9曲目 隣人とは仲良くしよう


白百合統記念会館とは、我らが白仙学園の創立者である白百合統しらゆりみつるを称えて学園内に建てられた大きなホールのことである。

白仙学園関連の式典は漏れなくここで行われるし、うっかり宇都宮市が経営している総合文化ホールよりも大きいキャパシティで作られてしまったため、市や県関連の大規模なイベントもよく開催されている。


さらに最近では民間企業への貸し出しや、ホールをアリーナ仕様に変えて運動部の市大会・県大会の会場として活用するなどその活用の幅が徐々に広がってきているらしい。

どちらにせよ言えるのは、


「駆け出しの軽音楽部が勢いに任せてライヴをやる場所ではない」


ということだ。


「だぁかぁらぁ!俺はあんなでかいホールで歌いたくないって言ってんの!!」

「俺に言われても困るんだけど………」

「オイ伊吹ィ!蒼井先生をいじめるな!」

「はぁ!?つか元凶は勝手にライヴとかほざいたあんただろうがぁ!」


時は放課後。

【軽音楽部(仮)】の札が下がった音楽準備室には、私………小川光と近藤、大原先生と蒼井先生の4人が部屋の中央に並べられた四つの机を挟んで向かい合っていた。


明らかに蒼井先生は大原先生に巻き込まれているだけなのだが、当の本人はさっきからぼーっと窓の外のカラスを見つめているあたり、今の状況をあまり気にしてないようである。


穏やかな(?)蒼井先生とは対照的に、近藤は鼻息荒く「つか何で急にライヴに話が飛ぶんだよ!」と叫んだ。


大原先生がしたり顔で説明する。

「だから今言ったじゃん、軽音楽部を作るには全校児童の過半数の賛成が必要なんだって。倉本っつークソジジイがさー、なんか軽音楽部嫌いみたいで勝手に創部条件追加しやがったんだよ」


「倉本っつークソジジイ」とは、白仙学園初等部の倉本宗治くらもとそうじ先生のことだ。初等部の教員ではあるけども、白仙学園の組織そのものとの関わりが深いらしく、初等部内ではかなりの地位と権力を持った先生だ………と、今私の目の前にいる蒼井先生がひっそりと耳打ちしてきた。あ、この人、一応話は聞いていたのか。


「で、過半数の賛成ってことは、要は選挙じゃん。でもただ『はい軽音楽部創部に賛成の人、手ーあげて!』じゃ、みんな訳わからんじゃん。そもそもお前らが特殊なだけで、小学生で軽音楽がなんたるか、なんて知ってる奴いないのよ。そこでだ!」


大原先生はバン!と机を叩いた。


「でっけぇホール使って、バーンと一発ライヴをぶちかます!ジャンジャンギター弾きまくって、歌い散らす!それを聴いた全校児童は、『おお!軽音楽部すげー!』ってなって、『生の音楽ってこんなに感動するのか!これは軽音楽部作るしかないっしょ!』っつー雰囲気になる!したら過半数なんて秒よ秒!」


相変わらず語彙力が破壊的だが、なんとなく大原先生の考えはわかった。

そのライヴにわざわざ記念館を使う必要性は最後までわからなかったけど。


近藤はしばらくゴニョゴニョと文句を垂れていたが、ついに諦めたのかしばらくすると静かになった。


「っていうか謎だったんですけど」

突然、蒼井先生が口を開いた。


「あの記念館、どうやって借りたんです?

あれ結構金かかりますよね、借りるの。あと、一般人が借りる時すげえめんどくさい手続き踏むって聞いたんですけど」

「勘違いしてもらっちゃ困りますよ蒼井先生。

俺は一般人じゃない。由緒正しき白仙学園の教員だ!」

「いや、そういうことじゃなくて………しかもあなた、昔白仙学園で問題起こしてt………ふごぉっ」


昔?

私がそう言おうとしたのと、大原先生が蒼井先生の口にすもももちを突っ込むのが同時だった。


大原先生は笑っていた。

でも、そのニタリという貼り付けたような笑顔に、今は少しだけ影がさしていた。


「………大人の事情を、わざわざ児童の前で持ち出さないでくださいな」


「ふ、ふひはへ………」

蒼井先生がふごふごと謝る。


大原先生の………昔?


「あー!大原先生それ、駄菓子屋のすもももちじゃん!蒼井先生だけずるい!」


なんだか不穏になりかけた空気を、近藤の馬鹿でか声が一気にかき乱した。

それを合図に、大原先生は声をいつものトーンに戻すと


「そーでーす!駄菓子屋セキエイの限定駄菓子、すもももち!もちろん、お前らの分もあるぜ!」


じゃん!とジャージのポケットからすもももちを三つとりだした。


とりあえず、目先の記念館ライヴに向けて動き出した私達白仙学園初等部軽音楽部。

色々と問題は山積みなのだが、一番問題になったのは意外にも練習場所だった。

防音設備があり、どの部活も使っていないという理由で軽音楽部の部室に選ばれた音楽準備室。

だがそこで、先日、近藤がミスチルの【Tomorrow never knows】を気持ちよく歌っている時に事件は起こった。


「ここはカラオケじゃなーーいっ!」


突然なんの脈絡もなく、一人の女が音楽準備室の扉を破壊せんばかりの勢いで乗り込んできたのだ。

肩につくくらいのボブカット。

気の強そうな二重の大きな瞳。

その瞳を強調するように位置する太い眉。

はぁはぁと息を荒くする彼女が誰か、なんて尋ねるまでもない。

彼女の名前は佐藤香奈子さとうかなこ。言わずと知れた管弦楽部の部長であった。


「あ、軽音楽部の入部希望の方ですか?」

「はぁ!?ちっがうわよ!それよりあんた達、音楽室に音漏れすぎなんだけど!!」


佐藤さんが言うにはこうだ。

管弦楽部は音楽室準備室の隣、第一音楽室にて毎日放課後練習している。

それが今日、軽音楽部がずっとジャカジャカ弾いていてうるさい、とのこと。


「いや、どー考えてもお前らのギコギコの方がうるさいだろ」

「ギコギコじゃない、ヴァイオリンよ!ったく、たかがギター弾きが偉そうに!」

「ああ!?ちょっとヴァイオリン弾けるからってちょーし乗んじゃねーぞ!ギターの方が弾くの難しいしー」

「いーや、ヴァイオリンの方が難しいわ。フレットがないもの」

「いーや、ギターだね。たった四弦しかない楽器が偉そうに言うなや」


佐藤さんと近藤の話(口喧嘩)の主要な部分だけを抜粋してまとめるとこうだ。

管弦楽部は沢山の楽器を使うため、今はパート練習といって楽器ごとに別々の部屋で練習しているそうだ。

そして今、隣の第一音楽室で練習しているのはヴァイオリンパート。

防音設備を突き破って響いてくる近藤のエレキギターの音に気を取られるせいで練習が滞っていると、管弦楽部員達から苦情が殺到したらしい。

たしかに、今近藤はアンプのボリュームをMAXにして自前のエレキギターを弾き鳴らしている。管弦楽部の音量に負けないようにということらしいが、生で聴いたら相当な音量なはずだ。ちなみに私は始めから耳栓を決め込んでいたので、正確な音量の把握はできていなかった。


「………わかった。近藤、ちょっと音量落とそう」

ちぇ、とあごを突き出す近藤を無視して、私はアンプのボリュームを絞った。

これで一見落着………

と思ったんだけど。


近藤とくだらない口喧嘩を繰り広げた佐藤さんが去ったあと、


「………失礼します」


今度は「倉本っつークソジジイ」こと倉本先生が来室した。

「おお、生のクソジジイ………ふごっ」

余計な口ばかり叩く近藤の口を、大原先生からもらったすもももちで塞ぐ。

今度はなんだ。

なんか嫌な予感しかしないんですけど。

ひょろっとした長身の倉本先生は、疑わしそうにぐるりと準備室内を見渡した後、


「困りますね、勝手に使われては」


衝撃の一言を口にした。

私は気を取り直して反論する。


「勝手じゃないです。ちゃんと大原先生に許可もらいました。ここは軽音楽部の部室です」


その名前を聞いた瞬間、倉本先生の眉がピクっとはねた。


「………大原先生には話したはずなんですがね、“音楽室準備室を部室にするのは構わないですが、それはあくまでも軽音楽部が正式にできてから、の話ですよ“と」


忌々しそうに話す倉本先生。

近藤が「………つまり、うちは、まだ俺らは使えない、と?」恐る恐るといった感じで尋ねる。

倉本先生は大袈裟なほど大きく頷いた。

「そういうことです。練習なら、他のところでやってください」


「まぁじ!?うっわ、そーだわ言われてたわー、なんか使っちゃいけないって言われたわ、うん!ゴメン忘れてた!」

音楽室準備室を追われた私達は、仕方なく職員室へと向かった。

私達がどれだけひどい扱いを受けたかを説明しても、「じゃー他んとこ探すしかないわなー」と大原先生はあくまで楽観的だ。


この人マジで何考えてんだろ。

軽音楽部作る気あんのかな?


「他んとこ、つったってまた音がうるせぇーって言われて追い出される未来しか見えねぇよ、俺」

渾身のミスチルを佐藤さんに「うるさい」と一蹴された近藤は声に元気がない。

「ふっふっふー、頭を使いなさいよ、頭を。校内で練習して文句言われんなら校外で練習すりゃあいいんだ」

大原先生が謎に自信有り気に笑った。

またこの人は何を言い出んだ………

「俺の友達がさ、この学校の近くでスタジオ経営してんの。そだ!今日まだ時間あっからさ、ちょっくら行ってそこで練習してみない?」

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