来訪者

* * *


 翌朝。

 アウロラと共にベッドを出て、俺は朝ご飯の準備を手伝った。

 食卓にパンとジャムを並べ終わる頃、寝ぼけ眼のメルティーナがやってきて、3人で食事をとった。


 昼に出立をすると決めた俺は、それまで一晩の宿のお礼に家の手伝いを買って出て、アウロラと一緒に豆の下処理を始めた。


「なあ。お前のばーさん、何の仕事してんの?」


『午前中は仕事部屋に近づかないように』と言い置いてメルティーナが消えた2階の方を見やる。

 アウロラは豆の筋を取りながら答えた。


「今はポーションを作ってます」


「じゃあ、この前、俺が飲んだのって……」


「ええ、祖母が作りました」


 パキッとヘタを折る音が部屋に響く。


「凄いな。驚いたよ、美味しくて」


 前世では、ザ・草の味とドロドロの喉越しに苦労したから、かなりの衝撃だった。


 アウロラは頷いた。


「僕も飲みやすくていいと思います。でも、祖母的には失敗なんだそうです」


 失敗?

 一拍の間の後、俺は手を打つ。


「なるほど。依存に繋がるからか」


「そうです。飲みやすいポーションは、百害あって一利なしだと」


 確かに、何でもかんでもポーションに頼るようになっていいことはない。

 頻繁に飲めば効き目も減るだろうし、痛みを軽んじるようになるだろう。


 そんな話をしていた時だ。

 玄関の方で、チリンと来客を告げるベルが鳴った。

 アウロラが席を立つ。

 俺は下処理を終えた豆をボウルに投げると、玄関の方へ視線をやった。


「やあ、アウロラくん。メルティーナ様はご在宅かな?」


 そう言って爽やかな笑みを浮かべたのは、青い軍服に身を包んだ金髪の好青年だ。

 制帽のバンド部分には麗しい国章、襟には鮮やかな白銀のバッジが見えた。


「エルンストさん、こんにちは。祖母は今、2階で仕事中です」


「良かった。少しお邪魔するよ」


 小さく頭を下げてから、彼は玄関を跨いだ。


「えっ……ま、待ってください。誰も近づくなと言われています」


「すまないね。事は一刻を争うんだ」


 袖を引いて留めようとしたアウロラの手をそっと外し、2階へ向かう。

 俺はアウロラに近づくと、問いかけた。


「誰?」


「祖母の元部下の方です」


 アウロラは来訪者を心配げに見つめながら、答える。


「祖母は昔、国家魔術師で……今でも軍に戻ってきて欲しいと部下の方が訪ねてくるんです。でも……」


 どうやら今日は、いつもと様子が違うようだ。


 ふたりで見守っていると、エルンストと呼ばれた青年は、メルティーナの仕事部屋の扉を叩いた。


「メルティーナ様。エルンストです。お忙しい中、大変申し訳ございません。至急、ご相談したいことがあって参りました」


 ノックの返事はない。

 エルンストが再び扉を叩く。今度は先ほどよりも強く。


「メルティーナ様! 聞こえていますか? メルティーナ様!」


 次いで聞こえてきたのは、けたたましい粉砕音だった。


 ギョッとする俺とアウロラの目の前の階段を、エルンストと壊れた扉が転げ落ちてくる。


「扉に仕事中だってタグを下げてたろう!? 出直してきな、エルンスト!」


 怒声が空気を震わせる。

 メルティーナが扉ごとエルンストを蹴り飛ばしたのだ。


 エルンストは素早い身のこなしで立ち上がると、鼻血を拭いもせず――たぶん扉に鼻っ柱をぶつけたのだろう――額を床に擦り付けた。


「出来ません! 人命がかかっているんです!」


 彼は元上司に負けない大きな声で言う。


「……なんだって?」


 さっさと部屋の奥へ戻ろうとしていたメルティーナは、うんざりした様子で振り返った。

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