タルト・ドラゴンズ その2

 ビアンが動きやすそうに無駄をカットし、生地をできるだけ薄くしたゴスロリ服をはためかせ、自作のダンスをしていた。

 鬱陶しいけど、それ以上に言葉が気になる。


 自分で売り込む……、自分を、売り込む?


「『なんでもやりますよ』とでも書いたプラカードでも持って街を歩いていれば、誰かしら切羽詰まったやつならくるんじゃねえ? 

 そいつから、がっぽりと金を頂いちゃえば、しばらくは暮らせるだろ」


「さ、さすがビアン! 自分が得することを考えたら右と左に出る者がいないね!」


「左まで言っちゃうと前と後ろが開くけど……、そして前の方ができるやつっぽいわよ」


 水を差してくるトーコは無視した。

 人魚だけに? とも言わないでおく。わたしにしてはよくがまんしたなと感心。


 すぐに立ち上がり、作戦開始。

 森を抜けた場所にある小さな街へ向かおうと、ビアンとアイコンタクトをして意思疎通。

 二人で駆け出そうと丸太から飛んだ瞬間、


 ぐいっと足首が掴まれ、わたしとビアンはおでこから地面に激突した。


「「ぎゃあああああああああっ!?!?」」


 ごろごろと二人で叫び、がつんがつんと互いにぶつかり合いながらなんとか痛みを和らげる。

 手で額を押さえる。いつ離していいのか、血が流れていないか、離すのがとても怖い……っ。


「あんたら、まずは授業をきちんと受けなさいよ」


 仁王立ちで、トーコが常識的なことを言う。

 でも! わたしの生活のこともあるし!

 ここで勉強している暇は、実はあまりないんだけど!


 毎回、通っているのも勉強云々ではなく、三人に会いにきているってことが多い。

 だから用事があればそっちを優先させるし、気分が乗らなければこないこともある。


 用事ができたから勉強どころじゃないんだけど……。


「学生で、他で勉強している私とムースならともかく、二人は義務教育を受けていないんだから、ここでしか勉強しないでしょ? どうせ午前中で終わるんだから、受けていきなさいよ」


「で、でもでも!」


「大丈夫よ、午後からでも充分、活動できるわよ。

 それに、本当に生活が厳しかったら、私の家だって、ムースの家だってあるじゃない」


 え!? とムースが驚き、首を左右に振っているのがちらっと見えて、ちょっとショックだった。だから見ないように視線を逸らす。


「午後になったらちゃんと手伝ってあげるから」


 ね? と優しく微笑まれ、手を差し出されたら、嫌とは言えなかった。


 焦ってもろくな目に遭わないだろうと、経験則からなんとなく分かるし、ここは素直にトーコに従っておこう。

 差し出された手を掴む。

 するとぞろぞろと、木の下の教室に通う生徒たちが集まってくる。


 ちょっとした、いつも通りのバカ騒ぎが始まった。



「おじさんおじさん、ちょっといい?」


 森を抜けた先にある石造りと木造が入り混じった街。

 旅人や困った人がいる場所っていうのは、大抵が酒場なのでまずはそこに向かう。

 お酒は飲めないけどジュースは飲めるので、十五歳のわたしたちでも普通に入れた。


 ああ? と日中から酔っぱらっているおじさんがわたしたちを見る。

 にぃー、と満面の笑みを向けるけど、おじさんは訝しんで、すぐに視線を逸らした。


「ちょおッ! こんなピチピチの女の子が声をかけてるのに、無視するってひどいよ!」


「やだ。お前からは嫌な予感しかしねえ。投資したら全部奪われて、尚且つ負債が増えるような気しかしねえ。しかもお前も得しねえ共倒れの未来が見えちまった」


「こいつ、鋭いな」

「何気に百戦錬磨なのかしら……?」

「ほっ……被害は出なさそうで良かった」


 後ろの三人から、予想を肯定した声が聞こえたんだけど……、

 これまでのことを考えたら、そりゃそう思うのは仕方ないかもしれないけど、わたしだって好きで失敗しているわけじゃないんだよ!?


「そんなこと言わずにー。今、わたしたちはお金がなくて困ってるの。だからちょこっと、お仕事なんかを紹介してくれないかなー、なんて」


「おい、あいつさり気なく『たち』とくくったぞ。

 もしかして四人分の給料をくすねていくつもりじゃないよな?」


「タルトならやりかねないけど……やったらすぐにばれるし、そこまでバカじゃないでしょう」

「タルトちゃんはそんなこと絶対にしないってば!」


 う、後ろからの信頼が凄い。

 冗談ではあるけど、そのつもりでした、とは口が裂けても言えなかった。


「ピチピチ四人組の女の子が働ける仕事場、あるんじゃないのー? 

 ねえねえ、教えてよー、紹介してよー、もういっそのこと直接、お金渡しちゃおうよー」


「あいつには警戒心ってものがないのか? 

 ムースだったら他人の男にあれだけ近づいたら気絶するっていうのに」


「私でもあそこまでべったりはちょっと……気持ち悪いかな」

「タルトちゃん、凄い……」


 なんだか低レベルな褒め方をされている気がするけど……、首を振って切り替える。

 交渉はあと少し。押せば折れてくれそうな雰囲気だった。

 ちびちびお酒を飲むおじさんは、うーんと悩み、最終的に、


「やっぱ無理だな」


「もーっ! なんでよバカ! ちょっとくらい助けてくれたっていいじゃんかよー!」


 ぽこすか相手の肩を叩く。

 力が弱いのでこれじゃあ下手くそな肩叩きだった。


「ちょ、いた、いたたっ。中途半端にやるなよ。……別に見捨てたわけじゃねえよ。ちょっとな。どこからか、鋭い視線と同時に、手を組むなって言われている気がするんだ。

 ……これが死神のアドバイスなのかね」


「たとえ引き止められても、手を差し伸べる自己犠牲な英雄願望はお前にはないのか!」


「ねえよ! こっちはおっさんなんだよ! 夢見る少年心も失うに決まってるだろっ!」


 ぐぐぐ、と睨み合うが、これ以上は勝算が見えなかったので、わたしは諦める。……はあ、これで振り出しに戻った。

 あのおじさんで三人目。前回、二人よりも時間がかかったので、いけると思ったんだけど……。やっぱり十五歳の女じゃあ、働き口はないのかなー。


「ダメだった……」

 と、とぼとぼと三人の元に戻る。


 お疲れさま、と労ってくれたのはムースだけだった。

 頑張りを認めてくれるのはムースだけだよ……。


 ツタと葉っぱを巻き付けた、原始的なファッション。

 その真ん中、膨らんだ胸に顔を埋めて、抱き着いた。

 ああ、疲れが癒されていく――。


「あわ、あわわわ――タルトちゃん!? 

 離れて、やばいよ鬼が目の前に出ちゃってるからっ!」


 鬼? そんなものは見えないけど?


「そりゃ胸に顔を埋めてるからで――あんっ!?

 くすぐったいから鼻息っ、荒くしないでっ!」


 反応が面白くてついつい困らせてしまう。

 でも、気持ちは誰でも分かると思う。

 ムースって、そういう空気感を出しているんだもの。


 薄黄色の髪に、天使の輪が浮いておらず、ぴったりとくっついている。

 その天使の輪もツタだった。

 肩につきそうなふわっふわな髪、毛先に丸い空気を挟み込んだように少し持ち上がっていた。


 ―― ――


「はっ!?」


 と、わたしは勢い良く目を覚ました。

 汗びっしょり、服がびちゃびちゃで不快だった。

 体を起こそうとしたら、すっと、ベリーの顔が現れた。


「お、タルトが起きた!」

「熱はある?」

 ちょっと待ってー、と、ショコナの問いにベリーが答える。

 そして、わたしのおでこに自分の額を合わせた。前髪をかきあげ、広いおでこがよく見える。

 ただ、逆さまの状態なので、キスしてしまう事故は起きなかった。


 うーむ、からかうことができなかった。ちょっと悔しい。


「熱はないなー。でも変に冷たくて、ちょっと怖い……」

「熱がないなら大丈夫」


 ショコナがキッチンから出てきた。わたしはどうやら、ベッドの上に寝かされていたらしい。

 作っておいたサンドイッチはぜんぶ食べ終わっていた。

 だからショコナはわたしのために料理を作ってくれたのだろう。


 分厚い手袋をはめて、お鍋を持ってくる。

 テーブルに置き、二口くらいすくい、お皿に注ぐ。

 スプーンを使い、わたしに食べさせてくれた。


「おいしい……! でも、ショコナの方が料理上手なのが、姉として情けない……」


「料理ならお屋敷で教えてもらうし、好きだから自分で練習してるもん。

 タルトとは、けいけんが違うんだよ!」


「ショコナは料理が好きなんだ。じゃあ、ベリーは?」


「そんなめんどうなことをすると思うか?」

 威張って言うことではないけど。


 双子だからと言って、趣味まで同じとは限らないか。

 共通点が多く、共通点しかなさそうな二人だけど、当たり前に違うところもある。

 親しい者ほど、その違いが大きく見える。


 ベリーは面倒くさがり屋で、大ざっぱな性格。

 ショコナは、マメで気配りができる性格。二人が見た目以外でも瓜二つに見えるのは、気を利かせて、姉に合わせる妹のショコナの立ち位置のおかげだろう。


 姉としては、隙あらば食いつく、みたいなその心意気は恐い……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る