6曲目 いじめられっ子と軽音楽部
「んー簡潔に言うと。軽音楽部に入って、ってこと」
長い脚を組んでアコースティックギターをつまびいていた彼女………小川光はそう言った。
「は………はぁ!?軽音楽!?告白じゃねぇの!?」
思わず心の声まで漏れてしまう。
彼女は「ちょっと何言ってるかわからない」とばかりに首を傾げた。
「何その告白って。どこ情報よ」
俺の想像………いや妄想ですけど。
いやでも、
「流石にこのオチはねぇだろ………!」
俺の視界の隅では変質者改め大原先生が大爆笑していた。
「やべーっ、もしかして伊吹ちゃん、告白だと思ってココ来たの!?うーっわ、光っちまじ罪な女だわー!」
「勝手に告白だって勘違いする方が悪いんですよ」
「いや、誰だって机ん中に呼び出し状的なのあったら告白だって思うだろ!」
「そんなことはどうでもいいんだけどさ、」
おい話そらすな小川こんにゃろう!
「とにかく!」俺は小川が言葉を続ける前に慌てて言葉を挟んだ。
「軽音楽だか何だか知らんが俺は入らんからな!」
「ダメ。入って」
「あ、俺に決定権無い感じ?」
「無いね」
「クソパワハラ部活だな」
速報、小川光は意外とブラック。
「つか、軽音ってことは楽器弾けた方がいいんだろー?無理だよ俺楽器弾け」
「るよね」
「………え?」
「近藤、ギター弾けるでしょ」
その瞬間、俺は吹っ飛んだ。いやこれは比喩とかじゃなくてリアルに。そのまま音楽準備室の扉に衝突!
バコーン、という大袈裟な音に続いて背中に激痛が走る。
「痛っっでぇ!!」
「すげー音」大原先生が関心したように言った。「音楽準備室の扉の建て付けが悪いのってこういう奴がいるからなんだな」
慌てて背中をさする。痛てーなマジで………
………じゃなくて!
「お、お前!」
小川光を指差す。人に指差しちゃいけません…いつか誰かに言われた言葉が蘇るが、今は別!
誰にも言ったことない。誰も知っているはずがない。当たり前だ。
でも、何でコイツは………
「何でお前、俺がギター弾けるって知ってんの!?」
「………強いて言えば、手かな」
小川は椅子から立ち上がると、尻餅をついたまま腰が抜けたように(いやガチで抜けてるかもしれん)座り込む俺の前にしゃがんだ。
その鈍く澄んだ瞳の奥に、俺の間抜け面が映る。
「近藤の手はね、ギタリストなの。
見る人が見れば一発でわかると思うよ。
近藤の手は結構わかりやすい方。手が雄弁に語ってるよ、“俺は毎日、頑張ってギターを弾いています“って」
小川が俺の左手を引っ張る。
「私も正直びっくりしたんだ、最初見た時。近藤がギター弾くようなタイプに見えなくてさ。でも、頑張ってるんだね。それも相当本気で」
俺は何も言えなかった。
小川がそこまで俺のことを見ていることにびっくりしたのもそうだし………
“頑張ってるんだね“
久しぶりに聞いた言葉だったから。
「ねぇ、ちょっと歌わない?」
小川は俺を引っ張り上げて、言った。うわ俺だせぇ。女の子の手借りて立ち上がるとか、プライドが木っ端微塵。
「わざわざ今日ここにアンタを呼び出したのは、これを言うためじゃない。アンタに歌って欲しかったんだ」
「う、うたぁ?」
今度は何を言い出すんだコイツ………
「俺に一人カラオケ大会をしろとでも?」
「まぁそんなもん」
「どんなもん!?何の罰ゲームだよ!!」
こ、これは新手のいじめか?俺は高橋達だけじゃなく小川にもいじめられてるのか?
「どんな歌でもいいよ」
「嫌だよ!嫌に決まってるだろ!!恥晒しだわ!」
「近藤って好きなアーティストとかいる?」
「あー好きなアーティストねー強いて言えばミスチルかなー、じゃねぇのよ!ねぇ、小川サン話聞いて!?俺歌わない!歌いたくない!!」
「じゃあミスチルにしよっか。曲はどうしよう」
決定権だけじゃなくて拒否権もないのか、俺には!
いや、待て。
小川は今【平成ヒット曲100連発】とかいうめっちゃ分厚い本をめくっている。多分コード譜だ。その本の中から曲を選ぶつもりだろう。そして小川が俺から目を離してる、その隙に………
この部屋から、逃げる!
俺は後退りで素早く音楽準備室の扉に手をかけた。あばよ、小川。お前は一見隙が無さそうだが、意外と抜けてんな!
そう思い、俺が扉を引こうとした時。
「はーい伊吹ちゃん逃げないの!」
にゅ、っと伸びてきた大原先生の指が、俺の肩に食い込んだ。
「ぎゃあっつえ!?痛っあああ!!!肩、肩ぁぁぁぁあ!!」
俺はこの世の終わりのような声を出して絶叫。
なんつー力!つか、この人まだいたんだ!
俺らの会話に入ってこないからすっかり空気にでも溶けたのかと思っていた。
「大原せんせーナイスでーす」
「はーい光ちゃんはもっと感情込めてセリフ言おうねー」
逃げられないよ。
真顔でそんな風に圧をかけてくる小川を前に、俺は悟った。
ああ、俺はとんでもない奴に捕まってしまった、と。
★
五分後。
椅子に腰掛けた俺と小川は向かい合わせで睨みあっていた。
もうちょっと詳しく言えば、睨んでいるのは俺だけで、小川の表情筋はさっきからピクリとも動いてない。無表情すぎて怖いくらいだ。
「じゃあ私が
「………はい」
諦めたわけではない。いや諦めたけど。
でもここで無駄に抵抗したところで小川から逃げ切ることは多分できないだろうし、一曲歌って開放されるなら、とっとと当たり障りのない歌でも歌って逃げようと思っただけだ。
小川がすぅ、と息を吸ってピックを振り下ろした。
さあ、かかってこい小川。俺はもう逃げない。
いい感じに無難に歌って、はやくこの部屋から逃げ出してやる!
ギターの音色が溢れだす。
………その瞬間。俺の目の前の景色が、音楽準備室から夕方の海岸線へと
鮮やかに切り替わった。
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