第80話 休み前の練習試合
土曜日の練習試合のマウンドで投球練習をしていた。
今日と明日は先発し、4回まで投げたら俺の出番は終わる。
足がどうなるのか知るのが目的だ。
完投する必要がないから、初回から全力投球をすると伝えていた。
ネット裏には何組か取材の人達が居て、その中に美咲さんの姿も見えていた。
試合が始まって1球目を投げる。
バッターは空振りし、コースも陽一郎の構えたミットと同じ場所に投げ込めた。
ボールも走ってるし、コントロールも問題ない。練習と同じ様に投げれていると思う。
1人目のバッターには全球種を投げる事にしていた。
初球はストレートで次は変化球だ。
変化球といっても俺は2種類しかない。
カーブとスライダーで、落ちる球は持っていないんだ。
カーブでストレートとの緩急をつけて、タイミングをずらす。
球のキレとコントロールで打ち取っていて、全球種が決め球だと思っている。
そしてカーブ、スライダーを投げて先頭バッターは空振りして三振だった。
まだ1人だけど今日は調子が良い。
続くバッター2人からも三振を取り、初回が終わった。
「調子が良さそうだな。全部構えた所だったぞ。それで足はどうなんだ?」
「練習の時と変わらないよ。異常は無い。ランナーが出た状態も確かめたかったんだけど、無理そうじゃないか?」
今日と明日の相手は、弱くはないけど強くもないって感じのチームだ。
スイングを見てる限り、打たれるイメージが湧かない。
「それじゃ、次の回はストレートだけにしてみるか?」
「それで頼むよ。でも手抜きで投げるのは失礼だから本気で投げるぞ」
「それは分かってる。あっ! すまん……俺の打順だから行ってくるよ」
グラウンドを見たら先頭の琢磨が出塁し、次のバッターが送りバントを決めていた。
そして陽一郎に打席が回った。
陽一郎の打順は3番で、キャッチャー道具を外す為にネクストバッターサークルには入っていなかった。
点を取らせる気はないけど、チームの得点は何点あっても良い。だから点を頼んだぞ。
陽一郎は初球を見逃して1ボール。
続く2球目をセンター前に打った。
セカンドランナーの琢磨が俊足を生かしてホームに帰ってきた。
中学の時から見慣れてるけど、陽一郎って点が欲しい時に打ってくれる。
キャプテンで捕手としてチームの要もやって3番バッターか……主人公みたいな奴だと思う時があるな。
続くバッターは打ち取られて攻撃が終わった。
2回のマウンドでは、さっき話をしていたストレートしか投げない。
相手の4番バッターはキャッチャーフライでアウト、続く5番6番バッターは振り遅れて内野ゴロだった。
「ランナーが出ないな……次の回は全部セットポジションで投げてみるよ」
「ランナーが出ないというか、あれは俺達でも打てないぞ。ストレート走りすぎだろ?」
「完投する必要がないから全力で投げてるよ」
去年に比べて急速も上がったし、球のキレも良い。足の事さえなければ万全なんだ……
西城の攻撃で、この回の先頭バッターは健太だった。
今日は6番ファーストでスタメンで出場している。
俺達が1年の時と同じで、健太もこの時期にポジションを取れたみたいだ。
まだ打撃は安心して見れないけど、入学して2ヶ月目なんだ。
強豪の私立では考えられないだろうな。
和也や奥村ですら1年の夏はスタンドだったんだ。
その健太の第1打席はレフトフライだった。
ランナーで飛んで当たりは良かったけど、真正面だったから仕方ない。
3回のマウンドはセットポジションから投げる予定をしている。
先頭は内野ゴロで、8番と9番は三振で終わった。
セットポジションでも調子は良かった。
3回投げてパーフェクトピッチングを継続している。
あと1回か……
練習と同じく異常は無いんだよな……あの時だけだったのかな?
4回のマウンドで俺の出番は終わりだ。
この回は1番からの攻撃で、陽一郎のサインはカーブだった。
あいつ、何処に構えてるんだ?
陽一郎はミットを真ん中に構えていた。
俺が首を振ってもサインとコースは変わらない。
何か意味があるんだろうと思って投げた。
バッターは見逃して1ストライク。
続く2球目のサインとコースは同じだった。
打たせようとしてるのか?
手抜きで嫌だったけど、ランナーを置いて投げたかったから陽一郎のサインに従った。
2球目も見逃して、3球目も同じカーブを真ん中に投げた。
バッターがボールを捕らえてレフト前に運ばれた。
陽一郎がタイムを取ってマウンドに走って来ている。
「ランナー出したかったんだろ? だから打たせたよ。それと、次のバッターが送りバントをしてきたら決めさせてやれ。今日の寛人は守備機会もなかっただろ?」
「そういう事か。分かったよ」
普段は送りバントをしてきたら、させない投球をしていた。
続くバッターが送りバントを決めて、1アウトでランナー2塁だ。
一塁側に転がって健太が捕球をして、俺がファーストにカバーに走った。
そしてボールを受け取ってアウト。
走っても足に異常は感じない。
やっぱり大丈夫なのかもしれないな。
次のバッターは3番と4番を迎える。
西城も1点しか取れていないから相手に点を与える気はない。
そしてセットポジションから全球種を投げて、残りのアウトを三振にして終わらせた。
これで今日は交代を告げられた。
ダウンが終わって取材を受けている。
美咲さんは他の取材が終わるのを待ってるみたいで、離れた場所から試合を見ていた。
そして美咲さんの番になったんだ。
「やっぱり取材は疲れますね」
「予選前にはもっと増えるわよ? そんなんで甲子園に行ったらどうするのよ。テレビで見ても記者の数が凄いじゃない」
「全部美咲さんだったら気楽なんですけどね」
「そう? ありがと。今日の2回は一番球速が出てたみたいよ。確か147㎞だって」
全部ストレートを投げた回だったよな。
自己最速を更新したんだ。
ストレートだけで抑える事はできないから、球速だけを追い求めてはいないけど。
「あの回はストレートしか投げなかったんですよ」
「やっぱり? その次はセットポジションだったし、何かやってるなって思ってたのよ。でも、何で4回までなの?」
美咲さんには足の事は言っていない。
記事にしないで欲しいって言ったらしないのは分かってる。
だけど、何処から情報が漏れるか分からないからな……
予選の相手に情報を与えたくない。
「明日も投げるし、今回は連投しても調子が落ちないか確認したいんですよ」
「ふーん。そうだったんだ。あっ! あの事だけど……今から言っても大丈夫?」
あの事? 頼んでた事かな。
周りには誰も居ないし大丈夫かな。
「大丈夫ですよ。何か分かりました?」
「期待させちゃったかな……ごめん。分からなかったのよ。県内の高校でバイオリンを弾いてる佐藤さんって女の子は居なかったよ」
「そうですか……俺もピアノを辞めちゃったし、向こうも辞めたのかもしれませんね」
取材を再開して遥香ちゃんが県内に居るって分かった時に、美咲さんに頼んでたんだ。
「ごめんね。私はスポーツ担当だから、音楽担当の子に聞く事しか出来なかったんだ」
「無理な事を頼んでたんです。ありがとうございました」
分からなかったか。これで手詰まりだ。
もう諦めよう……
それから美咲さんの取材も終わり、試合中のグラウンドに戻った。
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