第26話 ヒントの老人

「……おう、さんきゅーさんきゅー」


 バグ云々も、当然、心を読まれていると思っておくべきだろうな。モナンが文句を言ってくる前に、言葉を返して、モナンの頬を指でぐっと押してやる。柔らかい頬だった……ぷに、っとしてる――癖になりそうだが、それを抑えて、俺はジジイへ問う。


「キュリエは、そのダンスホール・ダイダロスのメンバー……なんですかね?」

「さあな。いや、さあな、じゃ」


 いちいち口調を直さなくてもいいけど……、変な言い回しになってるし。

 それに、あんたのキャラがどうだろうと、俺たちは気にしない。


 ただ、頑張っている人を指摘するのはよくないな……、本人のためになるとは言え、俺が挟む指摘は良い方へ転ばなさそうだ。

 なので口を閉じる……余計なことは言わない。


 これ以上、話が逸れてたまるか。


「……分かった、分かったからそう睨むな。腰を抜かしてしまうだろう?」

「お、自然体になってきましたね――いえ、なんでもないです」


 思わずそう言ってしまい、すぐに訂正した。たぶん遅いけど……思ったが顔には出さない。ギリギリ、ばれてはいないと思うけど……。

 ともかく、睨んでいる自覚は俺にはなかった。

 なかったけど、言われたということは、睨んでいたのだろう。


 無自覚に……。

 なんてことだ。

 そこまで好戦的だったっけ?


 確かに、このジジイを信用しているわけではないけど。


「せ、先輩……頬が痛いです」


「腰を抜かさないでくださいよ。

 今は、ダメです。知っていることを全て説明してくれるまでは――ね」


「先輩!? モナンの言葉を無視してシリアスに入っていますか!?」


 どや顔が気持ち悪いです! と大声でモナンが吠えた。

 うるせえよ、どや顔に文句を言うな。してやったりの顔に疑問を持つな!


 お前は俺の顔の側面だけを見ていればいいんだからな!


 モナンの頬にくっついている俺の指を、モナンが剥ぎ取ろうとしてくる。だけど弱い力なのでまったく、俺の指は剥がれそうになかった。

 で、今度こそは徹底して拘束してやろうと、モナンの頬を両手で挟む……サンドイッチだ。


 支配欲……、………………。


 沈黙は、なんでもないよ?


 そんなわけで、抑え込んだモナンを無視して続ける。



「さて、うるさいのもいなくなったことですし、どうぞどうぞ。

 お好きに話してどうぞですよ、ご老体さま」


「……むーっ、と唸っているそこの女の子が、儂に助けを求めているのだが……、助けた方がいいのかのう?」


「したら殺します。いえ、ゲームオーバー、ですか?」


 即答だった。

 自分でもびっくりするくらいの即答……。


「まあ嘘ですが。それに近いことはするかもしれませんよ、ってことです。安心してください」


「無理だろう」


 うん、それは、まあ分かる。


『殺します』と言われた後に、『嘘です、安心してください』と言われても、信じることなんてできないだろう。信頼は、信用は、破壊されたも同然なのだから……。

 だが、信頼を求めていなければ、マイナスにはならない。このジジイからは、情報さえ貰えればいい……、酷いことを言ってしまえば、情報さえ受け取れば、用済みである。

 ここで捨ててしまってもいい……。


 それくらいの気持ちしかない。

 最悪、脅すこともできるわけだ。


 やり方は後で考えるが、ゲームの中だからこそ、そうでないとできないことを、言葉巧みに使えば、工夫次第で最大効力を持って脅すこともできるかもしれない――。


 ただ、目の前の老人が本当に老人だった場合……(老人のアバターを使った青年だった場合は可能だけど、しかし……)俺の脅しは見抜かれるだろう。

 人生経験の数と質が違うのだ、中途半端な覚悟は、あっさりと見破られるはず……、


 だから慎重に、だ。


 すると、ジジイが俺を見て、


「ふっ」


 と、笑った。


 そして、


「お前らが探している女の子はきっと――、確実に近いが……恐らく、ダンスホール・ダイダロス、その幹部の一人だろうな」


 ……雰囲気が、変わった。

 まるで、なんでも知っているような、上級者の雰囲気である。


 ジジイの印象が、がらりと変わった。思わず、その印象に飲まれ、一歩、引いてしまった。

 さり気なくモナンを背後へ回し、危険を回避させる。

 ジジイは既に杖を使っておらず、普通に歩いている。


 歩けるのかよ、なんてツッコミはできなかった。


 すれば、殺される……、それくらいの威圧だった。


 こっちが勝手にイメージしてしまっているだけなんだけど……、

 そう思わされていることが、既に相手の術中なのかもしれない。



「どうした、びびっておるのか? これまで無礼なことを繰り返しておいてなんだ――いざこういう場面になったら、なにもできないのか? いや、女の子を守るという役目は、きちんとこなしているようで、そこは安心と言ったところじゃのう――」


 はっはっはっ、と大口を開けて笑う老人……、笑えねえよ。


 怖いんだよ、なんだよそのオーラは……っ。

 重い……ジジイの周りの空気が、重く感じる。

 重量を持っているかのようで……。


 ごくり、唾を飲み込んでから、無意識に握っていたモナンの手を、ぎゅっと――。


 安心を得た上で、問う。



「あんたは、なんなんだ……?」



「『システム・ヒューマン』……、

 お前らには、こういう言い方が通じるのだろう?」



 老人が言った。

 自身の別名を。


 システム・ヒューマン。


 つまり、そう――、プレイヤーではない。



 NPCである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る