第4話 海外からのお届けもの

「最低な人」


 ……歯に衣着せぬ言い方は清々しいと思ったが、言った本人はさすがに気にしたようで、


「……に思えるけど、でもたまに優しい人」

「たまになんだ」


「うん、たまに。基本的にいじわるしかしない。わたしの部屋に友達を引き連れて勝手に上がり込んで、漫画を読んだりゲームをしたり……わたしの部屋は溜まり場じゃないの! 

 秘密基地感覚で使われたら、わたしの部屋なのに居場所がないのよ!」


「今のぼくに言われてもなあ」


 未来、か。末来さんの娘で、中学生なら……、彼女が言う未来のぼくは、三十歳は越えているとは思うが、その年齢で中学生の部屋に上がり込むぼくは、なにをしているんだ?


 というか仕事は?

 でも、友達はいるみたいだ。


「厄介な友達ばっかり連れてきてさ、おかげさまでわたしの日常は毎日が大変なの!」

「それはごめん」


 謝ると、はどめはあたふたと、慌て始める。


「う、ううん。今のはじめに言っても仕方ないのに……こちらこそ、ごめん」

「……はどめは優しいね」


 それに素直だ。クラスのみんなともすぐに打ち解けていたし、海外にいったこの子の母親が戻らない方が、平穏な生活が送れそうな気がする。


「それはお母さんに悪いと思う」

「帰ってこないでと言ってもどうせ帰ってくるよ、末来さんは」


 こっちの事情なんかお構いなしにね。

 しばらく校内をうろついていると、昼休みもそろそろ終わる時間だ。


 長々と話してはいたけど、核心的なことは聞けないままだった。


「ねえ、はどめ」

「?」


「結局、なにしに過去にきたの?」


 タイムスリップまでしたのだから、はどめの時代か、もしくはさらに未来を変えるために過去にきたのだと思っていたが、彼女の目的意識が朝よりも薄くなっていた。


 朝に感じた焦りが、今は感じられない。


「それはね、もう大丈夫。解決したんだよ」

「……解決、した?」


「うん。だからしばらくは、お母さんの気が済むまではこっちにいようと思って」


 ……細かくは教えてくれなかったけど、解決したのなら、さらに掘ることもないか。


 色々と質問攻めにされただけなんだけど……あれで良かったのだろうか。


「すぐに元の時代に戻るのは勿体ないじゃん? 

 若い頃のはじめもいるし、せっかく過去にきたんだから、遊んでいこうと思って」


「未来なら分かるけど、過去にきてもはどめの時代よりも古臭いと思うけど……」

「そうでもないよ? はじめだって、江戸時代にいったらすぐには帰らないでしょ?」


 観光としてなら、一周回るくらいならいいけど、過ごすとなると怖いだろう。

 特にあの時代まで遡るとね。


 ただ、はどめが『上手い例えでしょ』と言わんばかりに胸を張っているので、それは違う、とも言えなかった。


「せめてちょんまげにして、刀を持つくらいはするでしょ?」

「分からないでもないね」

「わたしもそんな気分なの」


 この時代でこそ楽しめる観光の仕方なんて……ま、そのへんはぼくが教えるまでもなく、はどめが自分で調べるだろうし、クラスの友達に聞くだろう。


 はどめの時代ではもうなくなっているものが、この時代にはまだあったりするかもしれないし、未来を知っているからこその楽しみ方もある。


「そっか。じゃあ、楽しんで」

「なにを他人事みたいに。はじめも一緒にいくんだけど!」


 それは初耳だった。


「わたしのことをあれだけ振り回したんだから、ここではわたしが振り回してあげる」


 ―― ――


 放課後、はどめに連れ回されそうになったが、例の凸凹コンビがはどめを独占してくれたおかげで、ぼくの予定は完全にフリーになった。

 元々、今日は早く家に帰っていなければならない。

 海外にいる両親から、荷物が届くと言われていたのだ。


 貴重品なので、絶対に受け取るように、と念を押されていたので遅れるわけにはいかない。


 夕方に到着予定、と聞いていたので、帰路の道を走ったりはしなかった。


 まだ時間まで余裕がある、と思っていたが――、家の前に、スーツケースを持っている女性がいた……近くで見るとぼくと同じくらいの、女の子だ。


 麦わら帽子を被った、長い金髪を風になびかせている女の子。


 海外の子のようだ。日本人離れした、一部、発達した部分と、引き締まったスタイル、高身長、白い肌を包む黒いワンピースから伸びる、長い脚。

 インターホンから逸れた両目の碧眼が、ぼくを見た。


 ぱちくり、と目をまばたきさせた後、


「わお、ハジメさん、なのです!?」


 スーツケースをごろごろと転がして近づいてくる。

 一歩引いてしまったのは、彼女がぼくを上から押さえつけるように見てきたからだ。


 彼女との身長差と積極性が、ぼくに苦手意識を植え付けてくる。


 まだ英語で話してくれた方が、分からないなりに身振り手振りで意思疎通ができたかもしれないのに、こうもぺらぺらと喋られると、あとはぼく個人のコミュニケーション能力に委ねられてしまう。


 クラスメイトともまともに話せないのに、いきなり海外の人だなんて……。


「だいじょーぶですよ、ご両親から、ハジメさんの性格は聞いているのです」

「……そ、う、なんだ……」


「積極的に引っ張った方がお好みなのですよね?」

「…………」


 両親はぼくを地獄に落とすつもりなのかな?

 友達を作るのが下手なことは知っているはずなのに……、だからこそ?


 急な荒療治は逆効果だと思う。


「やさしく、やさしーく、しますから」

「あ、の、もしかして、きみが、届くはずの、荷物……?」


「はい。あ、でも、お荷物にはならないように精一杯、がんばりますよっ!」


 日本を勉強した成果なのか、彼女がどや顔を浮かべながらそう言った。

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