タルト・ネオーズ【2】その1

「首飾り?」

「ううん、見たことないよ」


 お姉ちゃんから頼まれた首飾りのことを二人に聞いてみたけど、どうやら知らないみたい。

 予想通りなので、そっかー、とわたしは頷く。


 ベリーとショコナは青っぽいマフラーを二人で巻いていた。

 元々は二枚だったのだけど、二人が自分たちで繋げて、一枚にしたらしい。

 だからすっごく長くて、身の丈に合っていなかった。


 何重にも首に巻き、二人は繋がれている。

 すぐに離れていかないように、というショコナの希望らしい。

 巻き過ぎたのか、二人は密着してる。

 ぎゅっと腕を組んで、まるで恋人みたいだった。


「やっぱりこれ暑いよ、ショコナ」

「だーめ。ベリーはすぐ離れて迷子になっちゃうんだから」


 夏が近いのにマフラーなんて巻いているものだから、ここ森林街で、ものすごく浮いていた。

 メイド服ってのも要素の一つ。貴族の者がわざわざ下界に降りてくることもないから、そういう意味でも目立っているのかも。


 でも視線に敵意はなくて、微笑ましいものを見ている視線が多い。

 貴族と下界民は犬猿の仲だ。そりゃ、貴族の方が汚物を見るように嫌っていたら、下界民の方も気分は良くないだろうし、喧嘩しちゃうのも無理はない。


 だけど、貴族からの一方的なものであるのも確かだった。

 だから下界民から貴族への嫌悪は、ごく限られたものが多い。

 ベリーとショコナが貴族だと分かっても、多くの人は態度を変えなかった。


 中にはいるけど、そういう人は舌打ちしながら離れていくので警戒する必要はないかな。

 もしもここで手を上げたりしたら、攻撃されるのがどちらかなんて分かり切っているし。


 森林街には家を持たない放浪者が多いけど、みんなバカじゃないもの。


「バカなのは!」

「タールト!」


「お姉ちゃんだって怒るんだよ!?」


 二人はわたしをからかって遊んで、すぐに逃げていく。

 だけど左右に散って逃げようとして、マフラーのことを忘れていたらしい。

 ぐいっと引っ張り合い、ぐえっと呻いてその場で倒れ、目をぐるぐると回す。


「冗談みたいなギャグだ……!」


 こんな二人にバカと言われたわたしって……。


 明日から、日々の生活を見直してみよう。



 森林街。街と言ってもほぼ森だ。

 木の枝の上や根元に家が建っていたり、シートを敷いて露店を開いていたり……商人が多い。

 定住していたり、移住をメインにしている人たちがばらばらに混ざっている。

 顔見知りが多いから、この区のメンバーは入れ替わっていないのだろう。


 巨木・シャンドラから離れるように、森林街を進む。

 途中、街の人と挨拶をしながら、よく食べ物を貰った。お祭りみたいに両手にたくさんの果物やら料理やらを持つ。持ち切れないので、ベリーとショコナに分けてあげた。


「タルトって人気者なんだな」

「ちやほやされてるけど、なんか、ペットみたいな扱いだよね」


「ふふん、これが人徳だよー」


 嘘つけ、みたいな二人のじと目。

 そんなこと言うならあげた食べ物っ、返して!


「いーやっ! もらったものはもう、ベリーのものだから」

「ベリーとショコナのもの、でしょ?」


 ベリーが持つお肉に、ショコナが小さな口でかじりつく。

 ショコナが持つ果物を、ベリーが大きな口を開けてかぶりついた。……交換すればいいのに。

 そんな食べ方をするものだから、二人の口元はタレや果汁でべとべとだった。


「あー、もう。拭いてあげるからじっとしてて」


 世話の焼ける妹だった。

 コートのポケットに入っているタオルで二人の口を拭く。うん、綺麗になった。

 けど、どうせ二人は繰り返すから、あんまり意味はないと思った。


「二人とも、十二歳になったんだから、ちゃんとお行儀良く食べないと」


「タルトがそれを言うの?」

「言うの?」


 そういうわたしも同じように食べていて、口元がべたべただった。

 ……うん、言えないね。

 言えないけどわたしは言うの。そういうものなの、お姉ちゃんってのは。


「お姉ちゃんってば、自分ができないくせに、わたしに色々と言ってくるからねー」


 九女だから、上の八人の姉から理不尽に色々された。当時は不満だらけで、今もそうだけど、いま考えてみたら、それも良い思い出だ……あれ、良いのかな?


「わたしと同じように、ベリーとショコナも苦しむの!」


 うわー、と二人が引いていた。

 目的地とは逆方向に体を引いていく。


「う、うそうそっ! なんちゃってー!? お姉ちゃんは優しくあるべきだもんね!」


 二人の手を引いて前に進ませる。わたしだけ後ろ向きで歩き……、


 思うところがあるらしいけど、それを飲み込んで、二人は機嫌を治してくれた。

 なにその達観したような目と態度。

 わたしよりも人生経験が豊富そうな雰囲気を出している……。


 姉として不甲斐ないところばかりを見せて、わたしの心が折れそう……。

 するとショコナが、


「これ、どこに向かってるの?」


 ベリーは食べるのに必死で繰り返さなかった。

 なのでわたしがそのまま答える。


「もうちょっと先にある、占いの館だよ。……首飾りのこと、聞こうと思って」


 占いって聞くとインチキ臭かったり、わらにも縋るような感じが出るけど、ここの占い師は腕がある……、一発逆転を狙っているわけじゃない。


 占いの館、と言っているけど、情報屋としてもかなり優秀。って、聞いたことがある。


 それに、ここには――、


「二人はあんまり会ったことないよね」


 彼女の性格からして、顔を合わせることは滅多にない。

 それに、家出をしている身で、テュアお姉ちゃんと同じで、屋敷に戻ったことなんてないんだから。ベリーとショコナがほとんど会わないのも、無理なかった。


「有名人?」

「うん。有名人」


「へー、だったら、楽しみ!」

「え? なにが?」


 ベリーは話を聞いていなかったらしい。

 面倒だったから、説明はしなかった。

 あとは会ってからのお楽しみ。

 ――会えば分かる。

 見た目通りで、態度と生き方で、彼女のことはほぼ分かってしまうから。



 占いの館。近づき難い、不気味な布に覆われた洞穴だった。

 黒い暖簾を押し上げて、洞穴に入る。


 穴の側面にはろうそくが置いてあった。

 等間隔に明かりがあるので、足下を見なくとも前に進めた。


「あだっ」

「もー、なにやってるの?」


 転んだベリーをショコナが支えて、立ち上がらせていた。

 わたしが言ったそばから転ぶなんて……。なんだか不吉だった。


「あ」


 思わず声が出た。


「ひっ」


 びくぅ、とベリーが声を上げる。

 ぎゅぎゅーっ、と、ショコナの腕を力強く握っていた。

 ショコナはわたしの袖を掴んで、助けて、と表情だけで訴えてくる。


「……二人でなにしてるの?」


「痛い痛い!? ベリーの力加減がなくなってきてるよ!」


「い、いまなにか絶対そこにいたって! 

 ぴちゃぴちゃ言ってるし呻き声みたいなのが聞こえるんだもんっ!」


 ぴちゃぴちゃはたぶん、水が滴る音。呻き声は……風が抜ける音、とか? 

 さっきのわたしの、思わず出た声は、ちょこまかと動く人影を見たからだった。


「なにそれ! そっちの方が怖いよ!」

「え? そうかなあ……」


 ベリーとショコナは、洞穴の中の静けさと、霊的な雰囲気が苦手らしい。

 ……ふーん、苦手なんだあ。わたしの中の悪魔が、イタズラ心を刺激してくる。


 幽霊的なものを怖がっているのだとしたら、なんだか今更な感じもする。

 わたしたち竜の精は、亜人に分類される。人間じゃないから当たり前だよね。

 人間、亜人、魔獣。そして神様。分けるとしたら、こんな感じかな。


 亜人の中には幽霊も含まれる。

 だからその幽霊と一緒に分類されるわたしたちも、幽霊と似たり寄ったりなようなもので……だから幽霊が怖いというのは、世間ずれしているお嬢様みたいだった。


 あ、でも、あながち間違いでもないのかな。箱入り娘ほどではないけど、二人は幼い頃から今まで、お屋敷で過ごしていた。

 勉強漬けの毎日だ。たまにこうして下界に遊びにくるけど、わたしの家ばかりだし、外の世界を見ることをあまりしない。


 自分自身で竜の精以外の亜人を、あまり見ていないのかも。

 わたしの場合、幽霊の亜人の子が知り合いにいる。世間話の中で幽霊の日常を聞いたりしているので、怖さっていうのはまったく感じない。

 こういう雰囲気で幽霊がいたらラッキー、と思うくらい。


 聞いた話なんだけど、


 人が感じる、幽霊が驚かしてきたという認識は逆で、

 実は幽霊の方が不意に出会った人に驚いて、反応しちゃうらしい。


 それが怪奇現象になっている、というか……。人が勝手にそう判断しているだけなんだって。

 だから買い被られて困ってるって、この前、幽霊ちゃんが裏事情を教えてくれた。


 そのことを言おうか悩んだ末に、言わないことにしておいた。

 いつもわたしのことをバカにして遊ぶから、ここでお灸を据えてあげるのもいいかもしれない……、まあ、あとちょっとで着いちゃうんだけど。

 じゃあ着くまでは、幽霊の怖さにびくびくして、反省しててね。


「な、なに今の、とん、とんっ、って音! 近づいてきてるよ!?」


「ちが、違うよベリー……、これ、この音……ずっと、一緒にいるみたい。

 隣で、寄り添って一緒に歩いているような――」


 だって、二人が言ってるのって、自分の足音のことだよ?

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