タルト・ネオーズ その5

 数分。たったの数分が、すごく長く感じた。

 一時間くらいは考えっぱなしだったような気がする……。

 いや全然、まだまだ数分だった。時計の針はきちんと進んでいる。


「いやー、わかんないねー」


 お手上げ状態。ベッドに背中からダイヴする。ふかふかのベッドが、ぐわんぐわんと沈んでわたしの体が最後に浮いた。

 その揺れを堪能しながら、思考を繰り返す。


 悪意のある事故は、どうして起きた? 

 事故の共通点は? タイミングは? 


 一貫性があったり、等間隔だったりしたのかな? ……答えは特になし。これと言って規則性を見つけることもできなかった。

 突発的で、いきなりで、理不尽なほどに避けられない。


 怒っているような――。

 あの事故から、その感情が読み取れた。


「規則性、一つくらいあってもいいのに……」


 ベリーとショコナはすやすやと眠っている。わたしは仰向けなので、逆さまで二人を見る。

 不思議な気分。いつもの二人じゃないみたい。二人に手を伸ばしかけて、やめた。


 ……っ、気分転換っ、終わり! 

 逆さまになったように、思考もまた、視点を変えてみよう。


「事故自体じゃなくて、わたしはその時、なにをしていたんだっけ?」


 事故前後の行動を思い出す。

 うーん、引っかかるようなことはしていなかったような……。

 他、物理的なこと以外。


 たとえば感情の動きはどうだった? 怒っていた、わけじゃない。拗ねてはいたのかな。

 だって、ベリーとショコナの二人が理由もなく怒っているんだもん――っ、て、あ。


「ベリーとショコナの不機嫌に反応して、事故が起こってた……?」



 だとしたら、しっくりくる。

 すとん、と、丸く開いた穴に、鉄球がすっぽりとはまったような、気持ち良さがあった。

 だけどまだ、これで半分だと思う。

 ここから先、さらに詰める必要がある。


 答えを見つける。

 二人が望む答え。勝利条件。エゴイスタ、解除のカギ――。


「この線で考えてみることにして……どうして不機嫌だったんだろう……?」


 わたしが帰ってくるのが遅かったから? でも、二人がわたしの家にくることを、わたしは知らなかった。約束していたわけじゃないから、時間に遅れても仕方ない。

 時間なんて、指定されていないわけだから。


 サンドイッチに不満があった? ううん、それは違う。サンドイッチを作っている最中に、事故が次々と起きた。時系列が前後、逆になっちゃってるから、原因はこれじゃない。


 あ、でも、サンドイッチ自体が嫌だった、とか……? でも、嫌いな食べ物じゃないはずだし、もしそうなら二人なら言うはずだけど……。

 言えなかった? サンドイッチじゃなく、別の物が食べたかった?


『タルトー、お腹が空いたぞ、甘いものが食べたい気分だ』

『生クリームを所望するぞ』


 そう言えば、二人はそう注文を出していた。

 出せるものなら出したかったけど、冷蔵庫の中にはそれに当てはまるようなものはなかったし、ないものは出せない。そこに文句を言われたら回避なんてできそうもないよ。


「いつもなら言いたいことは率先して言うのに、なんで今日はがまんして、言わないようにしてたんだろう……?」


 言えない、こと。それもまたヒントな気がする。だけども全然、分からないーっ!


 背筋を伸ばすために体を起こす。

 ぐー、と背骨をばきばきと鳴らして、立ち上がって――、



 時計は針を進める、カレンダーは夏に近づいてきていた。


 植物が、水を欲しそうにこちらを見ていた。

 じょうろに水を入れて、土を湿らせてあげる。

 なんだか植物の様子が活発になったような気がする。


 窓を開けようとして、まだダメだった。密室のまま。このままずっと締め切られたままだったら、酸素とかどうなっちゃうんだろうと考えて、わたしはだらだらと流れる冷や汗を自覚した。


 あ、あー……。


 そ、っかあ。……忘れてました、ごめんなさい、で、許してくれるのかなー……。


 引きつった表情を治そうとして失敗する。わたしってば、お気楽な性格と言われているけど、本当にまずい時はわたしだってそういう態度を取ることもある。今みたいにね。


 二人がちょこちょこくれたヒントとか、失敗からの原因解明、答えの推測とか、正直いらない手順だった。考えずとも『それ』を見てしまえば、一発で。

 わたしが今日の朝、きちんと確認しておけば、こんなことにはならずに済んだ。


 たられば、なんだけども。

 二人を傷つけちゃったことを考えたら、時間が戻せたらな、と本気で考えちゃう。


 エゴイスタ。わたしを狙った、不機嫌からくる攻撃。


 納得した。そりゃあ、許せないよねえ……。


 わたしの瞳に映る、カレンダー。

 今日の日付に、赤い丸が書かれてあった。



「……ほんとにごめんね、二人とも」


 昼寝から起きた二人の前で、わたしはベッドの上で土下座する。

 姉の威厳とか、もうすぱっと捨てて全力で謝った。

 威厳とか元々ないから捨てるというか、そもそも持っていないんだけど。


 ベッドだけを見て、二人の顔は見れなかった。怒ってるのかな、怒ってるよね――。

 わたしからしたら、もうどうでもいいようなことではあるんだけど、まだ小さな二人にとってこれは、忘れてほしくはないことだと思う……。


 わたしだって、二人と同じ年齢の時は、毎年、楽しみにしてた。

 お姉ちゃんたちに、期待していた。その言葉がもらえると、嬉しい気持ちになれた。


 それを知っていながら、わたしは忘れてしまっていたのだ。

 ……謝るだけじゃ許されない。それだけのことをわたしはやってしまった……。

 一回死んだくらいじゃ、全然足りないくらいに。


「もういいよ」

「謝らなくていいって」


「で、でも……!」


 う、ちょっと涙が出てきた……声も震えてる。

 そんなわたしの顔を見て、二人は互いに顔を合わせて、ぷっと笑った。

 な、なんで笑ってるの!?


「謝られてもなあー」

「そうだよ。聞きたいのはそんなことじゃないもん」


 ねー、ねー、と頷き合う二人。

 ……聞きたい言葉は、これじゃない……?


 あ。そっか。


「――うん。うっかりしてた、ごめん」


 って、また謝っちゃった。

 だめだなー。全然、わたしってば、お姉ちゃんらしくない。


 ふっ、とわたしまで噴き出してから、


 涙を人差し指で拭い、二人の頭を撫でる。


「ベリー、ショコナ――誕生日おめでとう!」


 えへへ、ありがとう! 

 その言葉と共に、がちゃん、と、密室が解除された。

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