第13話 準備段階

「『カオス・グループ』……無秩序で、身勝手で、わがままで――統率なんて取れない鰐のバケモノの集団、と言われていたわね、確か……」


「よく覚えてるわね、さすがエリート。筆記試験だけ、一位なだけあるわぁー」


「……棘がある言い方だけど、今はいいわ。というか、あんたたち二人の任務なんだから、相手の詳細データくらい知っておきなさいよ!」


「そういうことは全部、マルクが暗記してるからいいのよ」

「……まあ、一応、全部を覚えてるけど」


「マルク……、なんでユキノにばっかり甘いのよ……!」


 マルクはさっと視線を逸らす。

 ウリアはじっと睨み付けていたが、意味がないと悟って視線をユキノへ戻した。


「アクア99の航路に、カオスグループの新しくできた棲み処があるから、護衛のために二人が派遣されたんでしょ? ……カオスグループは上位のバケモノだし、レベル・レッドのハンターが向かうのも分かるけどさ――正直、カオスグループって強いイメージがないのよね」


「単体だとびっくりするくらい弱いわよね。しかも無秩序だから、チームワークが良いわけでもない。上位とするのが私としては不満。買い被り過ぎじゃないの?」


 ウリアとユキノが息の合った意見を交わす。


 喧嘩し合っていることが多い二人でも、案外、性格や好みは合っていたりする。だからこそ関係は途切れず、どちらからも切ろうとすることもなく、昔から今までずっと繋がっているのだ。


「単体では弱いし、群れになっても変わらず弱い……、けど、それはあちらに『協力しよう』という意思が入った場合だけ。複数のカオスグループが望まず集まった時の、無秩序で先の読めない、どこから攻撃がくるのか全てが予想外の戦場を自然と組み上げられてしまうと、こちらはどうしようもないんだよね……。向こうは常に、仲間割れをしているようなものだし。

 ……そこに巻き込まれたらひとたまりもない」


「カオスグループへの対策って?」


「群れになっているのなら、一体一体を引き剥がすこと。そうすれば随分と楽になると思う。……と言っても、相手はそれでもバケモノだ。油断をすれば足をすくわれるよ」


「そんなの分かってるわよ。マルクはいちいちお母さんみたいなのよ」


 そう言ったユキノは反抗期の子供みたいだが、と心の中で思ったが、マルクは言わない。


「……なにか文句があるわけ?」


 言わないでも薄っすらと伝わっているらしかった。マルクは首を左右に振って、なんでもないと誤魔化した。ウリアはそのやり取りなど眼中にないらしい。


「……話には聞いているけど、カオスグループと出会うのは初めてなのよね……、聞いた感じじゃあ、苦戦するような相手ではないと思うんだけど……なんで上位なんだろ。

 他のバケモノと同様に、ただ純粋に強いってだけなら、もっと下の階級でもいいじゃない」


「さあね。そこまでは暗記していないけど……。

 戦ったことがあるハンターが言うには、『段々、やりづらくなってくる』らしいよ」


「謎が謎を呼ぶわね」


 考えれば考えるほど、出口が見えない洞窟を、ひたすら歩く感覚を覚える。一旦、ごちゃごちゃしたものを真っ白にした方が良いのかもしれない。

 こうしている今も、カオスグループが支配している海域へ入ろうとしているのだから。


 いつ戦闘が始まってもいいようにしなければ。


「アクア99の武装で蹴散らせ……ないわよね。

 できたら依頼なんてしないし……護衛だって船員で足りるし」


「そりゃそうでしょ。武装にやられるバケモノなんて、バケモノと呼べないでしょうし」

「撃破ではなく、撃退くらいならできると思うよ。色々と条件は必要だろうけど」


「どちらにせよ、ただの兵器でやられるバケモノって、どうなのよ?」


 ウリアも、その気持ちは分かる。相手はバケモノだ。潜水艦にある武装でどうにかなるレベルならば、人間は生存競争に負けていない。


 十中八九、カオスグループはアクア99へ、なにか仕掛けてくる。


「はあ、まったく。カオスグループの棲み処を通る航路だって分かったのなら、迂回でもして危険を遠ざければいいじゃないの」


「辺りは他のバケモノで囲まれているからね。しかも水中で戦うとなると分が悪い相手ばかり。中でも、カオスグループが比較的、戦いやすいと調べられたって聞いたよ。

 辺りのバケモノの中ではカオスグループの方が強さは上だけど、ハンターが一番、戦いやすいのがカオスグループだから」


 事情があって、避けられない戦いになる。だから階級が高いハンターを招集したのだ。

 低い階級のハンターは、常に数人が常駐しているが、さすがに上位のバケモノがいる棲み処を通る航路で、その護衛では心許ない。彼らにも負担がかかってしまう。


 現在はユキノ、マルク、助っ人でウリア。

 他に階級の低いハンターが四人、見回りをしている。カオスグループが現れたら彼ら四人のハンターも戦ってもらうが、住民の避難の方が優先だろう。


 そこで気づくが、もう住民は避難させた方がいいのではないだろうか。


「パニックは避けたいって方針らしいわよ。どうやら船員側は、カオスグループがなにもしないことを期待しているらしい。このまま素通りして通常運行。……まあ、無理でしょうけど」


「……船体に穴が開いているのが、今更だけど違和感ね……。

 穴を開けたのなら、なんで入ってこないのかしら?」


「さあね。タイミングを計っているのか、それともカオスグループではないのか」


 カオスグループではない別のバケモノ。

 今まで、カオスグループには、アクアの壁を破壊されたことはない。だからこそ通り抜けられる希望があるのだが。

 これがカオスグループでないとなると……、しかも、カオスグループよりも強いバケモノである可能性が浮上する。


 底が見えない不安が、せり上がってきている……。


「とにかく! カオスグループがいる海域へ入ったら、海中に出て討伐するための準備を――」


 ウリアがそうまとめようとしたところで、



 古代に存在した、恐竜のような雄叫びが響き渡る。

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