第105話 西城 VS 東光大学附属①

 決勝戦が始まった。

 西城高校が先攻で、東光大学附属が後攻だ。


 東光のピッチャーは準決勝で温存していたエースがマウンドに上がっていた。

 先頭バッターの琢磨が打席に入る。


 琢磨は三振に終ったけど、10球まで粘ってくれた。

 続く2番の翔と3番の陽一郎もアウトになったけど、初回は球数を投げさせる事ができたので上出来だ。


「初回で25球か、球数を使わせたな」


「そうだな。早目に疲れさせて点を取りたいな」


 あとは、4回を最小失点で押さえる事ができるか……


「陽一郎、俺は今からブルペンに行ってるよ。少し早いけど準備しておくから」


「そうだな、その方が良い。東光ベンチにプレッシャーをかけておいてくれ」


「プレッシャー? 軽く投げるだけだぞ?」


「東光ベンチは寛人を警戒してると思うぞ。去年の準決勝に春の練習試合……相手は寛人から1点も取れてないんだ。だから、初回から寛人がブルペンに居たら焦るだろうな」


 練習試合か……奥村に長打は打たれたけど、東光に点を取られてなかったな。


「分かった。早川さんもブルペンに居るし、一緒に投げておくよ」



 俺は1回裏からブルペンで投げながら試合の流れを見ている。

 先発の木村さんはランナーを出しながらも無失点で終えてくれた。


 初回から危なかったな……

 琢磨の守備に助けられた……


 東光の攻撃は1番の和也がヒットで出塁したけど2アウトまで取れた。

 そして、4番の奥村が左中間にライナーを打ったけど、琢磨が飛び込んで捕ってくれたんだ。


 あの打球を捕るのは琢磨じゃないと無理だろうな。

 奥村も左中間を抜けると思ったのか、琢磨に捕られて呆然としていた。


「坂本の守備は凄いな」


 早川さんも驚いていたし、西城のスタンドからの声援も凄かった。


「そうですね。この守備は1点取れたのと同じ価値がありますよ」


「確かにな……でも、坂本はアレが無ければ最高なんだけどな」


「そうですね。あれが琢磨ですから」


 琢磨はスタンドの声援に応えているのか、両手をブンブン振りながらベンチに戻って来ている。


 それに、なんで琢磨は東光のスタンドにも手を振ってるんだよ……



 2回表、西城の攻撃は初回に続き無失点に終わる。

 しかし、2回で40球以上投げさせる事に成功した。


「点が取れないな……」


「俺達は味方を信じて投げるしかないですよ」


 先発の木村さんは2回も東光打線を無失点に切り抜けてくれた。

 ランナーは出したけど、陽一郎のリードが上手くいったみたいだ。


 でも、継投はどうするんだろう……


 4回まで木村さん、早川さんの継投の予定なんだ。

 チームは多少の失点は覚悟していたけど、守備があったとはいえ木村さんの調子が凄く良い。


 そう思っていると俺達の所にベンチから陽一郎が走って来た。


「監督とも相談したけど、次の回も木村さんが続投だ。早川さんは4回からお願いします」


「陽一郎。それで良いのか?」


 木村さんの状態は良いけど、少し不安になる。

 試合中に戦い方を変える事もそうだけど、木村さんが心配なんだ。

 木村さん本人も2回で役目が終わると思っていたはず。

 それがベンチに戻ったら続投で、3回のマウンドにも登ると告げられたんだ。


 本当に大丈夫なのか?


 監督と陽一郎の判断だからな……

 俺はいつでも登板できる様に準備するしかない。


 西城の攻撃は3回も無得点だった。


 木村さんは3回のマウンドに立っている。


 この回は2番からの攻撃か……


 木村さんは先頭バッターをセカンドゴロに打ち取り1アウトを取った。


「本当に木村は調子が良さそうだな」


「そうですね」


 早川さんは練習の手を止めて木村さんの投球を見ている。


 そして3番バッターが打席に入った。


 3番には2ストライクまで追い込んでいたけど、粘られてフォアボールで出塁され4番の奥村に打席が回る。


 陽一郎、勝負を急ぐなよ。

 フォアボールでも良い、長打は打たれるな。


 俺も投球練習の手を止めて試合を見ていた。


 木村さんが奥村に初球を投げた。

 奥村は迷わずバットを振り抜き、ボールが捉えられて打球はレフトに高々と上がっている。


 俺達が見上げた打球はレフトスタンドに吸い込まれた。


 やられた……


 東光側のスタンドは大盛り上がりで、西城側は静まりかえっている。


 それくらい強烈な打球だった。

 打った瞬間にホームランだと分かるくらいの打球だ。


 奥村がホームベースを踏み、東光大学附属に2点が入った。


 ベンチが騒がしくなってきたな……

 マウンドでは内野が集まっていた。


「早川さん。マウンドにお願いします」


 ベンチから交代を告げられて早川さんがマウンドに上がった。

 正直、早川さんも心配になる。

 急な登板だから心の準備ができていないかもしれない。

 俺はブルペンで投げれる準備に急いだ。


 早川さんの投球練習が終わり、試合が再開された。


 制球が定まってないな……

 先頭の5番バッターがフォアボールで出塁し、次の6番バッターには初球をレフト線に運ばれて、1アウトでランナー2・3塁になりピンチを招いている。


 監督がタイムを取り伝令が送られていた。

 試合が中断した今しかないな……

 俺はベンチに戻り監督の所へ向かった。


「監督、俺がマウンドへ行きます」


「投げるのは良い。だけど終盤はどうするんだ? 誰が投げるんだ?」


 監督の言いたい事は分かる。

 でも……


「ここで追加点を取られたら負けますよ」


 監督は目を閉じて俺の話を聞いている。

 考えている様子だったけど、即座に決断し主審に投手交代を告げた。


 そして球場にアナウンスの声が流れる。

 

『西城高校、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー早川くんに変わりまして吉住くん。9番ピッチャー吉住くん』


 俺はマウンドへ向かった。

 静かになっていたスタンドからも大声援が聞こえてくる。


「吉住、済まない。頼むよ……頼むから抑えてくれ……」


「早川さん……はい。後は俺が引き受けます」


 早川さんは急な登板だった。

 そして、1アウトも取れずに交代なんだ。

 凄く悔しいだろう……


「早川さん、俺が絶対に抑えます。この試合を早川さんの高校最後の投球にはさせません」


 早川さんは俺にボールを託してからベンチへ戻っていった。


「寛人、悪いな……予定より早くなってしまった……」


「陽一郎、気にするな。それよりも全力で抑えるぞ。ここで追加点を取られたら負ける。後のことはベンチに戻ってからにしよう」


「そうだな。ここを抑えてチームに勢いづけよう!」


 内野が守備位置に戻り、投球練習を終えて試合が再開された。


 1アウトでランナー2・3塁か……

 ──ここは力でねじ伏せる。


 俺は陽一郎のサインに頷きボールを投げ込んだ。

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