第81話 陽一郎の災難

 グラウンドに戻ったら、試合は終盤の8回裏になっていた。


 スコアボードを見たら5対1で勝っていて、5回からは木村さんが投げて、今は早川さんが投げている。

 琢磨は明日の試合で5回を投げるので、今日は投げていなかった。


 最終回も早川さんが投げて、試合には勝った。



 翌日、日曜日の試合は2対3で負けたんだ。

 琢磨が5回から投げたけど、7回にストライクが入らなくなって、ランナーを貯めた所で長打を打たれて3失点をして、これが決勝点になる。


 俺は予定していた4回を投げて、被安打1、三振6、四死球0、無失点で、連投しても足に大丈夫だった。


 試合が終わると監督から今後の予定が伝えられたんだ。

 明日からテスト休みに入って部活が禁止になる。テスト期間も入れたら2週間は野球ができなくなってしまう。

 こればっかりは進学校だから仕方ないと諦めていた。



 そして月曜日になった。


 今日は放課後に相澤さんと東光大学を見学に行く日だった。


 先日、学校から大学見学の申し込みをする事になったから、着いて来ようとする人が居なくて良かった。

 学校から東光大学へ見学に行く日は期末テストの最終日になったみたいだ。

 先生が言うには、授業の調整が出来なかったかららしい。確かに期末テスト後なら授業に支障は出ないからな。


 授業が終わってから、陽一郎と西城駅に向かっている時だった。


 俺は西城駅を通り過ぎて東光大学の正門前に向かう予定になっていて、その時に陽一郎が大学見学の事を聞いてきたんだ。


「今日見学に行くんだろ? そんなに見学が嬉しいのか?」


「決まった時から楽しみだったんだ。放課後に相澤さんと会うのも久し振りだからな」


 以前は放課後に出会ったりしていたけど、最近は休みの日や試合の後に会う事が多かった。


「その言い方だと、大学見学より相澤さんに会う方が目的なんじゃないのか?」


「大学見学は行きたかったのは本当だよ。ただ、2人で行けるのが楽しみなんだ……あの子と居ると落ち着くんだ」


「前にも言ったけど、変わったな……中学の時は女の子に見向きもしなかったのに」


「そこは変わってないよ。俺も分からないけど、相澤さん以外には何も感じない」


 本当に不思議なんだ。中学の取材の一件から寄って来る女の子は増えた。

 皆が言うには可愛い子も居たとらしい。だけど何の興味も抱かなかった。

 だけど相澤さんだけは違うんだよ……


「前に好きだって言ってたじゃないか。伝えないのか?」


「言いたい事は分かってるよ……」


 そんな事は分かってるんだ。

 自分の気持ちが押さえきれなくなってきているのも感じている。

 相澤さんにも嫌われてないのも知ってる。

 違うな……むしろ……


 相澤さんと一緒に居ると感じる時もあるんだ。


 だから俺も……


 好きだと伝えたいし、抱き締めたいと思うし、離したくない。


 でも、言ったら居なくなってしまうと思い込んでしまっている。

 昔の事がトラウマになってるんだよ……

 何とか克服しないとな……


「陽一郎。分かってるから。俺だって、このままで良いなんて思ってないから」


「分かってるなら良いんだ。西川さんにも余計な事をするなって言っておくよ」


 今、何て言ったんだ?

 何で西川さんが出てくるんだ?


「陽一郎。西川さんが何で出てくるんだ?」


「いや! 何でもないんだ! こっちの事だから気にしないでくれ。それより、待ち合わせの時間は大丈夫なのか?」


 時計を見たら待ち合わせ時間に少し遅れそうだった。


「そうだな。少し急ぐから先に行くよ。それじゃ、また明日な」


 俺は陽一郎と別れて東光大学への道程を急いだ。



 side:陽一郎



 寛人は行ったな……

 あれなら時間の問題だろうな。


 寛人から昔の事を聞いていたから少し心配していたんだ。

 急に幼馴染と会えなくなった事で、何か心に傷を抱えてるみたいだったから。


 だから相澤さんとの事は驚きだった。


 寛人に好きな相手ができた事に……

 同時に心配にもなった……


 気持ちを伝える気は無いんだろうって。


 だだ、さっきの寛人を見てると時間の問題だと思えたから安心した。


 伝えたら上手くいくんだから頑張れ。



 俺が知ったのは東光大学附属との練習試合の日だった。


 スタンドで練習を見ていると、相澤さんが西川さんを連れていったんだ。


 西川さんか……悪い子じゃないんだけど、あの勢いが怖いんだよな……


 彼女は俺の事が好きみたいなんだ。

 俺は「そういう感情は抱いてない」って伝えたんだ。

 でも「彼女居ないんでしょ? 嫌ってもないんでしょ? 側に居たら好きになるかもしれないじゃん!」って言って俺の隣に気付いたら居るんだ……


 俺の事より、今は寛人の事だったな。


 西川さんが戻ってきたら様子が変だった。

 いつもは俺に何かを言ってるのに大人しかったんだ。


「どうしたの? 相澤さんと何かあった?」


「遥香を怒らせちゃった……あんな遥香は初めて見た……」


「喧嘩でもしたの?」


「ううん。私が余計な事をしただけ……」


 余計な事? 西川さんは時折、寛人と相澤さんを見てるし……2人の事か?


「寛人の事なの?」


「えっ? 何で分かったの?」


 西川さんは驚いた顔をして俺を見ている。

 分かるよ……今のタイミングで言ってくるんだから。


「それで、相澤さんは何て言ったの?」


「吉住くんとの事を邪魔しないでって……」


 それだけで分かった。

 両想いじゃないか……

 それなら余計な事はしない方が良い。


「そっか。邪魔しない方が良いよ。その方が2人は上手くと思うよ」


 西川さんには寛人の気持ちを教えない。

 この子に教えたら、必ず相澤さんに伝えると思う。


 相澤さんは余計な事をしないでって言ったんだ……教えたら2人は揉めるし、寛人にも相澤さんの気持ちは教えない。


 寛人はこの様な事を嫌うんだ……

 それに、アイツは鋭いから恐らく相澤さんの気持ちにも気付く時が来ると思う。


 だから余計な事をしないで見守っているのが一番だ。


 という事は、俺が西川さんを抑えるのか?


 マジか……



 ──という事があったんだ。


 昨日も連絡があって「明日、遥香と吉住くんが会うんだって! 何か遥香を手伝えないかな?」って言っていた。

 俺は「だから、相澤さんからも余計な事をしないでって言われたんでしょ?」と返事をして、やらせない様にしたんだ。


 昨日の連絡を思い出して、俺は遠ざかる寛人を眺めながらスマホを取り出した。


『田辺くんだ! 電話くれたんだ! とうとう私に会いたくなったんだ?』


 西川さんは何を言ってるんだ?

 今は邪魔させない様に釘を刺しておかないと……


「さっき寛人と別れたよ。昨日も言ったけど余計な事はしないでね」


 これで大丈夫かな。

 用事は済んだから電話を終えようとしたんだ。だけど、切らしてくれなかった……


 寛人より俺の心配をした方が良いのかもしれない。俺は何処に向かってるんだろう……

 メッセージにすれば良かったよ……

 少し電話をした事に後悔をしていた。


 そして、何故か西城駅で西川さんと待ち合わせをする事になったんだ。


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バタバタしてごめんなさい。

今日も予約投稿(*T^T)

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