タルト・ネオーズ【2/B】その1
今から引き返して、お土産の一つでも用意してあげようかな……、思って振り返る。
すると、がさごそ、と茂みが揺れる音。
……隠れているつもりなのだろうけど、ちょこんと飛び出ている小さな赤い束が、その努力を嘲笑っていた。
「…………うーん、」
どうしよっかなー。
お姉ちゃんとして、見て見ぬ振りをするべきか。
考えた末に、突撃した。
がしゃーん、と、まあそんな音は出ていないけど……、草むらに飛び込んだ音だった。
たくさんの葉っぱを、着ていたぶかぶかのコートにくっつけながら、隠れていた相手を押し倒す――馬乗り。いるとは思っていたけど、茂みの後ろにはもう一人いた。
「二人とも、こんなところでなにしてたの?」
赤いドレスに赤い髪。
目立ち過ぎる二人の妹がそこにいた。
一人はわたしから逃れようと必死にもがき、
一人はその様子を傍観し、くすくすと笑っていた。
「せっかく家に遊びにいったのに、タルト、いないんだもん!」
「帰ってきた時のために驚かそうとして隠れてたのにね。
ぜんぜん帰ってこないから、ただ汗だくなっただけだよね」
「今更だけど、どうしてベリーだけが隠れたんだ!?」
わたしの妹たち、ベリーとショコナ。
小さなツインテールがベリーで、ショートボブがショコナだった。
十三姉妹の中では唯一の双子で、ベリーがお姉ちゃん。
でもこうして二人のやり取りを見ると、ショコナの方がお姉ちゃんに見えるんだよね。
「ごめんごめん、さっきまでテュアお姉ちゃんと一緒で――」
「テュアお姉ちゃん!?」
「さっきまでいたの?」
テュアお姉ちゃんの人気がすごい。おとなしめのショコナでさえも、ベリーと一緒にわたしに詰め寄ってきた。腰に手を回してきたベリーを、手の平で押して遠ざける。
「さっきまでだよ。今は、もう出かけちゃったけど」
「……また戻ってくるかなあ」
「どうだろ。お姉ちゃんのことだから、このまま、また旅に出ちゃうこともあり得そうだし」
一度くらいは戻ってくると信じたい。
首飾りを探してほしいと頼んでおいて、勝手に姿を消すことは、しないとは思うけど。
テュアお姉ちゃんも厄介事に巻き込まれるタイプだからなあ。
手が離せなくなってそのまま移動しちゃうってのが、濃厚かも。
「あんまり期待しない方がいいかも」
期待し過ぎるとダメだった時の落差がいつも以上に感じてしまうから……おすすめはしないかな。テュアお姉ちゃんの場合は、特に。
何度、わたしはガッカリしたことか……。今ではもう、約束は破られるものだと思っている。
でも、絶対に穴埋めしてくれるのが、テュアお姉ちゃんらしいんだけどね。
「あ、そう言えば、なんで二人はわたしの家に?」
三本の木の枝の上に乗っているような、挟まっているような、そんな位置に建てられた木造の家がわたしの家だ。巨木・シャンドラのすぐ近く。
秘密の抜け穴を滑り下りてきているらしいショコナとベリーからしたら、わたしの家はなにかと通り道になるらしいし、ついでに寄ることもできるから、用件なんてないのかもしれない。
いつもそうだったし、だから今日もそうなのだろう、とわたしは結論付けた。
なにかを言いたそうにしていたのは分かった。
けど、わたしはそれを聞こうとしなかったし、推理しようともしなかった。テュアお姉ちゃんとの約束や、これからの予定を考えたら、そんなことに頭を回す暇なんてなかったから……。
なんて、言い訳にならない。
ベリーとショコナは、言いたそうにしていたそれを、自分から言うわけにはいかなかったのだ。だからヒントをたくさん出して、わたしに気づかせようとしてくれていたけど、わたしはまったく気づけず――。
それが、二人を不機嫌にさせてしまった。
シャーリック十三姉妹。
分かりやすく言えば、その家系は貴族の中でも
政治とか、細かいルールなんてものは知らないけど、巨木・シャンドラの周辺で人々が生活できているのは、お母さんとお父さんが頑張っているおかげだった。
もちろん、支持する人がいれば不満を持つ人もいる。
全員を満足させることなんてできない。
わたしだって、やり方に不満があったから、こうして貴族街から森林街へ堕ちてきたのだから……。——自分の意思で、だけど。
だから後悔していないし、これで良かったと思っている。
わたしに限らず、亜人も人間にも、体には魔力というものが流れていて、それを用いて、術を行使することができる――それは、この世界の常識だ。
使い方は、やっぱり勉強して知識がないとできなくて。本能で分かっている人もいるけど、わたしは天才じゃないから、魔力があっても術なんて使えなかった。
落ちこぼれ道、まっしぐら。
いや、カリキュラムは組まれていたけど、単純にわたしがサボっていただけだから、自業自得なんだけど……。
そんなわたしに比べて、ベリーとショコナ、二人は今も真面目に勉強している。
本人たちが理解しているかどうかは置いておくとして。
わたしがまだ家にいた時から、二人の天才性をよく見てきた。
危うい感じだったなあ、とわたしでも分かるほどだった。
そんな二人は、もしも知識を理解しておらず、自覚がなくとも、無意識に術を使ってしまっているということがあり得るのだ。
天才だから。
その一言で片づけられる……天才とはそういうものだ。
『
それは子供が遊ぶような――おもちゃの箱の中みたいな、わがままな空間だった。
それが既に発動していると、わたしは随分と後になるまで、気づかなかった。
チャンバラに使えそうな、ちょうど良い木の枝を拾って、それをぶんぶん振る。
かりかりかり、と地面に先っぽを擦らせているのがなんだか楽しい。
占いの館を目指すわたしの後ろをついてきているベリーが、わたしの枝を見て、
「タルトのそれ、いいなあ」
「あげないよー。
ふっふっふ、こういう専用武器は、自分で見つけてこそ愛着が湧くものだよ」
「ショコナー、木の枝、探すぞお!」
「え、木の枝でしょ……見つけてどうするの?」
見つけてどうするか、と言われたら、別にどうもしないんだけども……、そういうことじゃないんだよね。今、この場で、持っていることに意味があると言うか……。
旅行先でそこにしかない思い出の品を買っちゃうみたいな、そういうものと一緒なんだよ!
近くの木の根元や茂みの中を探し出すベリー。小さいものを見つけているけど、ちょうど良い、お気に召した木の枝は見つけられていないようだった。
うー、と唸っている。
ショコナは、と言うと、茂みを手でかき分けたくないのか、周辺をうろうろとしていた。
探す気なさそう……、形だけ付き合っているんだとは思うけど。
「な、なんでこんなに探してもないの!?」
「文句を言うの早かったねー」
まだ三か所くらいしか茂みに手を突っ込んでいないけど。
まあまず、そこに木の枝があるかどうかも怪しいものだった。
「ショコナの方はあった?」
「ううん、ないよ」
「もー! タルトがそれをくれれば一発で解決するのに!」
「楽をして欲しいものを得られるなんて考えたらダメだよー。
欲しかったら自分自身の手で、手に入れなくちゃね」
そっか、と納得したベリーは、わたしの前にきて手を伸ばす。
「くれ」
「そういうことじゃないなー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます