第48話 西城高校の文化祭⑤

「うん。甘くて美味しいよ」


「相澤さん、お待たせ。美味しそうに食べてるね。紅茶はこれで良かった?」


「ありがとう。久しぶりに食べたからだよ。吉住くんも小さい頃に食べなかった?」


「うん。子供の頃は食べたよ。綿あめとリンゴ飴……両手に持って食べてたら、親に怒られた事もあるよ」


「ふふふ。食いしん坊だったんだね」


「まぁ、昔の事だよ。事情もあったんだよ」



 あれは、俺の家族と遥香ちゃんの家族で一緒に夏祭りに行った時だったよな……


 遥香ちゃんは体調が悪いのに無理して祭に来て、気分が悪くなって帰ったんだ。


 遥香ちゃんが食べきれなかった綿あめを「ひろとくん。これ食べれないからあげる」って貰ったんだよな……


 そして何も知らなかった母さんに「何で2個も同時に食べてるの!」怒られたんだよな……あの時は、父さんが事情を説明してくれたから助かったんだ……懐かしいな。



「吉住くん、どうしたの? 何かあった?」


 思い出して、1人で笑ってしまっていた。相澤さんが目の前にいるのに、悪い事をしてしまったな。


「ごめん、何でもないよ。両手に持ってて怒られた時の事を思い出してたんだ。それにしても、その綿あめ……大きすぎない?」


「そうなんだよ。作ってた人が『サービスだよ』って言ってたんだけど、これ、大きすぎるよ……全部食べれるかな……」


 作ってた先輩……ずっと相澤さんの事を見てたもんな。手元を見てなかったから、大きさを間違えたんだろう。


「残ったら食べるから、無理して食べなくて良いよ」


「ほんと! 良かった……残したらどうしようかなって思ってたんだよ。吉住くん、それなら先に食べる? はいどーぞ」


 相澤さんは綿あめを俺の口元に持ってきていた。


「あ……いや……大丈夫。先に食べてよ」


 相澤さんは俺の口元に綿アメを持ってきてるけど……『はいどーぞ』って……このまま食べろって事だったのか? 


 相澤さんは自分が何をやってるのか分かってるのか? 西川さんとやってるって言ってたけど、同じ事をしたらダメだろ……


「いいの? それじゃ先に食べるね。残り物になっちゃうけど、ごめんね」


 相澤さんは申し訳ない表情になっていた。やっぱり分かってないよな。気付く前に話題を変えたいな……


 そういえば部活で何をやってるか聞いてみようと思ってたんだ……


「気にしないで食べてよ。そういえば、管弦楽部で楽器は何をやってるの?」


「私はバイオリンを弾いてるよ」


「……バイオリンか」


 相澤さんはバイオリンを弾くのか……

 やっぱり聴いてみたかった……最後に聴いたのは母さんの演奏だったよな……


「吉住くん、どうかしたの?」


「いや……何でもないよ、バイオリンなんて珍しいね。昔から習ってたの?」


「子供の頃から習ってたよ。そうだ、私ね……海外留学が決まったんだよ……」


 海外留学? 相澤さんが? いきなりな話だな……西城市からいなくなるのか?


「そうなんだ……仲良くなれたのに残念だよ」


「あっ! 違うよー。短期留学だよ……春休みか夏休みか、どっちかなんだ……この前パンフレットと書類が届いたんだよ」


 短期留学なのか……良かった……


 何で俺は安心してるんだ……相澤さんの進路なんだ、喜んであげないとダメだろ……


「留学か……相澤さんは凄いな。じゃあ進路も海外で考えてるの?」


「うん。前は国内の音大か海外留学、この2つで考えてたんだ……でも……でもね……」


「それじゃ、今回の短期留学はその為の? そっか……海外か……」


「うん……卒業後の留学先の候補だったから、短期留学を申し込んでたんだよ。決まったから行くけど……でも進学先は……」


 相澤さんの様子がおかしいな……どうしたんだろう? 何で俺を『じー』っと見てるんだ? これ以上は聞いて欲しくないって感じがするな……


「相澤さん、ごめんね。あまり聞かれたくなかったみたいだよね」


「ううん……何でもないよ……綿あめ……もう食べれないから貰ってくれる?」


 数口しか食べてないよな? ほとんど残ってるし……やっぱり様子が変だ……進路の事だから悩んで当然だもんな。


「ああ、貰うよ。本当に大丈夫なの?」


 まだ元気がなさそうな感じには見えるけど、これ以上は俺にはどうする事もできないな……悩んだ時の相談相手にしかなってやれないし……


「うん。大丈夫だよ……私の食べかけを渡しちゃったね……ごめんね」


「謝らなくて良いよ。俺も久しぶりに食べれたから良かったよ。ありがとう」


「うん。それなら良かった」


 何だろうな……


 守ってあげたくなる感じになる……


 俺が何かを言える立場ではない事は分かってる……


 ただ、相澤さんには悲しい顔をさせたくない。悲しませる奴がいるなら、俺は絶対に許さないと思う。


 俺が近くにいる時は笑って過ごして貰いたい。今みたいな暗い顔はして欲しくない。  


 強引でも話題を変えようか。


「そういえばさ……陽一郎……ネコ耳と女装のまま西川さんに連れて行かれたよな。アイツ……付けっぱなしという事も忘れて、学校中を歩いてるんだろうな」


「ふふふ。そうだったねー」


 良かった……強引でもいつもの笑顔に戻ってくれた。


「さて、綿あめも食べたし、次はどうするって言いたいんだけど、文化祭実行委員の巡回の時間になるから行かないといけない。相澤さん……ゴメン」


「ううん、キーホルダーも取って貰えたし楽しかったよ。でもゴメンネ……吉住くん……色んな所を回れなかったよね……」


「気にしないで、巡回しながら見て回るからさ……意外と楽しんでると思うよ。陽一郎達も気になるし、クラスの方に戻ってみるよ」


「私も行ってみる。綾ちゃん達もいるかもしれないし。いなかったら電話してみるよ」


「それじゃ、一緒に行こうか?」



 それにしても海外留学か……


 進路の事も考えないとな……


 そういえばコウちゃんも大学の事を言ってたよな……


 あれ? コウちゃん……東光大学附属は野球留学だと言ってた……実家は変わってないとも言ってた……遥香ちゃんの事を知ってるんじゃ……


 今日連絡して聞いてみよう……


 そして、俺と相澤さんはクラスの出店の所まで歩いていた。

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