ナイからアルを導く

* * *



 メルティーナの家を出て2日後。

 西日が空に滲む頃、俺たちは目的地の村についた。


 簡素な場所で、奥手には鬱蒼とした森が広がっている。


 村の入口に立つと、到着を待っていたのだろう青い軍服の男たちがすかさず駆け寄ってきた。


「メルティーナ様、エルンスト様。お疲れ様です」


「お荷物、持ちます」


 エルンストが運んでいた山のような荷物ーーメルティーナのものだーーを、4人の男たちが手分けして宿屋に運び入れる。


 彼らの態度を見るに、エルンストは組織内でそこそこ偉いのかもしれない。


 俺はアウロラと一緒に、大人組の後を付いていきつつ、辺りを見渡した。


 すれ違う村人の顔色は晴れない。

 外部からやってきたのだろう商人の姿もあったが、みんな落ち着かない様子だ。

 ……無理もない。

 1週間ほどで、すでに16人もの村人が消えているのだ。


 荷物を宿に置いてから、俺たちはエルンストの部下と共に酒場に向かった。

 先に現地入りしていた彼らと、食事ついでに情報を交換する。

 しかし、新しい情報は得られなかった。


「困りました……」


 食事の手を止めて、エルンストが嘆息する。


「ここまで、なんの情報もないとは」


 忽然と姿を消したのは、キノコや薬草を採りにに森へ入った村人たち。

 森に潜む何かが原因だとはわかるが、目撃者が皆無なためどんな魔物か検討も付かない。


「危険ですが、直接現場を見るしかなさそうですね……」


 エルンストの言葉に部下たちの表情が強張る。

 パンを千切りながら、俺も、それはかなり危ない橋だと思った。


 魔物を倒すのには、理想とする順序がある。


 まず、痕跡を探し、事前に情報を得て、魔物をある程度特定する。

 次いで、その魔物への適切な対策を用意し、戦闘に臨む。

 この事前準備をいかに完璧に近づけるかで、生存率がグッと変わってくるのだ。

 前世ではあまり気にしたことはなかったが。


「もう少し村の人たちに聞いてみますか?」と、部下のひとりが言うのに、エルンストは首をゆるく振った。


「今、無事でいるのは森に近づいていない者だけだ。そんな相手に何を聞けば……」


 メルティーナは何も言わずに思案げに顎をさする。

 俺は、大人たちの話に耳を傾けつつ食事を続けた。


 目撃者が皆無ということは、出くわした時点でアウトな魔物である可能性が高い。

 そんな相手に、なんの対策もなく戦いを挑むのは死にに行くようなものだ。


 隣席から酔っ払いの楽しそうな笑い声がした。

 なんだか酒場の雰囲気と話している内容の乖離加減が懐かしい。

 前世でも、仲間たちとこんな時間を過ごしていたっけ。


 俺は無意味にパンをスープに浸しながら、唸った。

 前世の俺ならどうしていただろう?


「……レオン」


 ふと、隣の席に座っていたアウロラが口を開いた。


「なに?」


「あなたは、どう思いますか?」


「どうって……」


 メルティーナとエルンストたちをちらりと見た。

 俺がアウロラと話しても、彼らの邪魔をすることはないだろう。


「俺は……何の痕跡もない、ってとこに、ヒントがあるんじゃないかと思う」


 パンをスープに落とすと、俺はナプキンで手を拭った。


 前世ではかなりの魔物と戦った経験があるし、恐らく、ほぼ全ての種類を知っている、と思う。


 それを裏付けるように、今世で読んだいくつかのガイド本には、記憶にある魔物が載っていないことはあっても、逆はなかった。

 先日出くわした靄の魔物・アズなんかがそうだ。


 額に手をやり目を閉じる。今の情報から導き出されるタイプは、たぶん3つ。


「姿を見た者もない。被害者の悲鳴を含めて、何らかの音を聞いた者もいない。

ってことは、森に潜む魔物は3つのタイプに限られると思う」


 俺はゆっくりと考えを口にして、指を3本立てた。


「ひとつ、出会い頭に一口で相手を飲み込むようなタイプ。ひとつ、罠を張って待ち伏せているタイプ。あとは、相手を瞬時に麻痺させたり、眠らせたりする特殊な魔法スキルを持つタイプ」


 それから、肩を竦める。


「ただ、これ以上幅を狭めるには、やっぱり現場を見るしかない」


 ふと、メルティーナの視線に気付いた。

 彼女は目を細めると、椅子に背を預けて問うた。


「その中でも、可能性が高いのはどれだと思う?」


 アウロラとの会話を聞かれてたことに少し驚きつつ、俺は答える。


「……特殊スキル、だと思います。

 一口で飲み込むタイプは活動時間が夜のコトが多い。でも、村人は時間帯に関係なく消えている。

 罠を張る奴なら大きく地形が変わるから、そういう情報が入ってくるだろうし……」


「奇遇だね。私も同じことを考えていた」


 彼女は頷くと、ニッと口の端を引き上げた。


「レオン。私に力を貸してはくれないかい」

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