日課
* * *
メルティーナの準備が整うと、すぐ俺たちはエルンストと共に件の村へ向かった。
アウロラが操る馬に乗せて貰って移動したが、乗っているだけなのはかなり楽だった。
自分ひとりだったら村に着くまで3倍の時間はかかっただろう。
荷物もエルンストが持ってくれたし、快適以外の何者でもない。
しかし……事件は、出立した日の夜に起こった。
* * *
その日は、小さな町の宿屋に泊まることになった。
夕食を終えてからの寝るまでの自由時間、一人部屋を取ったメルティーナはさっさと部屋に引っ込み、俺とアウロラはゆったりとした食後の休憩を過ごしていた。
同室のエルンストは、ここの村では異変が起こっていないか、など、聞き込みをしていていない。
そろそろ腹も落ち着いてきたな、という頃、アウロラがそそくさとローブを脱ぎ、丁寧に畳んで、枕代わりのホランドの本の隣に置いた。
次いで腕の筋肉を伸ばしたり、手首や足首を回し始める。
「何かするのか?」
尋ねると、彼は少し恥ずかしそうに「日課です」と言った。
アウロラは部屋の真ん中辺りに移動すると、腰に手を当てゆっくりと上体を後ろに逸らした。
そのままブリッジの体勢になる。
「おっ、筋トレか。いいな」
「レオンもやりますか?」
「そうだな。ちょっとだけ」
アウロラと距離を置き、同じように背を逸らして……途中でやめる。そのまま続けたら、身体がふたつに折れると確信した。
俺は大人しく床に寝そべり、背中を浮かせるようにしてブリッジする。
と、忽然と下級妖精たちが現れて、俺たちの下を潜ったり、上に乗ってきたりした。
彼らが負荷を買って出てくれるのは昔も今も変わらないようだ。
「ともだちひゃくにん、のれるかな」
「これはひんじゃくな、はし」
俺の腹に乗った妖精が震える腹筋を叩いてくる。
指摘通り、すぐに俺の橋は崩落。背の下を潜っていた妖精が「ぎゃあ」と叫んで掻き消える。
「けしからん。まったく、けしからん」
再び現れた彼らに怒られて、俺は頭をかいた。
「悪かったよ」
「あやまってすむなら、おしおきはふよう」
「ぶたばこに、いれます」
「もう少し楽なトレーニングにしたらどうですか? 背中をくっ付けたまま、腰だけ持ち上げるとか」
アウロラが言う。
俺は言われた通りにした。妖精は学習したのか、もう下を潜ってきたりはしなかった。
前世では、妖精じゃ負荷が足りず仲間にも乗ってもらって筋トレしていたものだが……うーん……情けない……
すぐに息が切れて身体を起こす。
アウロラの方を見れば、腹の上に妖精の山が出来ていた。
「お、やってるね」
と、扉が開いてエルンストが部屋に戻ってきた。
「エルンストさん、お疲れさまです」
アウロラがブリッジしたまま言う。
エルンストは軍服を脱ぎ捨て、黒いシャツとズボンだけのラフな格好になった。
身体を伸ばすと、ニッと笑う。
「アウロラくん、久々に勝負しようか」
「望むところです」
アウロラが勢いよく身体を起こす。
「レオンくんもどうだい?」
「あー……俺は、見学で」
やりたい気持ちはあるが、貧弱な背筋と腹筋は既に千切れている。
エルンストは眉尻を下げて、
「それは残念だ」と言った。
それからアウロラとエルンストの2人は逆立ちすると、その体勢のまま腕立てを始めた。
「1……2……3……」
エルンストが軽々と身体を上下させる。
それに負けじと、アウロラが続く。その周りで妖精たちが真似して潰れたり、ふたりの足に乗っかったりした。
俺は、顔を真っ赤にして荒い息を吐き出すアウロラの横顔を見つめた。
とても……キレイな顔をしている、とは思う。
でも、それだけだ。
イーシャは、こんな少年に胸を高鳴らせていたのだというが……
……サッパリわからん。
俺は内心、首を傾げた。
彼のどこにどう興奮すればいいのかわからない。
川で一緒に水浴びした時、カモシカのように引き締まった裸体を目にしたが、子供だてらに鍛えているなぁとしか思わなかった。
むしろ……
シャツがめくれて覗く、エルンストの腹筋を眺める。
知れず、彼の腰から尻にかけてのラインを目で追っていた俺は慌てて顔を逸らした。
……改めて考えると、こんな本能的な衝動がイーシャにもあったと言う方が驚きだ。
前世では、パーティメンバーでよくくだらない下ネタを話すことがあった。けれどイーシャと賢者のフロルだけは全く関わってこなかった。
だから、俗的なものには興味関心がないのだろうと思い込んでいたのだ。
美しく、中性的な容姿もそれを後押ししていただろう。
俺はあぐらをかき顎を摩ると、うーん、と唸る。
イーシャも、エロいことを考えたりしていたのか……
まあ、アイツも一応、男だしな……
あんな涼しい顔をして、心の中ではどんなことを考えていたのだろう?
少年相手に、どんな妄想を繰り広げていたのだろう?
……なんにせよ、今の俺ならば彼のその妄想の対象になり得るのだ。
「ふ……ふふ……」
少年であることの、なんと素晴らしいことか……!
思わず口元がニヤけ、唇から不気味な笑みが溢れる。
――その時だった。
「エルンストさん?」
アウロラの戸惑ったような声が耳に届いた。
ハッとして我に返ると、いつの間にやらエルンストが目の前に立っている。
「レオンくん……」
「は、はい……?」
「肩車してあげようか……?」
そう言って、ニコリと笑う。その目は据わっていた。
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