第7話 初めての異能

 彼女が親指で唇を拭い、ピザの脂を取る。


「あなたがはどめね。見た目は昔のはやりにそっくり。

 ただ内面は……読む必要がないってくらい、表にダダ漏れだけどね」


「え。それ、どういう……」


「はやりと違って分かりやすいってこと。はやりもあれはあれで分かりやすい性格をしてるけど、あれは心の深いところでなにを企んでいるか、分かったものじゃないからね。

 あたしの前では心を読まれてもいいように、テキトーなことを考える器用さがある。良かったわね、お母さんに似なくて。似てたら相当、これから性格が歪んでいたわよ」


 はじめの友達ってことは、お母さんの友達でもあるってことだけど、その友達にここまで言われるお母さんって……。


 そりゃ、あんな性格なら敵も作りやすいよね……。


「へえ、しのぶってば、そんなことを思っていたのね」


 背後。

 この声は、仕事にいっているはずの、お母さん……っ!?


 どうしてこの時間に、家に……っ。


 声を聞いた瞬間、隣にいた彼女の全身が、びくんっと跳ねた。

 お母さんへの苦手意識が、体に染み込んでいるらしい。


「な、なんではやりがここに…………――いや、違うな、あんたは……」


 気付けば、近くで酔い潰れていたもう一人の女性がいなくなっていた。


「……はやりに変身するなんて、悪趣味だっての……っ!」

「いやあ、からかいやすい二人が集まってたから、ついね」


 まばたき一回すると、お母さんの姿が消え、代わりに黒髪の女性になっていた。

 え? あれ!?


「……幻覚?」


 丸メガネの中の瞳が、わたしを見た。


「あんなクソ格下な異能と一緒にするなよ、

 わたしのは映像じゃなく、実体を書き換える異能なんだよこら」


 至近距離で睨まれ、言葉が出なくなる。

 清楚でおとなしそうな見た目をしているのに、口調が乱暴だった。


 わたしは今、からかわれてるの? それとも、絡まれてるの?


「まあまあ、ましろ、それくらいにしてあげなって」


「わたしの心を読んだならさ、口を挟んだってことは、そういうことだよな?」

「…………」


 ボーイッシュな女性が、ふい、とわたしたちから視線を逸らした。


「え、ちょっ――」

「はどめ。これも良い経験になるよ」


「異能者に慣れてはいても、こういう絡まれ方は普通に怖いんだけどっ!?」


 相手の視線から逃れるようにぎゅっと目を瞑っていると、


「やめろ、ましろ」


 離れたところからのはじめの一言。

 その一声で、わたしにかけられていたプレッシャーが、ふっと消えた。


 ゆっくりとまぶたを上げ、はじめに手を伸ばす。


「はじめぇ~っっ!!」


 こ、怖かったぁ!

 はじめの背後に隠れて、二人の女性を窺う。


 あの二人は、わたしの敵だ。

 片方は心を読むし、片方は乱暴に絡んでくるし。


 でも、そんな彼女たちもはじめの前では鎖に繋がれている。

 はじめの後ろにいれば、わたしに危害を加えることもできないはず――。


「勝手に人の獲物に手を出すな」

「……そっか、ごめん。ルールを破ったのはわたしの方だったわけね」


「そうだ。はどめをからかって遊んでいいのはおれだけだ。

 たとえましろでも、これは譲れない」


「そういうことなら、手は出さないようにする」

「まあ、おれが見てて楽しめるからかい方ならいいけどな」


 ……は?

 はじめ、なに言ってんの?


「相変わらず、素直じゃない人……」

「しのぶ」


「はいはい。別にばらしたりしないから。……内心で怖いこと言わないで」


 ……はじめも、心を読まれてるんだ。

 なんだか、ちょっと安心した。


 ―― ――


 その後、お母さんが帰ってきて、注意してくれると思ったら、そのまま宴会に合流した。お母さんが加わると、わたしへのからかいはさらに拍車がかかり、酔った異能者たちはわたしのプライバシーなど知ったことじゃないと言わんばかりに、侵攻してくる。


 主にお母さんが、わたしの小さい頃の話をべらべらと……っ!


「酒のつまみにはいいな」

「良くないよ! わたしのことばっかり――ああもう、がまんできない!!」


 堪えて、堪えて……でももう、がまんの限界だった。


「なに怒ってるのよ、はどめってばあ」


 お酒で顔を真っ赤にしたお母さんが、ばしばしとわたしの背中を叩いてくる。


「異能、を、持ってるからって……出し抜かれないと思ったら大間違いだからっ!!」


 そう捨てセリフを吐き、わたしは部屋を出て、一階のリビングへ。

 誰にも言っていない、わたしの秘密。


 これだけは、お母さんにも、はじめにも気付かれていない。

 怖くて使えなかった、わたしの異能。



「もう無理、もう堪えられない……っ、だったら、変えてやる! こんな日常がこれから先ずっと続くって言うなら、自分の手で平穏な日常を取り戻してやろうじゃないかっ!」



 背後に、足音。


「はどめ。そう怒らなくても――」

「はじめ。あんたのそのダメ人間さ、わたしがしっかりと更生させるからね!」


 今のはじめがもう手遅れなら、『今』でなければいい。


『過去』のはじめを、歪む前に、真っ直ぐになるように叩いてしまえばいい。


 異能者と関わり合いがあるから、わたしの日常が脅かされるのだ。

 だから、厄介な異能者との関係を、過去の時点で作らせなければ――、


 現在が変わってくれる。

 わたしの平穏が、守られるはずなのだ。


「過去で、待ってなさいよ」



 そしてわたしは、初めて異能で、タイムスリップをした。

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