第8話 尾行タイム
「あのはじめに、友達が一人もいないなんて、考えられないんだけど……」
会う度に違う友達を連れているイメージしかなかった。
しかもその友達が大小問わず、なにかしらの異能を持っているので、
毎回、厄介事にわたしも巻き込まれる。
そう、わたしの平穏を脅かしているのは、はじめではなく、周りにいる異能者の方なのだ。
はじめと二人きりの時は、はじめが鬱陶しいだけで、異能に困らされることもない。
異能者がはじめの近くにいなければ、少なくとも騒動は起きないのだから。
「はじめの人間関係を片っ端から壊しに過去にきたつもりだけど、そもそも、人間関係が作れていないとは思っていなかったな……。
これから、はじめの元に異能者が集まってくるのかもしれないけど……」
だとしたら、あまりはじめから目を離すのはよくないのかも。異能者がいつどこで接触してくるか分からない。せっかく過去まできたのに、同じ未来に繋がっては意味がない。
「よし、今日からは常に、はじめのすぐ傍にいよう!」
―― ――
昼休み、はじめがいつも通りに教室を出たので、わたしも追いかける。
「はどめちゃん、一緒にお喋りしよー!」
「ごめんなさいっ、今日は無理! というかしばらく無理!!」
構ってくれる凸凹コンビの二人を断り、わたしも教室を出る。
はじめに声をかけてもいいんだけど、わたしが一緒にいると異能者も声をかけづらいかもしれない。尻尾を出してくれないと阻止しようがないから、あえてわたしは声をかけない。
初日のようにはじめに気付かれる可能性もあるけど……わたしが欺きたいのは異能者であって、はじめじゃない。距離を取れば、ばれない、よね……?
もしばれても、声をかけられなければ、ばれていないのと同じ。
はじめが、立ち止まる。彼の真横を横切ったのは、一羽の蝶だ。
その蝶をじっと見つめるはじめが、くるりと振り返り、わたしは慌てて隠れる。
ゆっくりと顔を出すと、蝶を追ってはじめがくるくると回っていた。
……犬みたい。
すると、手を伸ばして蝶を掴もうとするけど、蝶が届かない位置まで飛んでしまう。
普通はそこで諦める。というか蝶がいたからって数分も追いかけないと思うけど……。
はじめはその一羽の蝶に、なぜか執心している。
しばらく、かれこれ十五分以上も。
もう、昼休みも終わる頃だ。
「まあ、元々、マイペースな人ではあるけど……」
すると、同じ場所をぐるぐる回っていた蝶が進路を変えた。窓の外に飛んでいく。
長く感じた時間もこれで終わる。
はじめもさすがに校庭に出てまで蝶を追いかけたりはしないだろうと思っていたら――、
窓枠に、足をかけた。
「っ、はぁ!?」
ここが四階だということも忘れて、そのまま蝶を掴もうと手を伸ばす。
彼がさらに踏み出した右足は、当然、床ではなく、空中を踏んで――、
「わっ」
すぐに走って、はじめの制服を掴む。伸ばした指がかろうじて引っかかってくれた。
男の子の体を引っ張る力なんてわたしには本来ないけど、咄嗟だったからか、はじめが一般的な男の子よりも軽いおかげか、校内に引き戻すことに成功した。
そのまま、はじめの背中を抱いて床に倒れる。
き、奇跡だ……っ、よくあの状況から、わたしだけで……っ。
「――なに考えてんの、バカなの!?」
はじめが驚いた様子もなく、むくりと起き上がる。
「落ちるつもりなんてなかったよ」
「いや、落ちてたよ! わたしがギリギリ間に合わなかったら、はじめは間違いなくあのまま落ちてたんだから!!」
「……そうかな?」
きょとんとした顔。
反射的に手が出そうになったのをなんとかこらえる。
こっちがどれだけ心配しているのか、分かってるのかなあっ!?
「あ。はどめ、そろそろ昼休みが終わるから戻ろうか」
「あんたがここで……ッ、もう、分かった。この温度差はわたしが疲れるだけね」
「??」
最後の最後まで、はじめは危機感を抱いた様子がなかった。
なんだか、違う意味でもはじめから目が離せなくなったよ……。
放っておいたら、うんと遠いところまでいってしまいそうな気がして――、
―― ――
「異能者が接触してくるのが学校とは限らないんだから、はじめの家まで尾行するのは当然だよね、うん」
放課後、ちょっとした罪悪感があったけど、わたしの時代で、はじめにからかわれた回数を考えると、これくらいのことをしても罰は当たらないと思うことにした。
尾行をすること二時間。はじめは家に帰ろうとしない。
近くの公園にいったり、橋の上から川を眺めていたり。
野良猫の後ろをついていって狭い細道や人の家の塀の上を歩いたり……。
わたし、なんでこんなことに付き合わされているのか、途中で忘れかけた。
はじめのことも見失うし……、はあ、もう今日は帰ろうかな……。
異能者が接触したところで、今のはじめと友達になれるとも思えない。
あの一貫した無表情は、なにを考えているのか、分かりづらい。
なにを考えているのか分からないというのは、かなり不気味に映るだろう。
元々面識があったわたし以外の人にとっては。
……なんだか、今日一日でどっと疲れた。
はじめから目を離さないことが、こんなにもしんどいことだったなんて。
こんなことを続けていたら、わたしの方が先に参ってしまいそうだ。
体力のこともあるけど、そろそろ帰らないと日も暮れてくる。
尾行している内に道に迷ってしまったし、早く引き上げないと暗い中で帰ることになる。
疲れで視線が下がっていた。
気合いを入れて視線を前向きにすると――、
はじめがいた。
しかも、偶然にも彼の家が目の前に見える。
咄嗟に電柱に隠れて、様子を窺う。
あとで道を確認して、ここがどこだか分かれば、はじめの家の位置も特定できる。
ふう、一日も頑張った結果が、こうして進展した形で出ると報われたって感じだ……!
扉に手をかけたはじめが、迷った末に、インターホンを押した。
……自分の家なのに? 表札も間違いなく、古代と書いてある。
すると、内側から扉が開いた。
姿を見せたのはエプロン姿の……金髪の……女の子……?
「おかりなさい、ハジメさん」
「ただいま、シャル」
「ハジメさんが大好きなカレー、たっくさん作っていますよー」
「……カレーは飽きないからいいよね」
「お風呂も沸いてますよー。ご飯とお風呂どっちにします?」
「先にお風呂に入る」
「はいでーす」
そんな会話を聞かされた後、扉が閉められた。
……誰。
あんな金髪外国人、未来のはじめの友達にいなかった!
しかも、はじめの家に、住んでっ、エプロンをつけて料理もお風呂も……っ!?
いつもは無表情なのに、今のはじめは、少しだけ、口元が緩んでた。
それが、もの凄く……すっごく、腹が立つ!!
「あの女、誰なのよ――っっ!?!?」
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