第17話 ユキノの能力

 精霊。


 狐、狼、猫、獅子、鳥……、それぞれを形成する実体と幽体の中間地点にいるバケモノ。

 正統な進化ではなく、突発的に生まれた高次元の存在——パラレルワールドとも呼ぶ、別次元の住人であるバケモノを、ギンやウリアたちが住む世界へ召喚する力——。


 それがユキノの血統であり、授けられた能力だ。



 3F、雑貨エリアも変わらず悲惨な状況だ。

 多大な被害が出ており、それを引き起こした張本人は、二体。


 その内の一体は、ユキノの手によって真っ赤な炎に包まれ、焼かれている。悲鳴が上がらなくなり、酔っぱらったようにふらふらとした足取りの後、前方に倒れる。

 ばしゃり、と水中に浸かっても炎は消えずに、体を灰にするまで焼き続けた。


 消えない炎。

 高次元の力。


 ユキノの首に巻きつくよう、まるでマフラーのように乗っているのは、赤い狐だ。小さく、腕と同じくらいの細さである。

 前足、後ろ足は存在しているが、後ろ足からさらに後方、下半身と尻尾は、炎の先端のようにゆらゆらと揺れ、触れることができない。


 空気中に溶けているような……、


 混ざり合っているような容姿だった。


 レッド・フォックス、と、召喚された赤い狐はそう名乗る。


 ユキノは長いので「フォン」と略していた。


「……あのなあ、いつもオレを出すのはやめてくれねえかな。こっちだって暇じゃねえんだよ」


「口元にべったりと白いクリームをつけてなにを言ってるの?」

「なに!?」


 前足で自分の口元をぺたぺたと触って確認するが、クリームなどついていなかった。

 ベタベタでもない。赤い狐のフォンは、カマをかけられたことに遅れて気づく。


「高次元存在(笑)」

「笑うなあ!!」


 ユキノの耳元でやかましく叫ぶフォンを軽く手で押し、あしらうユキノ。

 高次元存在とは言っても、だからと言って神々しくも、見下したような性格でもない。

 フォンはユキノでも扱えるくらいに、精神年齢が低いのだ。


 まだマルクの方が大人っぽい。


 高次元存在であり、精霊でもあり、

 けれど、バケモノのフォンと比べるのもどうかと思うが。


「分かったわよ、うるさいわね……あとで油揚げ、あげるから」


「それはお前ら側の勝手な解釈で広まった伝統だろ。

 別に、オレは油揚げが好きなわけじゃねえし。サイコロステーキの方が好きだ!」


「まあ、あんたにとっては食べやすい手頃さと大きさね」


 普通のバケモノとはちょっとだけ違うくせに、食べるものは普通のバケモノよりもダウングレードしている気がするのだが。


 ……住めば都か。

 やはり食べ慣れた好みの食べものが、なんだかんだと一番、美味しいのだろう。


 サイコロステーキくらい、バケモノを討伐しなくともスーパーにいけば、このショッピングモールの食品売り場でも漁れば出てきそうなものだ。

 後で必ず食べさせてあげると約束して、フォンの士気を上げる。


「まだ一体、残ってやがんのか。さっさと燃やして終わらせるか」


「はいはい、さっさと終わらせちゃって。

 他の二人よりも早く終わらせて、自慢しながらウリアをいじりたいんだから」


「やっぱ、お前はじわじわと嫌われるタイプだよな。幼馴染のあの二人だからこそ、ずっと付き合ってくれているが、他のやつだったらとっくのとうに見捨てられてそうだ」


「それならそれでいいわよ。別に、仲良しこよしがしたいわけじゃないし」


「嘘つけ。仲良しこよしがいいんだろうが。それを望んでいたんだろ? 部屋にこもって孤独で死にそうって、毎日毎日、布団に包まって泣いていたのはどこのどいつだよ」


「あんたでしょうが」

「オレじゃねえよ!」


 耳元での大きな否定に、ユキノは肯定を示す。

 もちろん、フォンの言っていることが本当で、見破られたユキノが咄嗟に、返し言葉として嘘を言っただけだ。



 ……ユキノは日本人だ。

 この世界において日本人とは、貴重な人材である。世界の中心地点にあり、人間が唯一住む島であるゴッドタウンは、百年前、日本と呼ばれていた土地だったのだ。


 島の町には日本を示すものがたくさんあり、言葉や文化なども、数多くの資料が残っている日本がベースとなっている。

 通貨も政治も言語も、日本で統一されていた。


 その中にも、他国の要素も少なからずは入っているが、土地所有者である日本が優先されていた。だが、様々な文化が取り込まれていながらも、肝心のベースとなっている日本人の数は、圧倒的に少なかった。


 ユキノ・フブキは、数少ない日本人の生き残りの一人であり、フブキ家の一人娘だった。

 日本人のハンターには『陰陽師』の力がある。

 ユキノはその力の後継者であり、フブキ家、唯一の跡取り娘——。


 マルクと似ているようであり、ウリアとは似ても似つかない生い立ちをしている。


 親がいるというのも、ウリアとの大きな違いだった。



 大事に育てられ、愛を感じてはいても、一人が多かった。

 絶対に失わないために、彼女は安全地帯に隔離されていた。


 ユキノは裕福で、恵まれていても、

 普通の子供が当たり前に持っているものを、持っていなかった。


 ずっと孤独だった。

 友達が欲しかった。


 そんな時に彼女に手を差し伸べたのが、あの二人だ。



 あの二人は昔からユキノに構ってくれた。家柄のこともあり、マルクとは仲良くしていたが、出会った頃から馬が合っても、同族嫌悪で喧嘩ばかりしていたウリアとの関係が、マルクと同等、それ以上の仲になるとは思っていなかった。


 時間がないユキノに、愛想をつかすことなく、ウリアはずっと待っていてくれていた。

 付き合ってくれていた。


 そこにマルクも加わり、嫌で仕方なかった子供時代は、楽しい思い出へ変わったのだ。


 思い描いていた仲良しこよしの絵ではない。

 もしもその通りだったとしても、どうせ自分は、『思い描いている』べったりくっついて笑顔が絶えない関係なんて、築けないだろう。

 そんな仲、永久には続かない。


 理想ではないが、今の関係も気に入っている。


 喧嘩ばかりして――修復不可能なほどに大喧嘩をして。必死にマルクが繋ぎ止めようとしてくれているのを見ている内に、ユキノとウリアが、いつの間にか仲直りしている。

 以前よりも笑顔が増えている関係性に、一時的になるのだ。


 時間が経てば元通りになる喧嘩ばかりで、それの繰り返しが、青春だ。


 上がって、下がって。

 停滞して、変化して。


 ユキノが求めていた仲良しこよしは、こういうことだって含まれるのだ。


 ―― ――


「そうね、あの二人にいち早く自慢したいから、フォン、早くあいつを燃やしちゃって」

「……あいよ」


 そして、フォンの炎が目の前の、二足歩行で、だらんと猫背になっているカオスグループへ放たれた。線の移動ではなく、点から点への座標移動。こちらが意図的にはずさなければ、決してはずれようもない攻撃だったのだが――そこでフォンの目が見開かれる。


 カオスグループが、フォンが放った炎を、数十センチ横にずれて、避けたのだ。


 多少の炎を浴びてはいるが、纏ってはいない。


 鎧のように炎を纏ってくれなければ、逃がさず燃やし尽くす技が再現できない。


 フォンのミスか、とも思ったが、すぐにそれはないと気づく。

 こんな姿で、あんな精神年齢でも、精霊である。高次元存在である。

 少なくとも、今いるステージよりは一段階上の存在であるはずなのだが――、


 カオスグループはそれを避けた。


 ……考えられることは一つ。


 その可能性を、フォンは一瞬で見破った。

 だが、対応策までは、彼の中には生まれていない。



「……さっきの攻撃を分析して、学習してやがんのか……?」



 カオス・グループ。


 戦えば戦うほど、やりづらくなってくる。


 その意味の一面が、顔を出してきた。

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