5曲目 しーゆーあげいん?

いじめられるのはしょうがないと思ってた。

まぁ、半分以上自分のせいでいじめられてるようなもんだし。

たかが俺の人生、こんなもんでしょって思って今まで生きてきた。


だからさ、今更救われたいとも思ってなかったんだよ。


その日は朝っぱらから高橋たちがリンチを仕組んで来た。

うーわ、だる。

俺疲れてるんですけど。なんなら昨日の放課後もキミらにボッコボコにされた気がするんですけど。殴る側も疲れるでしょ。さすがにハードモードが過ぎない?

………なーんていじめられっ子の言い分が聞いてもらえるはずもなく。


「キメェんだよおまえ、死ね」


高橋のその一言から始まったその日のリンチは、思った以上に体力を消耗した。

薄れゆく意識の中で、ぼーっと考える。

痛いとか、苦しいとか、辛いとか。

それら全てが、遠い世界のように感じる。


俺、このまま、死ぬ?


死んでみる?


なんか、今なら死ねそうじゃね?


目ぇつぶってさ、眠りにつくみたいなテンションでやりゃあいけんじゃね?

お、なんかいける気がしてきたぞ。

俺が死んだら、悲しんでくれる人はいるのかな。

ふと考える。友達はいない。なら、親は?飛鳥は?

………泣いてくれる?

いや、そんなのもどうでも良いや。

たった十二年。短い人生だった。

死ぬなよ、なんて生きている人に言われても響かない。

生きる意味がないなら、死ぬしかないじゃないか。


さらば、ロクでもない俺の人生。


諦め、というか腹をくくった(?)俺がゆっくり目をつぶろうとした、その時だ。

明石あいつが来たのは。


「お前ら、かくごおおおおおおおお!!!」


彼に対する俺の第一印象は、もちろん「馬鹿」。


え、なに?


「はいっ、そこまでーっ!!!」


俺と高橋の間に割り込んできたそいつは、なんかよくわからない台詞を吐きながら力一杯俺の手を引いた。

状況が理解できなくて頭が混乱する。

は?なに、今こいつ………


俺のこと、庇った?


つか、俺、死に損ねたじゃん。

俺を庇った彼と目が合う。

俺の中の何かを見透かしたように、そいつは笑った。


「一緒に保健室行こう!」


彼………栗原明石はそう言った。

………

「いやちょい待ち。お前誰?え?同じクラス?」

なんかさっきから当たり前のようにコイツ俺の手を引いて歩いてるけど、お前誰? 


「痣はすぐ冷やさないと。悪化しちゃうからね!」

「いや質問に答えろし!何お前、急に出てきて誰だよ一体!」

「え!?俺のこと知らない?嘘、毎朝顔合わせてるのに!?」


話を聞くと、コイツは俺と同じ六年二組の奴で、学級委員長だった。

白仙学園初等部の学級委員は担任からの推薦で決まるから、学級委員やるようなやつって大抵成績優秀+先生ウケの良いやつが多い。

はあ………だからさっき俺を庇ったのか。

納得。「いじめられっ子を庇った」って先生に媚び売るのにちょうどいい材料だもんな。


俺にとっちゃ良い迷惑だけど。

俺は慌てて手を振り解いた。


「あーじゃあもういいよ、俺自分で保健室行くから。とっとと教室帰れよ、お前学級委員なら授業遅刻すんのやばいんじゃね?」


お願いだからほっといてくれ。


「俺はダイジョーブだから」

そういう念も込めて言ったつもり、なんだけど………。


「どこが?」

栗原はそれまでの笑顔を急に引っ込めると、真顔で俺の頭から足までをじっくり見た。

「そんなに怪我してて大丈夫なわけないじゃん」 


………は?


何コイツ、素の性格がコレなの?

ギゼンシャ、という覚えたての言葉が頭の中を駆け巡る。

「行こ。授業なんてどうでもいいから」

栗原の真顔の圧に押された結果、俺は彼に連れられてしぶしぶ保健室へと向かった。


………その時からだ、明石(苗字で呼ぶと何故か彼が「友達なのに他人みたい!ヤダ!」と怒るので、名前で呼ぶことにした)は事あるごとに俺を気にかけてくれるようになった。


俺の机がベランダに捨てられていたらそれを拾って元の位置に戻しておいてくれたり、集団リンチに遭ったらなんかどこからか現れて「いい加減にしろよ!」と何故か一人でブチギレたり。

ご丁寧に、担任の郡司先生にいじめをチクってみたり。


「お前、最近オトモダチできたみてぇじゃん。良かったな」 


先生にチクられたことによって多分なんらかのお説教を受けた高橋たちに、八つ当たりを兼ねたリンチを仕掛けられたのはまた別の話だ。


多分あいつは頭が悪いんだ。

いじめっ子を庇ったらどうなるかなんて考えてさえもいないだろう。

ただ、その曇りのない正義感を、俺は少し羨ましいと感じる。


俺にとっちゃ明らかに余計なお世話だったけれど、ふとした時に話しかけてもらえる相手ができたことを嬉しく思う自分もいた。

ほら、俺基本的に友達居ないからさ。

「おはよう!」朝教室に入って真っ先にその言葉をかけてくれる相手がいるってだけで、学校に行く足取りがちょっと軽くなったりするんだ。



【放課後、音楽準備室に来てください。

 光より】


明石とつるむようになって3日くらい経ったある日ある朝、俺の机の中にこんな手紙が仕込まれていた。

レモン色の女の子ものの付箋紙に、整った文字。


………ひかる………?


ん!?ウチのクラスの小川光!?


「よっ伊吹おっはよー!」

「わぉっファッ!?!?」

「えっそんな驚く?つか何その紙?見せてー!」

驚いて振り向くと、明石が満面の笑みで何それー!とメモ帳を覗き込もうとしていた。

「わーっ!!!ストップストップ!!なんでもない、ただのメモ!!」

「ほんとー?」

あっぶねー。俺は慌ててそのメモ帳を制服の胸ポケットにしまった。こういう時制服って便利便利。


「元気の塊」みたいな明石が去った後、俺はもう一度そのメモ帳を見つめた。

これは、自意識過剰………ではないな、うん。

この書き方はアレだ、客観的に見てもアレしかない。

人生初、女子からの告白………!!

やばいやばい。心臓バクバクしてきた。この俺にもついに、ついにモテ期が………!!


やはり明石に見せなくて正解だ。

あいつはなんかよくわからないけど顔の作りが良い&あの性格のどストレートさが好かれて、よく校舎裏や中庭に呼び出されたりしている。

嫉妬じゃねぇよ?いや、ほんとに明石は周りがドン引きするくらい優しい奴だから、なんとなくモテる理由もわかる。

嫉妬じゃねぇよ?妬んでなんかいないもんね。


でも、だからこそ、この感動は自分のものにしておきたかった。いくら優しい明石でも俺のこの喜びはわかるまい。

しかも差出人があの小川!!

多分、ウチの学校で一番可愛いのは小川だ(俺調べ)。

モデル体型で、色白で、ぱっちりした瞳とキリッとした眉が可愛い、というよりかは美しいバランスを作り出している。

………いいだろう。いってやろう、音楽準備室。


俺はその日一日ニヤけるのを必死に堪え、授業終了の合図とともに一気に廊下に飛び出した。


鼻歌が止まらない。 

「♪ふんふんふふふんふんふふーん」

ミスチルの【シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜】を口ずさみながら芸術棟の階段を三つ飛ばしで駆け上がっていった。

授業終了直後で、まだ管弦楽部や合唱部の奴らは集まってないのだろう。閑散とした廊下に俺の足音が大げさなほど大きく響いた。

待ってろ小川!待ってろ俺の青春!!


走りながら音楽準備室のプレートを探す。


お、あったあった!音楽準備室!

急ブレーキをかけ、準備室の扉に手をかけた、その時。

俺は部屋の中に先客がいることに気がついた。

かすかに漏れる話し声。

音楽準備室からは小川らしき女子の声と、結構甲高い男子の声交互に聞こえてきた。


「お前ほんとにスピッツ好きだなー、なんか違う曲ねぇのかよ」


続いてジャララン、というアコースティックギターの音色。


「………じゃあ大原先生の好きなアーティストは」


「おお、よくぞ!聞いてくれました!俺の好きなアーティストはねぇ、知りたい?じゃあ3択クイーズ!」  


「あ、やっぱり大丈夫でs」


「デーレン、大原先生の好きなバンドは?

1、GLAY

2、L'Arc〜en〜Ciel

3、BUMP OF CHICKEN

さあーどれでShaw!」


声の相手は………男。

ん!?告白現場にすでに別の男がいる、てちょいやばくね!? 


「ちょ、ちょーっとまったああああyeh!!」


俺はドアが外れそうな勢いで力一杯ドアを開けた。これには俺の青春がかかってるんだ!人の告白現場にいるなんて最低な輩はどこの誰だ?誰でもいいが、俺の告白の邪魔をする奴はゆるさーん!!

って思ったんだけど。


「………え?」「………おーっと?」


中にいたのは、俺の知ってる小川光………と頭がミルクティーみたい(なんかチャラそう)な


………変質者だった。


「ひぇっ!?!?」

慌てて廊下の窓から外に向かって叫ぶ。

「けっけけけ警察!おまわりさーん!」

「あ、近藤来た」

「小川!呑気にギター爪弾いてないで逃げろ!その人多分危ない!!」

「おい誰が変質者だって??」

「誰も先生が変質者だなんて言ってないですよ」


突然スッと立ち上がった変質者(仮)がツカツカと俺に歩み寄る。

や、やば…今度こそ俺、死ぬ!!

思わず目をつぶる俺。

だけど、

「あ、これがお前の言ってた近藤伊吹!?」

変質者(仮)が俺の名札を見て嬉しそうに言った。

恐る恐る目を開ける。

ん?まて、一瞬変質者!!って思ったけどこの人、胸元に白仙学園の職員証つけてる。

っつーことは……… 初等部の先生? 


「待ってたぜ、軽音楽部二人目!」


その男の人は満面の笑みで俺の肩に腕を回した。

タ、タバコくせぇ。つか何コレ、どんな状況!?肩痛いんですけど!


「小川っ、どういうことこれ!?」

俺は奥でギターを爪弾く彼女に助けを求めた。

俺は一生忘れないだろう。


「んー、簡潔にいうと。軽音楽部に入って、ってこと」


小川のその言葉と、光に照らされて白く染まった、彼女の髪の色を。

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