エピソード:2/末来さん、赤面

第6話 はどめの世界

 家に帰ってくると、どんちゃん騒ぎがわたしの部屋から聞こえてくる。

 あいつら……っ! また窓全開で大騒ぎしてさあ……っっ!


 この前、徹夜で説教してやったのに、なんにも聞いていなかったの!? そう思うくらいに反省の色が見えない。


 もうしません、の言葉を今後一切、信用なんかしてやるもんか。


 すぐに玄関の扉を開ける。家族以外の靴はない。

 つまり、また屋根の上を渡って窓から無断でわたしの部屋に入ったのだ。


 鍵をかけても関係なく入ってくるなら、いっそ鉄格子でもつけてやろうか……っ。


 靴を脱ぎ、揃える余裕なんてあるはずもない。

 カバンも放り投げて、スロープを走って、二階へ。

 わたしの部屋の扉を勢いのまま、蹴破るようにして開ける。


「こらーっ!! またわたしの部屋で宴会してんじゃないわよっ、

 うるさくしてご近所から注意されるのはわたしなんだからね!?」


 部屋を見て、う、と思わず顔をしかめてしまう。

 酒、くさ……っ!?


「し、信じられない……っ、

 友達の娘の部屋で、なにお酒を飲んでるわけ!? はじめ!!」


「心配いらないよ、吐いたりしないから」


「はじめはそうでも、隣にいる人がずっと嘔吐いてるんだけど! 

 ちょ、ほんと、ベッドの上で吐くのは絶対にやめてよね!?」


 いや、どこだろうとダメなんだけど!


「そ、その人をこっちに――とりあえずトイレに案内してあげないと!!」


 体調が悪そうな、美形の男性の肩を借りて支える。


「うう……す、すまない……」


 わたしの頬を撫でる、男性のサラサラの髪質が羨ましい。

 イケメンがこんなに近くに……っ。


 でも、はじめの知り合いってことは、この人もきっとそうなんだろう。


「謝らなくていいので歩いてください」

「うぷ。待、早い。制御が利かなくなりそうだ……」


「もうちょっとがまんしてください! トイレまでは本当にお願いしますよ!?」

「あ、はどめー。それの介抱をするのはいいけど、見失うなよ?」


 はじめの意味不明なアドバイスは聞き流す。よく考えている余裕なんてこっちにはないのだ。

 それを分かっていながらわたしをからかうために言っているだけなのだ、きっと。


 スロープを下る。台車に乗せて手を離した方が早いだろうけど、それこそ彼にとっては、とどめになるだろう。だからゆっくりと、彼の歩幅に合わせて進む。


「この速度でだいじょう――」


 彼の顔色を窺おうとしたら、いなかった。

 いや、いる。


 肩を借りて支えているので、そこにいるって分かるのに、そこにいない。

 見えない。


 まるで、透明人間を支えているみたいに。


「……まるで、じゃない」


 この人……透明になる、異能を持ってるんだ……っ。


「はどめー。仮にそいつが吐いても、もしかしたら透明になるから分からないかもよ?」

「だからって吐いても良い理由にはならないから!!」


 ―― ――


「透明人間が吐いても、吐いたものは透明にならないからな?」

「……どっちでもいい。透明になってようがそこにあるって分かったら気持ち悪いし」


 部屋に戻ると、はじめがわたしに座布団を差し出す。

 自分の横に置いてぽんぽんと叩いた。……はいはい、座れってことね。


 気付くと、流れる作業ではじめのコップにお酒を注いでいた……はっ!?

 染みついた癖が、この人をどんどん、ダメ人間にしていく!


「あいつはどうした?」


「え。……ああ、リビングで寝かせておいたよ。体調に変化があれば、部屋全体であの人の状態を良くしてくれるだろうし、わざわざ誰かがついてる必要はないでしょ」


「ふうん。便利になったけど、結局、お金持ちしか用意できない設備だよなあ」


「うちがお金持ちで残念だったね。

 泥棒も絶対に入れないセキュリティがついてる……はずなんだけど、ね……」


 普通の人だったら絶対に入れない。

 でも、この人たちはセキュリティなんか関係ない。


 それを易々と突破してくる特殊な力を持つ人たちなのだから。


「いや、異能を使って入ったわけじゃないぞ? 

 たぶんセキュリティの設定から、おれたちの顔認証パスで窓が開いたし」


「設定まで勝手にいじったの!?」


「さすがにいじれないって。パスワードを知ってるの、はやりしかいないじゃないか」


 お、お母さん……っ!?

 そんな身近に伏兵が……? って、だろうなとは思っていたけど。


「……でも、なんでわたしの部屋なの……?」

「ん?」


「いや、はじめなら、その、色々な人と知り合いだから、わたしの部屋なんかよりもよっぽど設備が良くて、一晩中も騒げて、楽しめるところを知ってるだろうし……。

 わたしのお説教だって、聞かなくてもいいのに……」


 わざわざわたしの部屋を選ぶ理由が分からない。


「家が近いからだよ」

「……それだけ?」


「ああ。家が近いから通いやすいんだ。それに、はどめをからかって遊べるしな」

「わたしは、はじめのおもちゃじゃない」


「おもちゃだよ」


 わしゃわしゃ、とはじめの手がわたしの頭を撫でる。


「おれがはやりから買ったんだから」

「うえぇ!?」


 冗談に聞こえるけど、お母さんならやりかねないと思ってしまう。

 そしてはじめならあっさりと了承してお金を払いそうだとも。


 嘘に思える彼の言葉も、はじめとお母さんが絡むと本当にしか思えなくなってしまう。


「いや、嘘だよ。そんな不安そうな顔をするなって」

「だ、だって……」


 はじめのことだから、女子中学生を捕まえてあんなことやこんなことを……。

 い、いやらしい!!


「だって、なんだよ。おれがどんな無茶な命令をするのか、怖いのか?」

「べつにっ」


 視線を逸らし、さっき注文したのだろう、宅配ピザに手を伸ばす。

 はじめから取れるものは取っておかないともったいない。


 ひと切れ取って食べていると、はじめとは反対側に、人の気配があった。


「うわ!?」


 元々、部屋にははじめも入れて、四人がいた。嘔吐いていた男の人とは別に、既に酔い潰れて眠っていた女性が二人。この人たちもきっと異能者なのだろう。

 一人は、今もすうすうと眠っている、丸メガネをかけた長い黒髪の女性。

 そしてもう一人が、スラッとした体型をしている、格好良い女性だ。


 赤茶色の髪を肩まで伸ばしている。

 腰にはチェーン、耳にはピアス、

 ドクロのネックレスを首にかけた、ボーイッシュな女の人だった。


 彼女の腕がわたしの首に回される。

 小声でぼそっと、


「なに? 発情期?」

「っっ!?」


「んー、眠ってたらやかましくて起きちゃった。それにしても……いやあ、その年齢なら全然普通だし、そういうことを考えても仕方ないんだけど……あなたって、拘束されるのが好――」


「ぎゃー!!」


 彼女の口にピザを押し込んで押し倒す。

 この人……っ、まさかっっ!!


 心を、読んで……!?


「もぐもぐごくん。……うん、正解」

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