? 寛人の方が速いだろ?」


「俺はバッターボックスで自分の球が見れないからな。145㎞って速かった」


「高校生で145㎞以上のボールを投げる人は少ないからな」


 ベンチから声援を送っていたが、琢磨と翔も三振になり、この回の西城高校の攻撃は三者三振だった。


「東光ベンチは盛り上がってるな」


「三者三振だからな。このままだと流れが東光に行きそうだ……寛人、この回は三振を狙ってくれ」


「俺もそのつもりだ」



 8回裏のマウンドに向かう。

 東光の攻撃は6番からだ。


 1人目のバッターが打席に入り、初球を投げた。

 球速は146㎞と表示されている。

 バッターを追い込み、最後のボールを投げて三振に取った。


 2人目も追い込み、選択した決め球のスライダーを投げる。

 変化球のキレは落ちていない。

 バッターのバットが空を切り三振。


 3人目の8番バッターが打席に入る。

 このバッターって粘るのが上手かったよな……

 長打力こそないが、変化球にも対応されて粘られた。

 陽一郎からストレートのサインが出て、俺はミットに投げ込んだ。

 バッターは空振りし三振に終わる。


 前の回からだと四者連続三振だ


 俺はチームを鼓舞する為に、マウンドで今一度、大声を上げる。


 ただ、この8回裏で俺の球数は85球になった。


 東光大学附属との決勝戦は最終回を迎える。


 ここで点が取れないと負ける。

 9回は3番の陽一郎からだ。


「陽一郎! 絶対に出塁してくれ!」


「ああ……」


 延長戦になれば負けるのを陽一郎も分かっている。


 陽一郎は打席で大声を上げて気合いを入れていた。

 俺と同じく陽一郎がグラウンドで叫ぶのは珍しいんだ。


 頼むから打ってくれ……


 そう思っていたけど陽一郎は2球で追い込まれている。

 3球目はボールで2ストライク1ボール。


 そして4球目……


 陽一郎のバットがボールを捉えた。


 打球はセンターに飛んだ。


 センターが落下地点へ一直線に走る。


 そして、その足が止まった。

 

 センターは追うのを諦めたんだ。


 まだ打球が飛んでいる。


 俺達が祈り込めて見送った打球は、バックスクリーンに飛び込んだ。


 球場全体が静まりかえっている。

 しかし、すぐさま大歓声が鳴り響いた。


 陽一郎がダイヤモンドを一周してホームを踏んでベンチに戻ってくる。


 欲しかった1点、待望の1点が入った!

 決勝戦の9回表、この試合で初めて勝ち越しに成功する。

 


「寛人! 打ったぞ! 1点だ!」


「ああ……良く打ってくれた……」


「寛人、泣くなよ……試合中だぞ……」


「陽一郎、お前もだよ……」


 俺達は抱き合って喜んだ。

 陽一郎、お前は最高の相棒だよ。

 これで最終回を抑えたら勝てるんだ。


「足は大丈夫なのか? 85球だろ?」


「大丈夫だ。まだまだ投げれるよ」


 本当は不安もある。

 球威を落としていたけど、東光が相手だから全力投球も予定より多かった。

 だけど、80球を越えても何もないんだ、最後まで大丈夫だろう。



 そして、最終回のマウンドに登る。



 この回は9番からだ。

 最初のバッターが打席に入り、俺は2球で追い込み3球目を投げた。


 遊び球は使わない。


 バッターは空振りし、これで5連続三振になった。


 1アウトで和也が打席に入る。


 和也も2球で追い込めた。

 ここも遊び球は使いたくない。

 陽一郎のサインも3球勝負だ。


 俺はサインに頷き、全力でストレートを投げ込む。


 ボールは陽一郎のミットに収まる……

 事はなかった。


 俺の投げたボールは、陽一郎の頭上を越えてバックネットに突き刺さったんだ。


 陽一郎がマウンドに来ようとしている。


「陽一郎! 来なくていい!」


 俺の所に来ても何も変わらないんだ。

 投げる瞬間に足に力が入らなかった。

 この状態でボールを制御するしかない。


 和也にはストライクが入らず、フォアボールで出塁させてしまった。


 2番バッターにもフォアボールを与えてしまうが、2ストライクまで追い込んでいた。


 制球力は無いけど、ストライクゾーンを狙う事はできそうだ。


 3番バッターもフルカウントまで追い込み、6球目のストレートを投げた。

 甘く入ったけど空振りで三振になり、2アウトになる。


 あとアウト1つだ。

 球速表示は147㎞か……コントロールできないから球威でねじ伏せるだけだ。


 そして4番の奥村が打席に入った。


 奥村は初球を見逃して1ストライク。

 偶然だけど良いコースに決まってくれた。


 俺は奥村に2球目のストレートを投げた。


 その瞬間「あっ!」と声が出てしまう。

 

 ど真中のストレートになってしまい、奥村が捉えて打球がレフトへ飛んだ。

 ボールはポールの左に切れてファールになった。


 助かった……

 ど真中だから奥村も驚いたんだろう。


 陽一郎が監督にタイムを促しマウンドに走ってきた。


「寛人、足の症状が出てるんだろう? 和也の時からか? 琢磨と交代しよう」


「交代はしない。準備もしていない琢磨には酷だよ」


「それなら奥村は敬遠しよう」


「いや、勝負だよ……勝負しかないんだ」


 ランナーが1・2塁だからヒットなら満塁で済むかもしれない。

 敬遠して満塁だとヒットでも同点、最悪サヨナラ負けだ。

 同点でも延長戦になれば負けてしまう。


 それに足の痺れが酷くなっているんだ。

 次の打者には投げれないかもしれない。


「分かった。コントロールできないんだろ? 球威で圧倒してくれ。寛人に任せたよ」


 内野手が守備に戻り試合が再開した。


 俺は全力でストレートを投げ込む。

 奥村がバットを振り、バックネットへのファールになる。

 150㎞と球速表示がされた。

 続く4球目も150㎞を計測しファール。


 立っているのも辛くなってきたな……

 次のボールが最後になるかもしれない。


 この1球だけでも狙った所に投げたい。

 奥村の得意な外角低目……その逆だ。

 内角高目にストレートを投げるしかない。


 セットポジションについた。

 俺の体は三塁の東光側に向いている。

 応援スタンドに座る相澤さんと視線が合った。

「決勝戦は西城のスタンドに座れないけど、私は吉住くんを応援してるからね」

 そう言っていた相澤さんは祈るような仕草をしている。


 相澤さん、俺は絶対に抑える。

 優勝する所を見てて欲しい。


 俺は最後の力を込めてボールを投げた。


 奥村がバットを振り、今日一番のストレートが内角高目へと向かう。


 よし! 狙い通りのコースだ!


 そして、奥村のバットの上をボールが通過して陽一郎のミットに収まった。


 勝った……勝てたんだ……


 ふと、東光側のスタンドに視線を向けると、相澤さんの泣いてる顔が見えたんだ。

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