消えた村人
* * *
豆の下処理をしていたボウルをどかすと、アウロラはエルンストをダイニングに案内した。
メルティーナが椅子に腰掛け、長い足を組む。
俺も茶の用意をしたりしてアウロラを手伝ってから、近くにあった椅子に適当に座った。
「それで? 相談したいことってのは、何だい」
「はい。それが……」
鼻に布を突っ込み血止めをしながら、エルンストは真剣な様子で口を開いた。
「ここから北に2日ほどの街道の村で、住民が何人も忽然と姿を消しているんです。魔物のせいだと考えられます。是非とも、メルティーナ様にお力添えをいただきたく、お願いに来た次第です」
「……お断りだよ」
メルティーナは大仰にため息を吐くと、むべもなく言った。
「民を護るのはあんたらの仕事だろう。なのに、隠居した老人を狩り出そうとするなんてね」
「そう言わずに……報酬もかなり出ますので」
「金で釣りたいなら、ギルドのやつらに声をかけな」
「プラチナ級の冒険者なんて、こんな田舎にはいませんよ」
「煩いやつだねぇ……」
メルティーナがうんざりしたように言う。それから細い眉を持ち上げた。
「……で。そいつは、そんなに厄介な相手なのかい」
「まだ詳しく調べたわけではないので断定はできませんが……最低でもテトラ級だと、私は見ています」
「ふぅん」と、メルティーナが神妙な面持ちで顎をさする。
俺は頭の中で旅の前に読み込んだ魔物ガイドブックを思い出した。
前世と今世の違いに、魔物のランク付けがある。
前世では、弱い、そこそこ、強い、ヤバい、マジヤバい、魔王という大雑把な感じで把握していたものだが、今世ではその魔物の攻撃力や、耐久性、すばしっこさやスキルなどを総合的に判断し10のランクに分けている。
それに見合った冒険者がギルドを通して討伐に派遣されるのだ。なんともシステマチックになったものである。
昨日、出くわしたアズなんかは多分1角〈ヘナ〉級くらいだろうか?
そう考えると、4角〈テトラ〉級の魔物は、文字通り下から4番目の強さなわけで、そこそこ厄介な部類に入ると推察できた。
「……こんな老いぼれに頼ろうだなんて、随分と落ちぶれたもんだ」
ややあってから、メルティーナが肩をすくめた。
エルンストがパッと目を輝かせる。
「それでは……っ!」
「まだ、やるとは言っていないよ」
「ありがとうございます!」
「だから――」
「ああっ、良かった!」
勢いよく立ち上がった衝撃で、エルンストの鼻から血止めの布が飛んだ。
慌ててしゃがみ込んだ彼に、メルティーナが「……聞いてんのかね、まったく」と、ため息をつく。
それから彼女は、俺を見た。
「レオン。ここから北に2日ってことは、ちょうどお前の行く道だ。ついでだから送って行くよ」
「え、でも……」
「昨日も魔物と出くわしたようだし、頼れる大人がいるなら頼っておくのが賢い選択だ。それにアウロラに背負って貰えば、自分で進むより早く着くよ」
その通りだ。俺に断る理由はない。
ありがたく申し出を受けようと口を開けば、その前にエルンストが言った。
「ま、待ってください、メルティーナ様。アウロラくんも連れて行くつもりですか?」
「問題あるのかい?」
「大有りですよ! 人が何人も消えているんです。そんな危ないことに子供を巻き込むなんて……」
「ギャーギャーうるさいねぇ。お前より、うちのアウロラの方がずっと使えるよ。誰が仕込んだと思ってるんだい」
「で、ですが……」
エルンストは、姿勢良く静かに座って話を聞いていたアウロラを見た。
アウロラは戸惑ったような表情を浮かべると、
「……頑張ります」
と、ひとこと告げる。
エルンストは眉をハの字にした。
「やはり子供を闘わせるのは……」
「老体に鞭打つくせに良く言うよ」
メルティーナが毒づく。
次いでブーツを高らかに鳴らして、彼女は椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、さっさと出かける準備をするかね」
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