タルト・ネオーズ【2/B】その2
交渉っぽく努力はしているけど、漁夫の利であることに変わりはなかった。
というか、言い方はさっきよりも酷くなってるからね!?
「もういいよ、ベリー、先に進もう?」
「だーめ! あの木の枝がないと、ここから先、テンションが上がらないもん!」
なんで木の枝にそこまで執着するんだろう……、持っているわたしが言うのもなんだけど、持ってても意味なんてないよ? そこにあるのはロマンだけ……。
ロマン、かあ……理由としては充分だった。
ベリーは、性格とかがわたし寄りだし、そうなると必然、テュアお姉ちゃん寄りだった。
だったら、ロマンって言葉に反応し、手に入れたいと思うのは当たり前だった。
じゃあショコナは?
ベリーとは違う。
ロマンという言葉に魅力を感じない、女の子らしい女の子なのだから。
「ベリー、木の枝は進む先で見つかるかもしれないからさ、もう進もう?
……進まない? でも……ショコナ、この場にいるの疲れてきちゃったの。
ねえ、いいでしょ? 助けると思って、さ。——ね?」
優しく、まるでお姉ちゃんのように優しく語りかけていた。
ああ言われたら、仕方ないなあ、と頷いてしまう。
ベリーも双子の妹に言われて、これでもまだ木の枝を優先させることはないだろう。
「あ、はい、すぐいきます」
……予想通りだったけど、なぜか敬語だった。
一気に青ざめたベリーが、木の枝探しをやめて先に進む。
わたしよりも先に。それを追って、ショコナが後ろからわたしを抜いた。
二人のテンションの差がすごい……。
ショコナの方はにこにこしてるのに。理由は分からないけど、ベリーが落ち込んでいて、なんだか気の毒だったので、手に持つわたしの武器を譲ることにした。
必須ってわけじゃないし。
ベリーの隣に並んで、木の枝を手に握らせる。
「わたしには必要ない。だからあげるぜ、わたしの後継者!」
「う、うおおお!
頼りなく、そして歪んだ聖剣だけど、それでいいんだね……。
一気に元気になったので、良かった良かった。
ちらりとショコナの方を向く。目が合った。
瞳だけで微笑まれた。ありがと、と言われてる感じ……。
お姉ちゃんらしいこと、できたかな? 二人がわたしのことを呼び捨てじゃなくなったら、尊敬され始めたってことだと思うから、まだまだなのだろうけど。
……なんでわたしのこと、呼び捨てなんだろう……?
サヘラっていう、わたしの妹が呼び捨てなのは、あの性格と痛さからして分かるけど、わたしの場合は、尊敬してもおかしくないお姉ちゃんらしさを出しているはずなのにっ!
シャーリック七不思議(いま勝手に作った)の一つ、長く解かれていない謎だった。
「うーん……」
あれ? と異変に気づいたのは、ついさっき。
だけども、勘違いだと思って気に留めていなかった。
けど、やっぱり、当たり――。
おかしな状況だ。進んでも進んでも森だ。占いの館がある洞穴まで、もうとっくに着いているはずなのに。……未だに見えてこない。
道も間違っていないし、ここだって見覚えのある風景だ。
見覚えのある風景が、まずおかしい。
「さっきも通ったはずなんだけど……」
「そうだっけ?」
「ベリーにあげた木の枝を見つけたのがこの辺だったからね。ほら、あそこの木、枝が一本、折れてるでしょ? あそこにあったのが、今のベリーの手の平に」
「え、タルト、枝、折っちゃったのか?」
「違うよ、枝は折れてたの。たぶん鳥が木に止まった時に、先っぽに着地したせいで折れたんじゃないかなー。折れて落ちてたのを、わたしが拾ったの」
だから自然破壊じゃないからね。
ふーん、と信用してなさそうな、疑いの視線……、相手が妹じゃなくてもショックだ。
「なあなあ、ショコナもタルトと同じこと、思ってるのか?」
「はあ?」
びくぅっ!? と、ベリーが過敏に反応した。
「勘違いでしたー!」とわたしの手を引き、少しだけ先に進む。
そしてわたしを屈ませて、顔と顔を近づけ、密談。
「ショコナ、ご機嫌斜めだよ!」
「え、なんで!? わたし、なにかしたっけ? ベリーじゃないの?」
「ショコナの機嫌を損ねることなんてしないよ! 人一倍、気を遣ってるのに!」
妹にそれはどうなんだろう?
というか、なんでそんなに怯えているの?
「タルト、本当に心当たりがないのか?」
「……ない、と思うけど……」
なんだかベリーの口ぶりからするに、わたしがなにか、しでかしてしまったことを、ベリーは知っていそうな感じがするんだけど……。
「怒ってるよ……ベリーだって。
でも、ショコナの機嫌が良くなるなら、この気持ちは抑えつけられる!」
「決意してくれたところでもさ、わたしにはなにがなんだか!」
実はね、とベリーがわたしの耳に口をさらに近づけようとしたところで――、
囁きのような、突き刺さる声、一つ。
「ベリー? 教えないって、言ったんじゃなかったー?」
ぴたり、ベリーの口が止まった。
しっかりと数秒、深呼吸をした後、わたしの味方をしてくれそうな雰囲気だったベリーは、あっさりと手のひら返し。
素早い動きでわたしから離れる。
「い、言ってないってばー。ショコナってば。疑り深いなー!」
「そ。それならいいけど」
……あのベリーが怯えている。
たぶん、二人からしたら、掘り返されたくないことだとは思うけど……、
実は、昔は仲が良くなかった。
いつも一緒にいるわけじゃなかったし、喋ることだってそんなにしない。ベリーがお姉ちゃんという立場を利用して、ショコナをいじめていた――いじめていた、というのも違うのかも。
ベリーからしたら、姉の言うことを聞くのが妹の役目だと信じ、それに従っていただけ。
おもちゃ箱の中に入っている一つのおもちゃと同じような感覚だったのだと思う。
昔はベリーが強くて、ショコナは言うことを聞いているだけで、逆らえなかった。
逆らう気力さえ、生まれてこなかったのだと思う。
ベリーの言うことは全て正しいって、そう信じ込まされていたのだから。
当時のわたしや他のお姉ちゃんは、そのことをまったく知らなかった。だから本当に、数年前に、それを初めて知ったくらい。
当時はあんまり仲が良くないなーって感じているくらいで、だから二人が二人きりの時を覗いてみようとか、思わなかった。
ベリーの暴君は、隠蔽されていた。
お母さんは、どうやら知っていたらしいけど。
で、語っておいてなんだけど、詳しく知っているわけじゃない。わたしって、姉妹同士のエピソードって、結構知らないタイプなんだよね。
本当に大事な出来事に呼ばれないっていうか、大事な時にいられないというか。
そういう運命の星の下にいるのかもしれない……。
二人が仲良くなったのは、自然の流れで、いつの間にか、そうなっていたのだと思っていたけど……あれれ、なんだか違うみたいだぞ?
ベリーが怯え、ショコナのご機嫌を取らなければいけないと、体が覚えてしまっているような――まるで昔と真逆だった。
……なんとなく、予想はつくけど、なにがあったんだろう?
「にこっ」
それを口で言っちゃうショコナの笑みの裏にある、黒い
「べ、ベリー? ショコナ、怒ってるの?」
「それを見て分かっちゃったなら、相当ヤバいってことだぞ」
「ううん、ぜんぜん、怒ってないよー?」
「「嘘つけ!」」
むむ、とむくれた後、ショコナが諦めたように溜息を吐き、
「まあ、怒ってるけど。……不機嫌、超不機嫌っ! ベリーは別に関係ないよ。
ショコナが怒っているのはね、タルトだけなんだから」
ベリーが、よしッ! と拳を握ってガッツポーズを取っていた。
ず、ずるい、一人だけ難を逃れた!
それにしても、ショコナはどうして怒っているの? ベリーも、怒ってるって言っていたし……——だけど、わたしは二人になにかをした覚えはなくて……。
謝りたいけど、なにを謝ればいいのか分からなかった。
なにも言えずに固まるわたしを見て、
「タルトのそういう大ざっぱなところ、嫌い。ベリーも、ショコナも、楽しみにしてたのに。
そうやって妹の期待を簡単に踏みにじるから、信頼されないんだよ」
わたしがテュアお姉ちゃんに言っていてもおかしくない言葉だった。
だけど実際にわたしは言っていない。がまんした。
そしてすぐに忘れた。でもそれは、わたしだったからの話。
わたしと、ベリーとショコナの性格はもちろん違う。
なにを気にして、なにをすぐに忘れるか、ばらばらだ。
テュアお姉ちゃんがそうだからって、わたしが妹にしていいことじゃなかった。
わたしは無意識に、二人の期待を裏切っちゃった……。
「ごめんね」
「なにを忘れたのかも覚えてない人の謝罪なんて、聞きたくない」
忘れた……、それは、大きなヒントだった。
「――痛っ」
頬に鋭い痛みが突然走り、指で撫でる。
……血が、流れていた。
急に強くなった風。
それによって舞い散る木の葉。
葉が、わたしにぶつかる度、皮膚や服が切れていく。
「な――」
「「「なにこれっっ!?」」」
ベリーとショコナも同じように声を上げた。
タイミングは、ばっちりだった。だけども、ショコナもベリーも、今の現象に本気で驚いていた――そして身の危険を感じて、身を隠そうとしている……。
ベリーとショコナが起こしたことでは、ない……?
じゃあなんだこれ――ほんと、なにこれ!?!?
わたしの人生、こんなことばっかりだ!
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