第24話 キュリエの行方

「キュリエ、という少女――いえ、この際、名前はどうでもいいですけど……さっき、少女を見たって言いましたよね? どこにいったのか、分かりますか?」


「そうじゃのう」

「きゃっ」


「その娘はあっちの方に――」

「ちょっと待て。いま、さり気なくモナンの尻を触ったよな!?」


 びっくりした。

 ――びっっっっくりした!


 きゃっ、なんて可愛い声を出したモナンに目がいってしまったからこそ、気づけたことだ。

 俺の反射神経が良かったからこそ視認できた――、

 この老人、隣に座っているモナンの尻を、手の平で、撫でるように触りやがった。


 輪郭を確かめるように。


 モナンが、ばばっと老人から距離を取る。そして、すぐに俺の真横へ――そこから背後に身を隠し、がるるる、と猛獣のように唸っている。

 が、モナンのような小さな子が唸っていたところで、威嚇になっていない。

 猛獣だとしても赤ちゃんが親を呼ぶ合図にしか見えなかった。


 くそ、甘えた声を出すんじゃないよ。


 俺を頼るな……、そうやって指で服をつまむな、少しだけでもやっぱり意識しちゃうから! 

 そんな願いは直接、口に出しているわけではないので、モナンには伝わらない。彼女は俺の後ろで俺の服をちょこんとつまんだままだ。そして俺は老人を見て、見下ろし、睨みつける。


 俺の大切な相棒であり、後輩の尻を触った――、俺だって触ったことないのに! と言う気はないけれど。だって、触ったことが複数回あるとしても、暴露する気はないし! 

 とにかく、友達の女の子が見知らぬ男に尻を触られたのだ、良い気分なわけがないだろう。


 しかも、モナンは嫌がっている。

 怯えている、赤面している――恥をかかされたのだ。


 男として、相棒として――ここでどうぞ存分に、なんて言うはずもない。曖昧に、なあなあで済ませるわけにもいかない、俺だって納得いかないのだ。

 だから最低限、今のことについて、話し合っておく必要がある。


 情報云々はどうでもいい。

 トークテーマはモナンだ。

 ピンク、一色。


「おいじじ――」

「まあまあ」


「まあまあ――じゃねえよ! そうやってなだめるってことは、俺たちが怒るだろうことを自覚してやったんじゃねえか! ここで、怒るとは思わなかった、とか、当たっただけだ、とか、そういう言い訳は使えなくなったわけだが、どう説明する気だこのジジイ!!」


「逆に考えてみろよ、女の子がいたら、触るだろう?」


 それについては一理どころか半分は同意だが、実際、そこまでするまでには、セーフティがあるはずだ。普通は止まるのだ……触ったりはしない。


 セーフティがないのだ、このジジイ……。

 ほっほっほ、なんて笑うなよ?


「撫で方が先輩にそっくりです……」

「俺だけに聞こえる声でそんな最低なことを言わないで」


 お前の尻を触る時に、詳細がばれるような触り方はしねえよ。しても、お前にばれないようにする努力はするわ! ……まあ、ばれないのは無理だから、そこは諦めて、触られた時のモナンの反応を楽しむけどな――ってなんだこれ。

 俺、自分で勝手に色々と語っているけど、かなり気持ち悪いことになっているけど大丈夫!?


 好感度って下がるものだよね?


「儂はな――」


 ジジイ、一人称を儂に変えてやがる……徹底しろよ、ぶれぶれじゃねえか。


「目の前に尻があったから、触った……それだけじゃ」

「格好良いけど! いや、一瞬だけだよ、めちゃくちゃ最低だよ!」


 でも聞こえてしまう――格好良く聞こえてしまうから不思議な力だ。


 はっ、となる俺を、モナンがじっと、冷えた目で見ている……、ジジイに同意する気はないけれど、男として憧れを抱いている自分の心を、モナンの視線のおかげで抑えることができた。


 今は俺、モナンの味方だ。

 味方——ミカタ。


 揺れそうになるけど味方である。


「ふう、まあいいですよ――尻に関しては」

「諦めちゃうんですか先輩!?」


 だって、勝てる気しねえし。

 男だったら、そうだよと納得してしまうことばかり言うんだよなあ、このジジイ。

 男では絶対に勝てない。やはり、ここはアキバかハッピーがいないと――、モナンだけでは乗り越えられない高い壁である。


 だから諦めた。

 なのでモナンも諦めてくれ。


「最低ですね、先輩……見下しました」

「申告しなくていいから」

 

 いったい、どれだけモナンに見下されたことだろう。

 カウントは、既に振り切っている気がする……。


 とにかく本題だ。

 忘れそうになったけれど、本題はこれじゃない。話題を移そうか。


 ―― ――


「で、尻に関してはもういいので、さっきの女の子の話、いいですか?」

「うむ」と、老人は髭を撫で、考えるフリをした。


 考えてねえだろってのが雰囲気で分かるようになってきたな……。


 だが、万が一、勘違いって場合もある。思い出すかもしれない老人の努力に、期待をするしか、今の俺とモナンにできることはないのだ。

 老人が知らなかったら、この時間が丸々、無駄になるが……、まあ小さな希望が見い出せた、という体験を得たことを加点としようか。


 ひたすら、待つ。

 しばらくして――、長々と数分をかけ、老人が口を開いた。


「思い出したっ、危ねっ」


「いま、ぼそっと本音が漏れたぞ!? 

 危ねっ、ってなんだよ! あんた、知っていると言いながら忘れていたのか!?」


「……そんな最低なことを儂がすると思うのか、おぬし」


「思うけど!? 百パーセントと言っても言い過ぎじゃないだろ! あんたは最低なことを平気でするキャラ性があって――って、そんなのどうでもいいんだよ!」


 また逸れるところだった。


「思い出したなら、知ってるんだよな!?」

「落ち着けよ、ボーイ」


「キャラを変えんな! こっちだって覚える手間がしんどいんだからな!?」


 って、また逸れるところだった!

 なんで俺がこんなに必死になってジジイにツッコまないといけないんだよ……。


 モナンがいいなあ……。


「むう。先輩、楽しそうですね……」


 モナンが羨ましそうにこっちを見ている。いや、モナンが良いとは言ったが、今、ジジイと一緒にボケられたら俺じゃあ対応できない。

 ……とは言ったけど、俺の技術であれば、二人を捌ける自信は、実はある。

 おいおい――、ここまで何話、ツッコんできたと思ってんだ!?

 何十人にも、だ。


 俺ならやれる――でもやらない。

 絶対にやらねえからな!?


 これから先も長いのに、ここで疲れるわけにはいかねえだろ!


「楽しくねえよ。だからモナン、黙っていよーな?」


 すっ、と、俺は人差し指を口へ持っていき、しー、とする。モナンも俺の真似をして指を口に当てる――鏡映しだ。

 なぜか俺がうるさい、みたいな気分になっているけど、俺は実際、心の中ではやかましく叫んではいるが、声に出しているわけではない。


 うるさいわけないだろ。

 だけどモナンは構わず、しー、とする。


 俺がうるさいみたいに。

 ……指摘返し?


 なにそれ、知らないんだけど。


「先輩、地の文がうるさいです」


「『』を越えてきてる!?」


 モナンらしさは健在だった。


 第一部と変わらないイレギュラーさで、安心が半分、厄介が半分だった。


 そんな、いつも通りのやり取りをしている間にも時間は過ぎていくが、老人は完全には思い出せていなかった。……ふうむ、ならもう少しモナンと騒げるかな?

 これもこれでストレス発散だったりはする。


 いや、でもさすがに――、と躊躇った瞬間、老人が動き出した。


「あの少女は、確かのう――」


 確か?

 続きを促す前に、老人が答えを出す。



「チームの一つ、【暗黒舞踏会ダンスホール・ダイダロス】と、連絡を取っていたように聞こえて……、見えたがのう……」



 そんな、新たな情報に、俺は――モナンは。

 次へ進む道をやっと見つけた――つまり。


 俺たちは二人同時に、空に向かって、叫ぶ。



『さあ、それでは言ってみましょう、やってみましょう――次回へ続く!!』



 と、自主的にやってみた。

 たぶん、漫画とかは、こうやって続くんだろうなあ、なんて思いながら。


 さてどうなることやら。ここからどう、物語が動くのか――なんて。

 少し気になるが、まあ俺たちが気にしても意味はないのだろうなあ……、


 ないんだろうねえ。



「先輩、時間が押してますよ! がんばって巻いてください!」


「努力はするよ――するから指を俺に向けてくるくる回すんじゃない、鬱陶しいわ!!」

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