10曲目 人は見た目の1%

「校内で練習して文句言われんなら、校外で練習すりゃあいい」という大原先生の考えのもと、私………小川光と近藤、大原先生はとある音楽スタジオまでやってきた。


「じゃっじゃーん!!ここが俺の友達、泉くんの経営する音楽スタジオでーす!!」


そう言って大原先生が指をさしたその先には………


sound studio LUFU


白いドアに赤いペンキでそう殴り書きしてある………廃墟ビルが立っていた。


「………大原先生の友達、幽霊?」

今度こそドン引きしたらしい近藤が小声で呟く。

「いや、イマジナリーフレンドだよきっと」

「そ、そうか、いや、そうだよな。俺は大原先生に友達がいるって聞いた時からおかしいと思ってたんだ」

「オイお前らそれどういう意味だ」

大原先生がわざとらしくため息をついた。


「ここはなぁ、廃墟ビルっつってもただの廃墟ビルじゃねぇんだぞ」


いや、どうみてもただの廃墟ビルじゃん。

ドア以外全面黒色のその直方体は、わりかし平和な雰囲気を保つ住宅街のど真ん中に立地していた。建物の左側は全面緑色のツタに覆われ、建物の屋上から伸びる螺旋階段はサビだらけで今にも崩れ落ちそうだ。

なにより、この雰囲気。

ヒューッという風の音がここら辺だけやけに大きく聞こえる。 


なんか帰りたくなってきたな。

私がそう思った、その時。


「オイ大原ァ、さっきっから廃墟廃墟うるせぇんだよ、てめー」


突然白いドアが開き、ひょこっと一つの人影が顔をのぞかせた。

「………あ?小学生?」

「おっ、イズミン良いところにー!」

イズミン、と呼ばれた男と目が合う。

こ、これは………


「………アフロだ」

「うわっ、リアルのアフロだ!?」


私と近藤の声が、初めて重なって響いた。


突然現れたアフロ頭こそが、イズミンこと、大原先生の友達・泉洋介いずみようすけさんだった。

泉さんはこの音楽スタジオ「sound studio LUFU」のオーナーをやっているらしい。


「へーお前らバンドやってんの?ませてんなぁ、最近の小学生は」


泉さんは「大原から話は聞いてるよ。まあ入れ」と私たちを店の中へ招き入れてくれた。


the・廃墟ビルな見た目とは裏腹に、店の中はきれいに片付けられていて、こじんまりとしつつも大切に管理されているのだとわかった。黒を基調とした室内は消えかけた青白いLEDライトのせいで若干薄暗いが、目が疲れるような暗さではない。なにより店中に漂う謎の焦げ臭い匂いが、この店の独特な雰囲気を作り出していた。


壁一面には栃木県内で活動するあらゆるバンドのCDジャケットやスナップ写真、小麦色に色褪せたフェスの告知ポスターが所狭しと貼られていた。おそらくインディーズバンドが中心なのだろう、私が知っているバンドは一組もいない。皆どこか垢抜けない感じで、それでいて変なキメポーズで(気分は超人気アーティストなんだろう)写っていてちょっと面白かった。


床には段ボールが積み上がり、中にはシールドやらチューナーやらその他楽器用品がぎっしりと詰まっていた。溢れんばかりの音楽雑誌が詰め込まれた箱もある。ポスターと同じく表紙は日に焼けており、かなり年季が入っていた。


カウンターの赤い椅子に腰掛け、泉さんが振る舞ってくれたコーラを一口飲む。

コーラを一気飲みするなり、大原先生は

「ねーねースタジオ代だけどさぁ、友情割とかないの?あるよね?イズミンと俺、友達だよねー?」

突然スタジオ代の価格交渉を始めた。

いやそれ来ていきなりする話じゃなくない?

「あるわけねぇだろ、友情をなんだと思ってんだお前」

「そこをなんとか!俺今金ないんだってー、マジ!マジだって!みる?俺の通帳、マジで預金残高三桁だから!」

「金もねぇのにお前は一体何しにスタジオに来たんだよ」

同感。

「じゃあイズミン、よく考えてみて。ここにいるのは、たった2人の小学生。練習場所を追い出されて、今ちょー途方に暮れてるんだよ。

そんな時に、しかも子供相手にさぁ、金取るとか大人気おとなげなくない?」

「スタジオ代を25歳の立派な大人が値切る方が大人気ないだろうが」

「将来ビッグになるかもしれないのに?

東京ドームでライヴやるような超一流のバンドになるかもしれないのに?」

「東京ドームとスタジオ代は関係ねぇだろ」


「とにかく。ウチは一切価格交渉には応じてません」

そう言って泉さんはカウンターにドン!と一枚の板を立てた。

「これが価格表。三十分八百円。一時間なら千二百円。それ以降は一時間刻み。今でも十分破格の値段設定なのに、これ以上安くしたらいよいよウチ潰れちまうよ」

「イズミン、”破格”とか無理して難しい言葉使わなくていいんだよ?」

「………なぁマジでお前何しに来たの?」

カウンター越しに交わされる、アフロ頭とミルクティー男の不毛なやりとり。

コーラを早々に飲み干した近藤は、そんな会話に飽き飽きしたのか


「泉さんとさぁ、大原先生っていつから友達なの?」


と突然口を挟んだ。


「高校時代からだな!軽コンっつーバンドコンテストで初対面だよね、イズミン?」

「同じ学校だったとかではなく?」

「あー学校は違ったな。俺は藍美高校っつー普通の公立校で、大原は白仙出身だ」

え、と私と近藤の声がまたもや重なる。


「大原先生って白仙学園出身なの!?」


「え何、お前ら知らなかったの?」

なぜか泉さんは驚いていた。そして、「初等部から高等部までがっつり白仙だったよな?」と大原先生に話を振った。


「う、うん。まあ、ね」


私は内心かなりびっくりした。

だって白仙の中等部・高等部といえば、国内トップの学力を誇る超進学校、超エリート学校だ。

それこそ偏差値を言えば軽く八十は超えていたはず。

とてもじゃないけど常人が行ける学校ではない。


「びっくりするだろ、この馬鹿が白仙出身だって」

「馬、馬鹿って」

泉さんはニヒヒ、と笑って続けた。

「しかもなぁ、コイツ白仙にいた頃は超天s」

「イ、イズミン!もう俺の昔の話はいいでしょー!誰も興味ないって!」

白仙学園の話題になってから歯切れの悪かった大原先生が、慌てて泉さんの言葉を遮った。

「俺、気になります!大原先生の過去!」

「オイ伊吹ィ、余計なこと言うな!」

「んじゃあ、後で教えたる」

「え、イズミン!?俺ら、友達だよね!?」

「大原、お前は自分の過去話されたくなかったらちゃんとスタジオ代払うことだな」

「ぐぬ………!」

すっかり手のひらの上で転がされている大原先生。

それを見て泉さんはにひひ、と笑みをこぼした。


スタジオは一階がロビー兼泉さんの住居、二階・三階がスタジオ・四階は楽器倉庫兼泉さんのCDコレクション倉庫の四階建てになっているらしい。加えて地下にはミニライブハウスも備えていて、たまに駆け出しバンドマン達がライブを演りに来るんだ、と泉さんは言った。

カンカン、と音を立てながら建物内の螺旋階段で二階のスタジオを目指す。

階段の脇についた蛍光灯が、バチバチと瞬きをする様に私達を照らしていた。

ズゴッと音を立ててコーラを吸い込んだ近藤が、「なぁ小川」と私に話しかけてきた。


「泉さんめっちゃ良い人じゃね?最初アフロだやばそーって思ってたけど、なんだかんだでドリンクバー無料にしてくれたし」

「………まぁ悪い人ではないんじゃない」


泉さんは大原先生以上に見た目が強烈だった。

ガタイが良くて色黒な上に、身につけているアクセサリーがごついったらなんの。

しかも髪色含め色素薄い系の大原先生と並ぶと、余計にそのゴツさが際立つのだ。

近藤の言葉を聞いて、んふ、と大原先生が笑みをこぼした。

「………イズミンはねー、昔っからあんな感じなんだよ。見た目ヤバいし口も悪いけど、最後はなんだかんだで優しいんだよね」


こうして私達軽音楽部は記念館ライヴに向けて、今度こそ本格的に動き出した。

パートは近藤がヴォーカル・ギター、私がベースだ。近藤はこれを聞いて「えぇ!?小川がギター弾くんじゃねぇの!?」と何故かがっかりしていたが、私がギターをやるとなると、もう1人ベースを弾ける部員を連れてこなくてはいけない。ベースはバンドの要であり、目立たないパートだが、大原先生曰く、


「居ると分からない。居なくなると分かる」


パートだそうだ。

ただでさえ二人しか集まっていないのに、これ以上人集めに時間を割くのは勿体無いと考えた。


ギターほど練習はしていないが、私は一応ベースも弾ける。まさかこんなとこでこのスキルが光るとは思っていなかったけど。


二人ともそこそこ楽器が弾けるので、とっとと曲を決めて練習を始めよう、ということでまずは曲決め。初心者バンドでもやりやすく、かつ聞き映えのする曲を大原先生がピックアップしてきてくれた。

二人で二日間話し合い、決めたのは………


MONGOL800の

【あなたに】と

【小さな恋のうた】


二曲とも超ど定番曲だが、みんなも知ってる曲の方が盛り上がる。


こうして大してもめることもなく曲極めは終わり、次はいよいよ練習。個人で譜読みし、近藤は大原先生に、発声法などヴォーカルとしての基礎基本を徹底的に習っていた。

これまたびっくりしたのが、大原先生の知識量がハンパないこと。

普段は低い語彙力全開で会話する大原先生が、軽音楽部の練習時だけ人が変わったように、細かく、かつ的確なアドバイスを連発してきた。とにかく時間がないので、付け焼き刃的にバンドヴォーカルの基礎を習っていた近藤の上達の速さを見れば、大原先生の指導の効き目は一目瞭然だった。


私や近藤がどんなにひどいミスをしでかしても、大原先生は絶対に怒らないし、もちろん怒鳴ったりもしない。

その代わり、ミスしたところは根気強く徹底的に練習させる。いくらやっても同じところでミスる近藤が、悔しさを抑えきれずに涙を溢した時でさえ、大原先生は練習を終わりにしなかった。

その狂気じみた気迫に押され、私たちも朝に夜にと練習にいそしんだのだった。


一番の問題は、とにかく練習場所がないことだった。

学校内では練習できない。かといって毎日泉さんのとこに行っていたのでは大原先生の財布の中身が蒸発してしまう。そこで私たちが練習場所として選んだのは近所の公民館だった。

市が経営する公民館には、多目的ホール、と言う名の、予約さえすれば五時間まで自由に使える部屋がある。

毎日独占するのはさすがに気がひけるので、毎日違う公民館の多目的ホールを利用することにした。


また、意外な方向から救いの手が差し伸べられるときもあった。

蒼井先生。そう、なにかと大原先生に巻き込まれがちなあの蒼井先生だ。

蒼井先生は「情報棟管理主任」という特殊な役職についていて、授業以外では滅多に児童が踏み入ることのない情報棟の管理者だった。


「視聴覚室なら授業時間帯以外は基本的に人がいないから、練習したいなら自由に使って良いよ」

蒼井先生はその権力?を最大限に行使して、練習場所を提供してくれたのだ。


強靭な向かい風を追い風にかえて、私と近藤は一心不乱に練習した。

ただあと一つ、大きな問題が残っている。


部員があと一人、足りないのだ。


「失礼しゃーす」


四月の最終日。大原先生が珍しく六年二組に現れた。机に突っ伏して爆睡していた近藤が、条件反射で「ふごっ!?」と言いながら飛び起きた。


来たな。


私は大原先生と目配せする。

次の瞬間、大原先生の馬鹿でか声が六年二組を貫いた。


「栗原くん、栗原明石くーん!大原先生のとこに集合ー!」

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