8曲目 顔だけ美人

「はぁ?だから調子のってんじゃないわよ。そうやって自分は他人とはちがいますー、みたいな人を見下した態度が気に触るって言ってんの」


「花園サンよく私のこと見てるじゃん。もしかして私のこと好きなの?」


「もしかして小川サンって見かけによらず結構馬鹿?そのまんまだとホントに顔だけ美人になるわよ?」


「美人?それ、褒め言葉だよね?ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいわ」


「そういうのがムカつくんだけど」


ただいま、放課後。

場所は白仙学園初等部校舎の東棟の三階、六年二組の教室。

二組女子のカーストトップ(俺調べ)の花園由香さんと、学園一のブラック女(俺調べ)小川光さんが、

何やらメンチを切り合っております。


………いや、女子の喧嘩(?)、こっわ!!

何これ、廊下はむせるほどの春の匂いに満ちてるってのに、教室の中はまるで南極の昭和基地並みに寒風吹き荒れてんですけど!

俺は廊下の壁に背をつけて中の会話を盗み聞しつつ、ぶるぶると震え上がっていた。

恐る恐るドアの隙間から中を覗き見る。 


傾き始めた夕陽をバックに、クラスの女子の中で一番背の高い小川が、クラスの中で五番目くらいに背の小さい花園と睨み合っていた。

もうちょっと詳しく言えば、睨んでいるのは花園だけで小川の表情筋はぴくりとも動いていない………ってこのくだり前やったな。


花園の後ろには、道宮や田中などクラスの中心的ポジションに立つ女子5名が手持ち無沙汰そうに棒立ちしている。

いや君たち何しに来たの。

絶対花園に無理やり付き合わされてるパターンだよ。

対して小川の後ろには誰もいない。

六対一………なんだこの状況、いじめか?ただのけんかか?

ってかこいつら仲悪かったのか。

普段自分のことで手一杯でクラスの人間関係を全く知らない俺には、今の状況が何を意味しているのかが全くわからない。


「ってか軽音部?だっけ?部員集まってんの?」


俺がそうこうしてるうちに、花園がなんと軽音楽部の話を持ち出してきた。

タ、タイムリー!!

そう、俺こと近藤伊吹こそが、昨日小川に乗せられるままに音楽準備室でイノセントワールドを熱唱し、あげくの果てに泣いた、とんだ泣き虫野郎な2人目の軽音楽部員だ。


「集まってなさそうだよね、見た感じ。そんなんで活動できんの?」


「なに、そんなに軽音楽部のこと気になる?もしかして入部希望?」


「は?入るわけないでしょ。あんな胡散臭い部活」


「入部希望ならこっちからお断りかな。花園サンみたいな人が入っちゃうとさ、空気壊れちゃうから。あ、別に悪い意味じゃないよ?」


なんだこの状況。口喧嘩とも言えぬ、なんつーかな、煽り玉的なのをお互いに暴投しまくってるような………

俺がそうこう考えてるうちに、花園が突然煽り玉から手榴弾に持ち替えて小川に向かって投げつけた。

フフン、と鼻で笑う花園。 


「小川サンさぁ、あんた陰でなんで呼ばれてるか知ってる?」


そのとき、嫌な予感が胸をかすめた。

あ、これはやばいやつ。

教室では花園が相変わらずにやぁ、と笑ったまま小川を見ていた。

思わず教室のドアに手をかける。


この言葉を聞いたら、小川は絶対に傷つく、気がする。

なんとなく、そんな気がする!

止めなくては。

だけど。

俺が扉を引くのより、花園が笑って吐き捨てる方が先だった。


「男好き、だって」


「………」


「軽音楽部に男しか誘ってないんでしょ。しかもそのうちの一人が栗原くん。うちのクラス一のイケメン。ちょっと自分が可愛いからってさ、調子乗らないほうがいいよ」


小川が急に黙り込んだことをいいことに、花園はここぞとばかりに畳み掛ける。


「どうせ栗原くんの優しさを利用したんでしょ。栗原くんは人に頼まれたら断ったりできないタイプだもんね。でもそういうの利用するって、はっきり言って最低じゃない?」


そうか、部活を作るには部員が三人必要だった。

俺、小川。そして後一人は。

栗原明石。小川は俺の他に、あのお節介野郎も誘っていたんだ。

まあ分かるよ。事実明石イケメンだしな。女子人気高いし、そんな明石を堂々と誘っちゃう小川を目障りに思う花園の気持ちも、わからなくはないよ。 


でも、小川は明石の優しさを利用したわけじゃない。

顔が良いから軽音楽部に誘ったわけじゃない。

もちろん、男好きでもない。


“あんたの手はね、ギタリストなの“


多分、昨日の流れから考えると………

明石あいつはなんかしらの楽器ができるから、軽音楽部に誘われたんだ。

そう、小川って実は結構単純な奴なんだよ。

顔とか人望だとか性格だとかそういうの全部ガン無視で、ただ楽器が弾けるか否か、で判断して軽音楽部に入れる奴を誘ってる。

そいつが例え、俺みたいな誰からも好かれない、いじめられっ子だったとしてもな!!


昨日までの俺なら見過ごしただろう。

だけど、今日はもう「ただのクラスメイト」じゃないから。

同じ軽音楽部員として、仲間を傷つけた奴をほっとくなんてできねぇのよ。


花園、かくご!

と俺が教室のドアを思いっきり引いた、その時。


「ねぇ由香!もうやめよう!!」


一つの絶叫が六年二組を貫いた。

教室内の残り六人の目線が一斉にそいつに向く。

そしてまたもや小川救出に失敗した俺。

つか、今の声、誰だ………?


「………なに、サク。やめるって、何を?」 

花園が斜め左後ろを睨んだ………その先にいたのは、青い顔をして、制服のスカートをギュッと握り締めた………石川桜花いしかわさくらだった。

石川が顔を上げてキッと花園を睨む。


「ごめん、由香。私、もう由香に付き合えない。もう人の悪口言いたくない。人の物隠したりしたくない。人の不幸を見て笑いたくないの!!だからこれ以上、小川さんの、わ、わ、悪口言わないでっ!!」


女子とは本当にわからない生き物だ。

突然そう絶叫した石川は、ドアが外れんばかりの勢いで教室を飛び出し、元運動部の俺も目を見張るほどの猛スピードで廊下を駆けていった。


「じゃあ近藤はずっと、廊下で私達の話を盗み聞きしてわけ」


「盗み聞きとは人聞きの悪い。俺は忘れ物を教室に取りにきたんだよ!なのにお前らが喧嘩してるから!」


石川の絶叫により強制終了、となった小川vs花園連合の喧嘩。

ちょっと遅くなってしまったが、俺らは部室(仮)の音楽準備室へと向かっていた。

放課後の芸術棟は、管弦楽部や合唱部の音色で常に入り乱れている。俺はその間を縫って、俺を置いてずんずん前に進んでいく小川の背中を追いかけた。

はぁ………コイツ歩くのはっや。

ていうか。


“これ以上、人の悪口言いたくない!“


石川って、ああいう風に大声出したりするんだ。

俺の石川桜良のイメージは、派手な花園連合に加盟していながら、昼休みは一人静かに自由帳にイラストなんかを描いている女子。

花園達のくだらない話にいちいち相槌を打ったり、大して面白くない話でも笑ってあげるような、そんな奴だと思っていた。


よく言えば空気の読める、悪く言えば意思表示の薄い、もっと簡単に言えば小川と正反対のタイプ………じゃなかったんだな。


「おい小川」

「………なに」

「石川がさ、さっき言ってた“物を隠したり“ってアレ、小川の物こと?」

彼女が少し歩調を緩めた。

「お前、花園達に何されてんの?」

最初はただの口喧嘩だと思っていた。

けど、石川のあの発言からするに、花園は小川に何か危害を加えてるのでは………

もっともっと言えば、俺のようにいじめられているのでは………

「………さぁね」

走って小川に追いつく。

彼女の横顔を盗み見たけど、相変わらず無表情だ。何を考えてるのかも、何を隠してるかもわからない。

本当、小川ってわからない奴だ。

………まあ、これから知ればいいか。


そうこうしてるうちに音楽準備室にたどり着いた。

「おーはらせんせーい、すいまそん、遅れましたー………ってあれ」

昨日より30分遅れで音楽準備室に入室した俺たち。だが、そこに大原先生はいなかった。

そのかわり。


「あー………やっと、来た」


ふわっとした天然パーマ。

眠たげな二重の瞳。重たげなまつ毛。

ほんのりタバコ臭さが残る準備室の真ん中で、一つの人影が振り向いた。


「………大原先生、ついに髪の毛の色、黒に戻したんですね。そっちの方がいいと思います」

「いやちげぇよ小川!よく見ろ、大原先生じゃねぇよ!大原先生要素1ミリもねぇだろが!」

俺の渾身のツッコミに、小川は思い出すように顎に手を当てたまま、 


「………蒼井先生、ですか?」


探るように彼………蒼井優介あおいゆうすけ先生に問いかけた。


蒼井先生は肩をすくめて答えた。

「正解。今日大原先生は出掛けるってんで、代わりに俺がコレを伝えに来たんだ」


蒼井先生が差し出した一枚のA4プリント。


【☆初等部軽音楽部校内ライヴのお知らせ☆

日時 5月のどっか

場所 白百合統記念会館(高等部校舎東棟の隣でーーす)

みんな来てねー☆】


………ん??


蒼井先生が戸惑ったように首をかいた。

「大原先生から聞いたよ、軽音部ライヴやるんだって?しかも学園で一番大きなホール使って。お陰で初等部の職員室は大騒ぎ。なんせ記念会館ってそうそう借りられるものじゃなくてさ、色々めんどくさい手続き踏まなくちゃいけなくて」


「は、はぁあああああああ!?!?!?」


ライヴ、だとおぉおおおおおお!?!?


俺は蒼井先生から引きちぎる勢いで紙をふんだくった。

「いや聞いてねーよ!!何これ、エ!?何、なになになに俺らに何させる気なんだあの犯罪者!!」

「………やばい人に引っかかったな」

「ナニ、小川今頃気づいたの!?俺は元から怪しい人だと思ってたよ!!

つか、その様子だと小川も知らなかったんだな、ライヴがあるの?」

コクリと神妙に頷く小川。

「やっぱり。コレ、大原先生が一人で勝手に設定したのか」

俺の絶叫ぶりにひきつつ、半笑いで言う蒼井先生。


「………これは真面目に練習しなくちゃだね」


これには流石の小川も少々驚いたようだ。

けれど、顔には出さずとも、その言葉の語尾には少しの緊張と、大きな期待感が滲んでいた。

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