スキル発動

「レオンくん。肩車をしてあげよう」


 正気を失ったエルンストが迫る。

 俺は心の内で自分の頭をぶん殴った。すっかり自分のスキルのことを忘れていたのだ。


「い、いや、結構です」


「遠慮はいらないよ」


「遠慮ではなくっ……」


 すぐに逃げようとしたが、もの凄い力で両肩を掴まれる。

 もがき、彼の手を振り解こうとするがどうにもならない。


「ははは。君の細腕じゃ、私から逃げることは出来ないよ。ははははははははははは」


「あ、アウロラ! た、助けてくれっ!」


 下級妖精と一緒に、ポカンと立ち尽くしていたアウロラに助けを求める。

 彼は慌ててエルンストを背後から羽交い締めにしてくれた。


「え、エルンストさん、落ち着いてください! レオンは嫌がってます……!」


 どうやらスキルはアウロラには効いていないようだ。


「肩車はいいぞ、レオンくん。凄くいいものだ……」


「ふ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐっ……!」


 アウロラが先程の筋トレよりも力をいっぱい、エルンストを止めてくれる。


 しかし、鍛えているとは言え子供と大人だ。

 エルンストはアウロラを引き摺りながら、俺に迫ってきた。

 背に壁がぶつかる。もう逃げ道はない。


「さあ、レオンくん……」


 荒い鼻息が吹き掛かる。

 ダメだ、肩車されてしまう――


「何をうるさくしているんだい!」


 絶体絶命を打ち砕いたのは、部屋の扉が開く乱暴な音だった。

 現れたのは、髪を留め、額や頬にきゅうり張り付けたメルティーナだ。


 彼女は苛立たしげに俺たちを睨め付けると、足音高く部屋へやってきた。


「……っ!?」


 途中で歩みを止め、カッと目を見開く。


 マズい。

 エルンストだけでなく、メルティーナにまで魅惑がかかってしまったら、もうどうやったって無事では済まない。


「ば、ばーさん、それ以上こっちに来ないでくれ!」


 俺は悲鳴を上げた。

 しかし願いは聞き入れられず、彼女はズンズンとこちらにやってくる。


 そうして、「肩車、肩車……」とうわ言のように呟き続けるエルンストを押しやると、俺の顎を掴んでグイと自分の方に向けさせた。


「で? これは何の騒ぎだい、レオン」


「え……」


「え、じゃない。エルンストがおかしくなってるじゃないか。説明しな」


 メルティーナは正気だった。

 俺は肺の中が空っぽになるほどのため息を吐くと、頭を下げた。


「すみません……俺のスキルです」


 さっきまでアウロラと呆けていた妖精が、ここぞとばかりに出張ってきて、俺の顔の横に横断幕を広げる。


『ベッド・イン・トリガー』と描かれたそれを、俺は無言で破いて床に叩きつけた。

 妖精たちが文句を言ってきたが無視をする。


「今、初めて発動したってわけじゃないんだね」


「はい……」


「そういうのは初めに伝えておくべきだろうが」


「っ!」


 頭頂部に拳が落ちた。

 俺は奥歯を噛み締め目を閉じる。


「おっしゃる通りです……」


 親にも殴られたことが無かったから、人生初のゲンコツだった。


「把握していることは全て話しな。また発動しないとも限らない」


「わかりました……」


 俺は、スキルの効果は魅惑であること、発動条件は把握しているがスッカリ忘れていてこんなことになってしまったこと、他には、効果範囲、持続時間など全てを話す。


 メルティーナは聞き終わると、「肩車」と言い続けるエルンストを見やり嘆息した。


「魅惑のスキルか……相手の欲望を暴いた上、増幅させるだなんて、なかなか嫌な力だね」


「おばあちゃん、どうしますか?」と、アウロラが問う。


「まあ、エルンストの場合、実害はないだろうから放置でいいよ」


「えっ」と、俺が声を漏らしたのと、「わかりました」とアウロラがエルンストを離したのは同時だった。


「レオンくん……!」


「いや、俺、肩車の良さとかわかりたくな――うぉあっ……!?」


 抵抗虚しく、俺はあれよあれよと言う間に抱き上げられ肩車される。


「見えるかい、レオンくん。あの木のところまで走ろうか!」


 窓の外を指さし目を輝かせたエルンストは、意気揚々と俺を抱えたまま宿を出た。


「はっはっは、風が気持ちいいな! そうは思わないかい、レオンくん!?」


「っすね……」


 この後、俺は死ぬほど肩車をされた。



 ……が、この一件、うんざりしただけではなかった。

 メルティーナの協力の下、色々試してみた結果、俺のスキル効果は大人の男に限定されると確定できたのだ。

 スキルには大きく持ち主の特性が現れるというが、なるほど、俺の性的嗜好から考えれば当然の帰結だった。

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