第27話 システム・ヒューマン

 NPC——、プレイヤーではない、ゲーム世界のキャラクターのことだ。

 ゲームの中に組み込まれ、自由なく、拘束され、制限され、意思もなく、設定された定型文を使い分けているだけの存在——、

 俺が話しかけ、返ってくる初見の会話に人間味を感じることはあれど、しかし二回、三回と繰り返しても、返ってくる言葉は同じなのだ。

 そこにはやはり、人間味は感じられない……。


 目の前のジジイはそれなのだ――NPC。


 しかし、そんなはずはない。だっておかしいだろう。だって、ジジイは意思を持って話し、俺たちの会話に対応し、その都度、合った返答をしてくれている。

 想定していた、とでも言うのか? 万よりも億よりも、さらに多い会話パターンを想定しなければいけない。それを網羅しているとでも? 

 だとしたらかなりの技術力である。

 明らかに無理だ……不可能だ、俺の知識がそう訴えているのだから。


 だからNPCではないのかもしれない……その方が確率的には高いだろう。


 のだが、


「そこまで不思議なことかのう? そこまであんぐりと口を開けて放心するほどのことか? 

 NPCだが、意思を持ち、自由に動くNPCがいたところで不思議ではないはずだ」


 と、老人は自分で考え、自分で言葉を吐き出しているように、すらすらと言葉を並べている。

 NPCは、操り人形であり人間ではない。感情など持たない、オブジェクトのようなものである――なのに、まるでこの老人は現実世界にもいそうな普通の老人かと思ってしまうほど、自然な感情を持っている。


 人間のように――。

 人間……にしか見えない。

 人間、だ。


「いや、でも、俺たちの常識では、NPCと言われたら、決まったルールに縛られているだけだと、思ってるから、さ――」


 老人はふむふむ、と頷いている。

 ぎこちない喋り方になってしまったけど、老人はちゃんと聞き取れたのだろうか。

 人間、どこかしら一部分、聞き逃してしまうことが多いが、しかしこの老人は一言一句、聞き取れたような顔をしている。


 それが老人にとっては普通のように。

 こういうところは、人間っぽくない。


 人間でないから、NPCなのか?


 すると老人は、まあ、と、


「ルールなら、儂にもあるがのう。

 たとえば、プレイヤーに直接、干渉してはならない、ともなあ」


 え、じゃあ、いま俺たちに干渉を――と言いかけたところで、気づく。老人が直接、と言ったのだ、わざわざそれをつけたのだ、そこに注目をしないのは、俺の落ち度だろう。


 直接とは物理的に、という解釈でいいのだろうか? 


 確定ではないが、NPCがプレイヤー同士の戦いなどに、手を出してはいけない――食人鬼狩りに手を貸してはいけないなど、そういうことになるのだろう。


 となれば、直接的ではない方法であれば、NPCは手助けができるわけで……、俺たちに助言をする、情報を与えるのは、全然、ありというわけだ。

 というか、情報を与える、なんて、NPCにとっては本業である。

 ここに疑問を抱く必要はなかったわけだ。


 無駄な思考力を使ってしまったな……冷静になれ、俺。


 そんな時だ。


「あ、わわわわ――」

 と声を発したのは、モナンだった。


 NPC——、


 モナンが知らないはずないか。ゲーム好きであり、しかも制作した経験もある――それを自身のキャラクターとして、貼り付けているのだから。

 ここで話が分からない、と振る舞うなら、それは自分のキャラをここで殺すことを意味する。

 だから、その驚きはフリなのだろう。

 いや、モナンのことだ、意思を持つNPCに、心を躍らせているのかもしれない。


 興味があってぺたぺたと触って確かめたいとか? 絵面的にヤバイから全力で止めるぞ?


 それに、ジジイには意思がある。性格を考えれば、モナンを近づけさせるのは危険だ。


 だからモナンのことは、俺が押さえる。

 俺の背中にいろよ、離れたら許さねえ。


「せ、せんぱい……なんで……っっ、わがままな人ですねえ……っ」

「腹立つ、が……、ここはお前の想像通りでがまんしてやるよ……っ!」


 前に出たいモナンと、彼女を背中に置いておきたい俺の押し合いの攻防は続き、その間、老人はずっと待ってくれていた。

 まあ、彼は意思を持つNPC……システム・ヒューマン? だが、敵ではないのだ。警戒をする必要はなかった……。

 だがそれはそれで、この俺たちのじゃれ合いに文句の一つもないというのは、こっちもこっちで寂しいものだった。


 さすがに続ける気にもなれず、俺たちは攻防をやめる。

 モナンを留めておけたのだ、俺の勝ちだろ?


「違いますよ、先輩!」


 と、モナンが言ってくるので、違うらしい……勝ったはずだけどなあ。

 したと思うけど。


 と、そんな感じでぐだぐだしているところに、重く、うんざりしたような、加えて急かすような声があった。老人は優しく微笑み、その奥に潜む、

『なにイチャイチャしてんだクソガキ』的な不満があるのは見て分かった。


 意思、あり過ぎじゃない?

 もう悪意だよ。

 敵意じゃねえか。


 もう少し増えれば殺意だよねえ?


 ここで色々と文句を言えば、目には見えないけれど、老人のステータスが突出しそうな気もする……、異常が出そう、そう、なにかイベントでも――と思ったけれど、悪化しても嫌なのでここはぐっと抑えることにした。

 キュリエの件がなければ試していたことだ。


 老人の威圧に、俺たちは「はいっ!」と返事をし、正座をする……事件だよ。


 NPCに正座をさせられる、俺たちプレイヤーって……。


 完全に立場が逆転しているのでは?

 いや、普段、俺たちがNPCを従えているわけじゃないけど。


 隣ではモナンが――なんでモナンまで……? と彼女は目尻に涙を溜めていたが、相手をするのも、もううんざりだったので、放っておくことにした。

 ついでにあった、「なんで無視するんでかもうっっ!」というアピールも、はいはいとなだめておく――それからやっと、老人へ本題を、再びぶつけることができる。


 戻ってきた――これた。

 やっとだ。


 長かった脱線の生活も、これまでだ。

 正式な道を、走ることができる。


 早いところ、先に進みたいのだ――マジで。



「あの、機嫌、悪いですかねえ……?」


「そんなことはないが? お前の態度は良いのだが……、隣の少女は、なぜお前の腕に抱き着いているのか、疑問なだけでのう――」


 老人が目の前に座る……、あぐらをかいて、どかっと。

 杖を地面に突き刺し、腕を組み、俺を睨んでいる――。いま老人が言った通り、モナンが俺の腕に抱き着いているのだ。

 動く気はないが、しかし動くとなるとかなり動きづらい……、邪魔だなあ。


 俺はいいんだけど、完全に老人が、『これ』に納得していない、のだろう。


 だから機嫌が悪い……としか思えなかった。


 だから離れろ、とも思うけど、気にしているのにそれを表に出さないようにしている老人の前で、離れろ、と言うのも、それはそれで老人の機嫌の悪さに拍車をかけてしまうのではないか?


 悪化させては最悪だ……だから俺は動けなかった。このままの状態で、少しの不機嫌であれば、改善も悪化もさせず、このままでいることが最善なのかもしれない。


 悪い方へ転ぶ可能性があるなら、動かないでいるべきだ。

 というか、なんで不機嫌なんだよ。


 嫉妬でもしてるの? NPCなのに?

 そりゃあ、人間から見てもモナンは黙っていれば上位に入る見た目だし……、


 それがNPCに適応されていてもおかしくはないんだけど(……ないか?)。


 適応、するか?

 だってコンピューター……、

 NPC、だぞ?


「いや、NPCをNPCとして考えるのはもうやめよう」

「……なんじゃ、なにか言ったかのう」


「いえ。いや、心の中で、あんたをNPCと見て……見過ぎていました。意思はないはず、感情なんてもっとない、と思っていたのは、そう育ったからなので仕方ないんですけど――、でも、そういう常識外の現実が目の前にあるのに、まだ常識の中にいるのは、バカですよ。

 だから、これまでにします。ここから先は、あんたのことを、人間として見ますよ」


「そうか……面白いプレイヤーじゃな」

「それは……どうも」


 照れ隠しでそう残し、俺はすぐに、老人の言葉を借りて、問いかける。


「それじゃあ、一つ。俺たちが探しているキュリエという少女が、『ダンスホール・ダイダロス』の幹部であるという話について、です」


 少し……、


 情報を、いいですか?


 そうお願いすると、老人が言った。



「いいが、高いぞ? 儂は、安くない男なのでな」

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