新話/生存のみちびき

第29話 二人の予知夢

 はっとして目を覚ましたユキノは、対面で食事をするマルクを発見する。


「……? 汗なんて流して体調でも悪いのかい?」

「いや……、マルク、よね……? 幻なんかじゃないわよね……?」


 手を伸ばして頬を撫でる。……やっぱり触れる、幻ではない。

 その伸ばされた細い手を、マルクが掴んだ。


「本当にどうしたの。まるで死人にでも会ったみたいな顔をしてさ」

「……それに近いようなものね」


 まるで現実かと思うような夢だった……夢――夢か?


 鮮明に見え、痛みも心の苦痛も経験としてユキノの中に残っている。夢の内容を覚えているということは、自分勝手に創作してしまっている、と言われているが、こんな苦痛をわざわざ自分で創作して苦しんでいるとなると、なにやってんだ、って思ってしまうが。


「ここは?」


「ん? アクア99の中さ。俺たちは依頼で護衛している、最中なんだけどね……ユキノ、絶好調でないなら休んでいた方がいいよ。

 もしもバケモノが出てきたら、少しの不調も命取りになるんだから」


「潜水艦に穴はあるの?」

「穴?」


「船底でも壁でもいいから、穴があったなら確定よね――」



 調べてみたら数か所、穴が空いていた。

 だが浸水はなく、恐らく彼らにとってもまだ準備段階、と言ったところなのだろう……。


「やっぱりね……ただの夢じゃなかったわけか」

「どういうことなんだ、ユキノ――」


 と、マルク。

 それはそうなのだが、危機感を一切抱いていないマルクにちょっとだけイラっとする。

 これから起こるかもしれない――いや、確実に起こるだろうバケモノの襲撃があるにもかかわらず、だ。


「カオス・グループ」

「……なんだって?」


「アクア99を襲撃してくるバケモノね……それに、アンドロイドも出てくるわ」

「…………」


 どうして分かる、という疑問がマルクから見えている。

 彼が口にしないのは、ユキノを疑っているから、と知られたくないからだろう。


 別にいいのに……とユキノは息を吐く。

 自分だって、未来の映像が見えたことなど、未だに信じることができていないのだから。


 予知夢、なのだろうか。


 もしかしたらユキノでも知らない、陰陽師の力なのかもしれない……。


「とにかく、対処をしておいて損はないでしょ。襲撃がなければそれならそれでいいわけだし――動くわよ、マルク。襲撃を予知できているなら、今度はこっちから奇襲してやるわ」


 それでも、アンドロイド相手には通用しないだろうが……、

 しかしそれについてはユキノにも考えがあった。


 予知の中では、アクア99は全滅している。ユキノを含め、全員が――当然、ウリアもギンも、殺害されている。残ったのは痩身の青年である、アンドロイドのみだった。


 だがそれは、彼――『ギン』が単身で勝負を挑んだからである。もしも、ウリアでもマルクでもユキノでもいい……、誰かが隣にいたら、まだ勝機はあるはずなのだ。


 だから、今度こそ――。


 アクア99を、沈めさせるわけにはいかない。



「しばらくしたらウリアがくると思うから、事情を説明して手伝わせるわよ」

「ウリアが? そんなことまで分かるのか――」


「私たちは運命共同体、よ」



 そして――、



「わたしにも手伝わせてください」

「……あなたは確か――」

「モコモモ、です」


 桃色の髪をした、長い杖を持つ小柄な少女だった。

 彼女の表情には自分と同じ必死さがあるとユキノは感じた。


「もう……、仲間を、失いたくありません」


 失った苦しみを知っているから。

 あんな悲劇は、もう二度と、繰り返さない。


「あの予知夢は、もしかしてあなたの――」


 思ったが、それをここで解明している時間はなかった。

 ユキノの陰陽師としての力だろうが、彼女、モコモモの力だろうがどうでもいい――どうしてこの二人だけが予知を見たのかさえ、今は後回しにするべきだろう。


 一秒でも惜しい。事前準備の数が、襲撃を防ぐ盾になるのだから。


「ついてこれなくなっても置いていくから、モコモモ」

「はいっ、がんばりますっ、ユキノ様!」


 様はいらない、と言うべきか悩んだが、こうして慕わせておいた方が彼女の士気に関わると察したユキノは、そのままでいくことにした。

 様をつけられてちょっと気持ち良くなったのは内緒である。


「……早くきなさいよ、ウリア」


 ユキノが呟いた。


「あんたがいないと、この戦いには勝てないんだからね」



 ―― 化物世界:水上都市・アクア99の『残存』 ―― to be continued

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