――おまけ読み切り#2

タルト・ドラゴンズ その1

「ん、あれ? あれれ?」


 ドアノブを捻ってみたけど扉が開かなかった。

 おかしいな、立て付けが悪いわけじゃないんだけど……。


 押しても引いても役立たず。仕方ないので泥棒さん、もしくはお叱りを受けた小さい頃のわたしみたいに、窓から外に出ることにした。


 可愛らしい指(自分で言っちゃう)を伸ばす。

 ――カギ、硬ぁっ……。

 ダイヤモンドみたいな、絶対に砕けないほどがっちりとカギが頑張ってくれちゃってる。


 こうなったら壊しちゃってもいいんだけど、カギなし窓が家の中にあるのは不安が心に穴を開ける……、すーすーと風通しが良さそうだった。


 カギを諦めたわたしは、しかし脱出は諦めない。

 木と木の間にぴったりとはまっている木造のミニハウス。

 どこかの床の板を剥がしたら、下へ降りられるんじゃないかな。


「うーん、ダメだねー」


 力がなくて。剥がすとか簡単に言っちゃったけど、無理無理。急ごしらえで作ったわりには、良い仕事がされている……、板を剥がすための指を入れる隙間がない。


 あ、と気づく。

 心臓がばくばく。一旦、落ち着くために冷蔵庫の中から飲み物を取り出す。

 フルーツにストローを差し、中の身を潰して出た液体を飲み干す。うん、落ち着きー。


 葉っぱを数百枚集めて重ねたクッションに腰を落とし、結論。


「……閉じ込められた?」


 自分の家で密室状態。

 たぶん、みんなは腹を抱えて笑うだろうけど、

 わたしからしたらぜんぜん笑えないコンディションだ。


 ひとりぼっちの寂しい空間で、ちゅーちゅーとストローを吸っていると、ツインテールの片側の赤髪が、ちらっと見えた。隠れているつもりらしいけど、ばればれだった。


「……よーし」


 見つけていない振りをしながら、飲み終わったフルーツを捨てにいき、全身の伸びをして気づいてませんよのアピールを怠らない。

 そして、ぴょこんぴょこんと犬のしっぽのように喜びを表現するツインテールの片方にめがけて、わたしは飛びかかった。


「見ーつけたっ!」

「ぎゃー、ぎゃー!」


 押し倒されてじたばたと暴れているツインテールちゃん。隣には、おろおろと不安げに、まるでロボットダンスみたいになってわたしたちを見つめている赤いショートボブちゃんも。


 よく知ってる顔だった。

 というか、大好きだった。


「二人とも、こんな時間にどうしたの?」


 可愛い妹二人は、無言でむすっと視線を逸らした。


 ―― ――


「そろそろお金が必要になってきちゃったの」

「いや、私にそんなこと言われても……」


 小さいから大きいまでの木が乱立している森の中。


『木の下の教室』に向かったわたしを待ってくれていたのは、親友のトーコだった。桜色の髪を首の後ろで結び、垂らしている。

 尻尾みたいなテールで……あ、言っていることは同じか。


 画家でもないのに紺色のベレー帽を被り、袖なしの白い服にミニスカート。予想を裏切って彼女の足は二股で……人魚マーメイドフィリアのくせに、人と同じだった。

 そこはさ、一本足で……、足っていうか、ヒレで。

 ぴちぴちと跳ねてくれたら期待通りなんだけど。


 まあ、そういうわたしもドラゴンドーターなのに、翼は生えていないし火も吹けない。所詮は精霊だし、それそのものではない。

 メインじゃない、サブのモブだから。

 指摘自体が特大ブーメランのわたしは、強く出られなかった。


「お金に困っているなら働けばいいじゃない。森林ウッドリンクまでいけば仕事なんてたくさんあるわよ。ま、当たりかはずれはあるけどね。はずれたら、散々こき使われて、労働に見合っていない給料を渡されるけど、貰えないよりはマシなんじゃない?」


「えー、人の言いなりになるとか、わたしはちょっと向いてないしー」


「……家の教育に嫌気が差して家出してきたタルトなら、そうよね……」


 あれ、もしかして呆れられてる? 

 確かに、ちょっとつらいからって投げ出して、逃げちゃったのは、情けないとも感じてしまうけど、あれはさすがに……、わたしじゃなくても音を上げると思う。


「お金が欲しいなら働くしかないでしょ。欲しいと言って貰えたら苦労しないし」


「そっかー、そうだよねえ。じゃあ、仕方ない。わたしのこの魅惑のプロポーションと悩殺ボディで、深夜のお仕事、頑張っちゃおうかな!」


 宣言したところでがばっと引っ張られ、吊り上げられる。

 足がつかなくてばたばた。胸倉を掴まれ、わたしは言葉が出ない。


 トーコがあまり見ない形相で、しかももの凄く低い声を絞り出した。


「それやったら海に沈めるからね」

「あ、あい……」


 人魚の精が海に沈めるとか冗談に聞こえない……。

 息継ぎができない場所で片方が呼吸いらずってのは、ずるいんじゃないかな。


 こくんこくんと頷くわたしに満足したのか、トーコが離してくれた。

 ツッコんでくれる冗談と、こうして真面目に怒ってくる冗談があるから、選ぶのに一苦労だった。なにか、基準でもあればいいんだけどなー。


「タルト、仕事を探してんのか? あのおっさんとのゴミ拾いは?」

「あ、あの、おは、おはようっ!」


 小さな、切られた丸太の椅子に腰かけた二人の同級生。というか友達、親友。



 鋼、というより、スライムのように突き抜ける心臓を持つビアン。


 逆に、同い年のわたしたちにもたまに敬語を使ってしまうほどに気が弱いムース。



 ビアンは悪魔デーモンドッテルで、


 ムースはエルフのトホターだった。


 トーコも入れて、この木の下の教室の仲良し四人組と太鼓判を押されている公認アイドル。


 まあ、アイドルとか言っても、ノリノリなのはトーコだけだったりするんだけど。


「誰がノリノリだ」

 口に出してたらしくて、ずびしっ! と、チョップが額にめり込んだ。


 しゅー、と煙が額から上がる。


 気にせず、

「二人とも、おはろー」

「ん」


 先に挨拶してくれたムースはともかく、ビアンはおはろーで返してくれてもいいじゃん。

 じと目で見つめてプレッシャーを与えても気づかない振りだ。


 いや、あれは気づいていないんだな、きっと。


「あのおっさんとはね、この前、大喧嘩したからやめたんだ……」


「え? あんなに仲良さそうに一日通して、何日もゴミ拾いしてたのに!?」


 しんみりとしたわたしに、ムースが必死に説得するように、語気を強めた。

 えと、そんなに感情的にならなくてもいいよ……? 

 大した話じゃないし、感情的な揺さぶりも無に等しいんだから。


「なにが原因!? なにが原因であんなに仲良かった二人の絆に傷が!?」


「む、ムース!? 首が取れちゃうもげちゃう! 肩を揺さぶらないで!」


 あ、ごめんね、とムースが謝る。いいよいいよ、許すよ怒ってないよ。

 ムースのそういう友達想いなところは好きだから、全然オッケーなんだよ。


「もしかして報酬の分け方で喧嘩したのか? あのおっさん、がめついしなー」

「森林暮らしはがめついでしょ、そりゃ」


 トーコが汚い物を見るように。その理論だと、森林暮らしのわたしもがめついことになっちゃうけど……いや、はずれてはいないから、いいのかな。


「報酬はいつも通りに半分ずつ。まあ、ちょっとは出来高制だし、互いの合意で、報酬の額は上げ下げしちゃうけどさ……だから、そういうことじゃないんだよ」


 あのおっさんは、あのおっさんはね――、


「もうダメだ、自分は生きることを諦めるって、そう言ったの……っ!」


 だから思い切り殴ってやった。

 諦めるんじゃねーバカ野郎! って。


 確かに森林街で暮らすのは大変だよ。わたしだって家を出て、ここで暮らそうとした時、お金を得るのに苦労したよ。仕事なんてまともなものはないし、騙されたり襲われたりもした。

 でも、だからこそ出会った人だっているじゃん!


 あのおっさんと、わたしは出会って。長いこと、パートナーとして活動してきた。それを、最近は給料があまりよくないからって、年齢のせいがあるからって、生きることを諦めるなんて、命を粗末にしてるよ!


「おっさんは一言、謝って、わたしの前から去ったんだ――」


 遠い目をするわたしに、ビアンが聞いた。


「そのおっさんは?」


「なんか娘さんが引き取りにきて、そのまま施設に入れられたってー。お酒も麻雀もできないけど、健康な体を維持しながら毎日楽しくおばちゃんと談笑しているところをこの前見た」


「それでタルトは?」

「裏切り者! って言って帰ってきた」


「大喧嘩って、あんたの逆ギレじゃない!」


 トーコの指摘に返す言葉がなかった。


 いやね、本気で思っているわけじゃなくて。なんだかあれだけ腐ってたあのおっさんが楽しそうにしているところを見ると、近づいて声をかけるのが照れ臭くなって。

 互いに元気なら見かけることもあるだろうし、言葉なんていらずとも、意思は通じてるっていう……あれだよ。


「ふーん、やめたというか、自然消滅な感じね。でも、おっさんにゴミ拾いを頼んだ依頼者はいるんでしょう? タルトはそれの手伝いで報酬を貰っていたわけだし。仕事がなくて泣きついたタルトが可哀想で、あの人の厚意で渡してくれた仕事だって聞いていたわよ」


「あー、それね……依頼者、いなかった」


 てへ、と舌を出したけど空気は良くならない。


 思い切りすべったので、ショックが大きい。

 あのおっさんがやめた時よりも、きつい。


 気を取り直して、こほんと咳払い。


「おっさんがゴミを拾って、それを素材として売っていただけ、なんだよね。安定して売れる知り合いがおっさんにはいたの。だから毎回、お金が安定して貰えていたんだ。

 でも最近、おっさんの知り合いの購入者も、あまり財布が良くなくてさー。で、おっさんもやめちゃったし、依頼者なんていないし。今、わたしは無職のニート。

 もしも木の下の教室に学費があったら、わたしは通えてないよー」


 この木の下の教室も、正式な教室じゃなくてボランティアによっておこなわれているものなので、学費なんてものは心配していなかったけど。

 だからいきなり、この教室が終わっても不思議じゃない。

 管理者が誰もいないのだから、当然だった。


「タルトが言うとなんでも軽く聞こえるけど……結構、ヘビーな問題よね……」


 そりゃそうだよ、生活資金が底をつきそうなんだよね。

 これでも節約をしていたけど、それでも今日の夕食とか、明日の朝食とか、危ない感じ。


 本当にどうしようかと悩んでいたので、真面目なトーコにお金の次なる源泉のあてを教えてもらおうと思ったのだけど、やっぱり難しいかな。

 わたしは家出してきたわけで、一人暮らしを余儀なくされているけれど、他の三人は違う。


 ムースとトーコは両親がいる家がある。ビアンは、わたしと似たようなものだけど、ちゃんとした宿舎があって、仕事がきちんと用意されてある。

 わたしとは違って、いきなり無くなったりはしない、安定したものだ。


「トーコにはさっき聞いてもまともに答えなかったし……じゃあムースはなにか、いい仕事を知ってたりする?」


「わたしは、まだ学生だし……、一応、知ってるけど、身元がはっきりしないと任せてもらえないと思うよ」


「だよねー……」


 トーコも同じく学生だし、そうかなとは思っていたけど。

 いざこうして現実を突きつけられると、きついなあ。身元をはっきりさせちゃうと、色々と厄介だから、それだけは明かさないようにしていたけど、そろそろ限界かな……。


 明かしたらそれはそれで、仕事なんて任せてもらえなさそうだけど。


「そんなわけで、万事休すです」


「じゃあ、自分で売り込めば?」

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